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シャーベットで遠隔地の鮮魚を東京市場に直送、漁業に貢献!

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
ヤンバルの森は海や漁業にも豊かさをもたらしている(写真:イメージマート)

 日本の北端・沖縄本島の北部は、いわゆる「ヤンバル」(注1)地域だ。同地域の森は、2021年7月世界自然遺産登録を受け、その森の恩恵を受けた豊かな海があり、漁業が非常に盛んである。

国頭漁業協同組合は、辺士名漁港にあり、その地域の漁業を管轄しているが、沖縄県内では八重山漁協に次ぐ、広い協働漁業権漁場を有している。熱帯の海であるために、定置網、パヤオ漁業、刺網、潜水器漁業等が行われ、マグロ類、ハタ類、かつお類、いらぶち類、まち類など少量多品種が水揚げされる(注2)。

未利用魚(ハマダツ) 写真:高砂熱学提供(以下、同様)
未利用魚(ハマダツ) 写真:高砂熱学提供(以下、同様)

未利用魚(ぐるくま) 
未利用魚(ぐるくま) 

 同漁港は、那覇市内からでも車で2時間以上かかるという交通輸送上で大きな制約がある。このために、漁獲のある、あしの早い魚種(サバ類等)、美味であるが数の少ない魚種(コバンザメ等大変美味で銀座などで高値取引される)などは、これまでは、現地での消費などを除けば、放棄せざるを得なかったのである。

 同漁協は、そのような交通運輸の不便を脱却して、市場へのアクセスを高め、高品質鮮魚を販売するための方策やシステムの構築を模索していた。また同漁協は、そのように漁業を活性化すると共に、命ある食材をより有効に活用するフードロスを抑制する取り組みも進めていたのである。

未利用魚(コバンザメ) 
未利用魚(コバンザメ) 

未利用魚(ぐるくま)の料理
未利用魚(ぐるくま)の料理

 そんななか、同漁協にとって、セレンディピティともいうべき偶然の出会いが生まれたのである。

(シャーベットアイスで高品質鮮魚流通システムの構築)

高砂熱学工業株式会社(以下、高砂熱学)は、空気調和設備の設計や施工を主要事業とする、その業界でのトップ企業である。同社は、これまでの技術やスキルを活かして、新規事業の開発に取り組んできていた。その一つが、塩分濃度、氷の形状を工夫して、シャーベット状にし、氷点下1度を常時キープでき、魚体全体をまんべんなく冷やすことができる特殊なシャーベットアイス製氷機の開発(注3)であった。

アイスシャーベットで冷やされた魚
アイスシャーベットで冷やされた魚

 他方で、同社は、8年を要してこの機器を開発してきたが、その実際の活用について苦戦していた(注4)。そんな時に、亜熱帯地域である沖縄県ならそのより有効な利活用があるのではと考えて、同県南部でその可能性を模索していたところ、県北部の国頭漁業協同組合を紹介されたのである(注5)。

 このようにして、偶然にも、同漁協のニーズ(別のいい方をすると「地域のニーズ」)とそのシステムの利点が正に相互に結びつくことになったのである。

 このようにして、同漁港では、輸送における不利を克服するため、このシャーベットアイス製氷機を導入して、魚全体を安定的に氷点下1度にキープできるようにしたのである。この製氷機があれば、大きな手間をかけずとも、圧倒的に高鮮度の魚介類の輸送が可能になり、より高い魚価(注6)や販路の拡大を実現できる可能性が生まれたのである。

 だが、タッグを組んだ漁協と高砂熱学との本当の努力はそこから始まったのだ。それというのも、同社はこれまで製品を販売・設置して終わりというビジネスモデルであったが、この製氷機の場合、それが漁業やその収穫された魚類の鮮度を保ち、商品として販売・消費されてこそ、意味をもつものであった。

 そのことは、同社にとり、地域(この場合は、漁民)との協業を通じて、同製氷機の機能を活かす仕組みを構築し、状況に応じて改良・改善を行っていかないと、全体としてのシステムが有効に機能しないということであったのだ。つまりこれは、地域・漁民との継続的な信頼関係に基づく、新しいビジネスモデルであり、正に未開の新規事業であったといえるだろう。

アイスシャーベットで冷やされた魚
アイスシャーベットで冷やされた魚

 より具体的には、漁民および漁協(地域)と企業が、船上で血抜きを行い、その場でシャーベットアイスに投入すると共に、それ以降、セリ→梱包→輸送と顧客の手に到達するまでのプロセスにおいて、その鮮度を維持できるような徹底的なシステム構築をしていったのである。

 このようにして、地域と企業が相互に協力して、「高品質鮮魚流通システム」を構築できた結果、魚類の鮮度を長時間維持して消費の場まで届けることに成功したのである。

 このシステムは魚介類以外のさまざまな食品等にも利活用できると共に、ここに示されたモデルは、地域と企業の今後の協業モデルの先例であり、企業がビジネスをしていく上での今後の新しい方向性や可能性を提示しているともいえるだろう。

(スタータップEC企業との連携)

 さらにこの漁協および企業そしてこのシステムにとって、もう一つ幸運だったことがある。それは、このシステムを利活用することで、収穫する魚を高い鮮度で、遠隔地に輸送できるようになったが、そのことを活用して販売できる新たなチャネルがみつかったことである。それは、多品種商品のきめ細かな情報提供が可能なスタートアップEC企業「株式会社フーディソン」と提携するとこで、漁獲した魚をECサイト上に細かく掲載し、これまで市場に流通してこなかった魚種も販売できるようになったために、東京に送られるまでに注文が成立し、いったんは大田市場で仕分けされるが、そこから料理店などに直送されるようになったのである。

 また国頭漁協の新鮮な魚が、東京等の市場に新鮮なまま送ることが可能になったことで商品の単価が上がると共に、未利用魚の市場開拓につながったのである。そしてこれにより、美味であるにもかかわらずこれまで無駄に投棄されていたものも有効活用できるようになったのだ。

 つまり、消費者は新しい味覚に出会えると共に、漁民の収益向上やフードロスの抑制にもつながるという、「三方よし」ならぬ「全方よし」という状況がつくれてきているのだ。

 本記事の事例は、地域と企業が、新しいテクノロジーを活用して、相互に協業することで、これまでのビジネスの飛躍的なバージョンアップや新しいビジネス展開ができることの可能性を提示しており、各地域や各企業も多くのことを学ぶことができるといえそうだ。

(注1)ヤンバル(山原)とは、「沖縄島北部の豊かな森林が広がる地域(ちいき)のことです。ヤンバルでは、昔から森と人が共に暮らしていて、人との関わりの中で豊かな森が守られてきました。こうした森の中にたくさんの生きものたちが住んでいて、世界でここにしかないヤンバルクイナやノグチゲラ、ヤンバルテナガコガネなどは、こどもたちのアイドルです。」(出典:沖縄県HP

(注2)同組合の2019年度の年間水揚げ量は152トンで、1億3,718万円になる。   

(注3)これは正式には、過冷却解除型シャーベットアイス製氷機「SIS-HF」である。同製氷機は、氷蓄熱空調システムで利用されている、水が零度になっても氷にならずに、水のまま温度が下がり続ける現象である「液体の過冷却現象」を使い、高砂熱学が独自に有する過冷却完全解除技術を応用して、最大でも直径0.05mmとなる非常に微細な氷を製氷する、水産業初の過冷却完全制御方式シャーベットアイス製氷機である。なお、低温で氷結すると、魚介が変質してしますので、この手前の温度で冷却できていることが重要なのである。

(注4)同製氷機は、これまでに東北、四国、九州などの7か所で導入され、国頭漁協は8例目である。しかし、今回の事例のように、地域との協業による活用が図られることで、今後さまざまな地域でも急速に活用される可能性が生まれてきているといえるだろう。

(注5)筆者は現在、沖縄科学技術大学院大学(OIST)にあるレジデンスに滞在しながら、研究活動をしている機会を活用して、国頭漁協を訪問し、本記事の製氷のシステムを活用した、セリの様子も見学させていただいたが、そのシステムおよびこのような企業と地域の協業のモデルの今後の可能性を強く感じた。なお、筆者に沖縄滞在の機会を提供していただいた、ピーター・グルース学長をはじめとしてOISTおよびその教職員の皆さん方には感謝申し上げたい。

(注6)魚価は、従来価格と比較して300円/kg~1300円/kgで平均630円/kg程度まで上昇。国頭漁協では、更なる鮮度にこだわり、価格上昇も視野に入れているという。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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