テクノロジーで、少年投手の肩とひじを守る。
米国のスポーツニュースサイトを見ていたときのことだ。
半導体メーカーのインテル社の広告動画に、テクノロジーを使い、ピッチャーのケガ予防を試みているものがあった。
その動画のナレーションは全て英語であるが、映っているのは日本の指導者と野球少年たち。動画の中の少年たちは、ウェアラブルデバイスを腕につけ、投球フォームを解析してもらっていた。
動画によると、日本のprimesapという会社が自社のモーションセンサーデバイスに、インテル社のモジュールを内蔵させているという。Intel Edisonを使うことで、身体に装着したデバイスそのものが複雑な演算をすることが可能。高速動作の測定をし、リアルタイムで解析ができるとしている。
デバイス内蔵のセンサーによって、投球時に負担のかかっている場所を把握し、フォームを修正していくという。肩、ひじ、じん帯などにかかるストレスを測定し、スムーズな回転をするフォームを指導しているそうだ。
primesapの木村岳代表にメールで取材に応じていただいた。
動画の指導者は元プロ野球選手で、現在は理学療法士でもある栗田聡氏。ケガを予防するフォームを医学面から支えているのが東京明日佳病院の整形外科(スポーツ整形)の渡邊幹彦医師だ。
木村氏によると「primesap社は、寿命と健康寿命のギャップを縮めることを目的とし、IoTヘルスケアサービスを提供する会社です」とのこと。IoTとは、「Internet of Things」のことで、さまざまなものがインターネットに接続することを表している。
同社は筋骨格系という視点で身体を評価し、データ解析に基づいて身体機能の改善を目指している。ひとつの極を寝たきり状態の身体機能の改善、もうひとつの極をアスリートが故障をせずパフォーマンスをいかに向上させるかに置く。二つの位置から身体の研究を進めている。
同社のアスリートのためのテクノロジーは「LiveTrac」という名前がついている。
なぜ、プロ野球ではなく、少年野球チームがこのテクノロジーを導入したかという背景には、ウェブでコンテンツを公開するにあたっての権利問題の交渉の難しさがあったとも明かしてくれた。
メジャーリーグでも各球団が投手の故障を防ぐためにさまざまな試みをしていると伝え聞く。選手たちはケガなく最大限のパフォーマンスをしたいと願っている。一方、球団側にとって選手は貴重な商品でもある。年俸10憶円の投手が、ケガのためにシーズンを棒に振るとしたら、球団にとっても10億円の損失になる。
メジャーリーグのいくつかの球団は、メジャーリーガーだけでなく、傘下のマイナーの全投手からもデータを集めているそうだ。故障を予防するためのテクノロジーは各球団の企業秘密でもあるので、その詳細までが公になることはほとんどない。この動画と木村氏の話を聞きながら、メジャーリーグも恐らく同じような試みをしているのではないかと思った。
ビッグデータの活用というからには、身体、競技レベル、関節の可動域も異なる、多くの投手のデータを集めてこそ、ケガの予防につながっていくのだと思う。木村氏によるとprimasap社も渡邊医師と連携してより大きなプロジェクトに展開していく予定だそうだ。
これからは、デジタルネイティブである少年選手たちがこれらのテクノロジーをいかに使いこなしていくかが重要になってくるのではないか。これまで速い動作をリアルタイムで解析し、可視化することはできなかった。それが可能になった。投球フォームはスムーズか。どの部分に、どのくらいの負担がかかっているのか。テクノロジーによって、少年たちにも分かりやすく、具体的に表すことができるようになった。
選手たちは目の前に表れてくるデータと自分の身体動作の感覚をどこでつなげていくのか。技術が発達しても、ケガをせずに最高のパフォーマンスを発揮することは、選手が自身の感覚を研ぎ澄ませることなしに成立しないだろう。身体の感覚までを、テクノロジーに「預ける」ことはできないし、してはいけないとも思う。
分解写真の時代があり、ビデオの時代があり、センサーによる解析の時代が到来した。いかに可視化された分析から導き出された最適解を、自分の身体に取り入れて活かすのか。
現代や次世代アスリートたち、とその指導者の新たな課題になっていくのではないだろうか。