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「虎に翼」で人気の甘味処・竹もと。店主の夫妻の名前はなぜないのか。尾崎CP に聞いてみた

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
連続テレビ小説「虎に翼」より 写真提供:NHK

人気の朝ドラこと連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)もあと放送はあと1ヶ月、主人公・寅子(伊藤沙莉)は原爆裁判を経て家裁に戻り、少年犯罪に取り組むことになる。登場人物も年をとり、変わっていく人、いない人と様々である。そんななか、戦前からずっと寅子たちの憩いの場だった甘味処・竹もとにはいつも変わらず、あたたかい空気が流れている。でも気の良い店主夫妻にはなぜか名前がない。なぜ彼らには名前がないのかどうしても聞いてみたかった。気になる第23週以降の展開、寅子たちはどうなっていくのかももちろん聞いてみた。

終盤、竹もとで団子を食べていた桂場とは違った面が……

ステレオタイプな男性ではなく、様々な弱さを抱え、ときには間違いを起こしてしまう男性像

――これまでの「虎に翼」を振り返って、吉田さんの書き方の独自性という点で、穂高(小林薫)の描き方が印象的でした。穂高は何も悪いことは言っていないと考える層と、穂高は失礼だという層の賛否両論で非常におもしろい現象が起こっていると感じます。こののりしろは議論がなされるように意識的に作ったものでしょうか。

尾崎「穂高は、主人公を導くが、主人公を理解しきれない、地位の高い男性ゆえの限界を明確に描こうという意図で造形されています。ただ彼に対して、一方的に悪かったりいい人だったりという価値判断をしようと思って描いているのではなく、たとえ善意があっても相手を理解しきれないことがある、人間同士のすれ違いを描きたいということです」

――台本を読んだ小林薫さんはなにかおっしゃっていましたか。

尾崎「なぜ?とは聞かれず、時代とともに、とても先進的だった人物が、女性が社会進出して時代が新しくなっていくにつれて取り残されてしまうことを理解してくださり、すばらしいお芝居をしてくださいました」

【解説】
*穂高とは――寅子が女子部法科に入るきっかけをくれた人物。出会ったときは寅子の意見を遮らずに聞いてくれたが、寅子が法科に入ってからはじょじょに噛み合わないものが生まれていく。寅子が弁護士になったとき、妊娠しても仕事を続けたいと無理していると、いったん子育てに専念することを穂高はすすめ、寅子は絶望し、弁護士を辞めてしまう。戦争を経て法曹の世界に復帰してからもこのときのことを寅子は忘れず、穂高が引退するときに、彼への反発を激しく吐露した。
第22週では、妊娠しても仕事をしたい後輩・秋山(渡邉美穂)に寅子は「あのとき自分がしてほしかったことをしているだけ。つまり自分のためにやってるだけよ」と声をかける。寅子の生き方に大きな影響を与えた。

「虎に翼」より 穂高(小林薫) 写真提供:NHK
「虎に翼」より 穂高(小林薫) 写真提供:NHK

――新潟編では、太郎、航一、入倉(岡部ひろき)たちが次々泣いていました。直言もどこか弱々しているし、穂高は絶対的でなく、時代から取り残される。信奉できる男性が少ないのですが意識されていますか。

尾崎「彼らもいい男たちだと思いますが、ステレオタイプな強くて正しい男性ではなく、様々な弱さを抱え、ときには間違いを起こしてしまう男性像を意図して描いていると思います」

――男性の尾崎さんは、弱さを見せる男性像をどう感じますか。

尾崎「僕は好きです。穂高も好きだし、花岡(岩田剛典)も好きです。寅子を理解しようとしながらも、自らのバイアスのせいでうまくいかず、すれ違ったり誤解したり。こういうことってあるなあと共感します。女性に対してのみならず、社会に対してもそうだったために、花岡は正しく生きたいという信念をもって餓死してしまいます。譲れない思いのようなものは花岡にも穂高にも感じて共感します」

【解説】
*花岡とはーー法学部で寅子と同期で、じょじょに仲良くなっていく。傍からは交際しているように見え、父・直言もふたりが結婚することを期待していた。が、花岡は地元・佐賀で仕事をすることになり、地元についてきてくれる女性を伴侶に選ぶ。戦後、東京に戻った花岡は、闇物資を購入することを良しとせず、妻子を残して餓死する。花岡の死は実際に餓死した人物をモチーフに描かれた。

これまで朝ドラを見ていなかった新しい視聴者が増えている

――吉田さんは、ドラマで描ききれなかったことをSNSで書かれていて、台本には書いてあったがカットされたことなどを明かしていて、読んでなるほどと思うところもたくさんあります。制作統括としてはどう思っていますか。

尾崎「吉田さんは思いのあふれるかたで、御本人もおっしゃっていますが、内容の詰まった台本ということもあり放送尺とせめぎあいになることがあります。その思いや考えを吐露することは自由だし、それも含めて吉田さんの作家性だと思います」

――吉田さんのような作風は、令和的だったり、若い世代に受けるものであるのでしょうか。

尾崎「情報や内容の密度を濃くして、視聴者にしっかり届けるスタイルは、現代性があるのではと思っています」

――実際、新しい視聴者は流入していますか。

尾崎「比較すると若い視聴者かたが増えていると聞いています。細かい分析はしていませんが、印象として、これまで朝ドラを見ていなかった新しい視聴者が増えていると感じます」

――今回、三十代の吉田さんがこれまでの朝ドラとは少し違った手触りのものを書いたことは、視聴者層の若返りを意図していますか。

尾崎「若い世代を取り込もうというよりは、2024年に放送するにふさわしい、おもしろい朝ドラを作ろうという気持ちです。若い世代だけ意識しているわけではないですが、結果として若いかたにも見ていただけるとしたら嬉しいと思います」

――第23週以降はどうなりますか。

尾崎「原爆裁判を経て、寅子は家庭裁判所に異動します。それまでは民事部に所属していましたが、改めて家裁の仕事に戻り、そこで時代の変わった少年犯罪に向き合うことになります。そのなかで少年法改正の議論に関しても描かれます。かつて穂高が関わった尊属殺の規定についても再び問われます。実際の事件や裁判をベースにしながら、ドラマはクライマックスへ向かっていきますので、最後までお楽しみください」

――少年法のエピソードでは、美佐江の問題も取り上げられますか。

尾崎「寅子にとって、美佐江の事件とはなんだったのか改めて考えるエピソードはあります」

――終盤にかけて注目人物は?

尾崎「寅子、花江(森田望智)、航一とみんな年齢を重ねていきます。とりわけ、桂場(松山ケンイチ)が裁判所の組織のなかで高みにのぼり、これまでと違う顔を見せていきます。竹もとで団子を食べていた桂場とは変わっていくところが注目点でしょうか」

――年を重ねた寅子はどうなっていきますか。

尾崎「寅子は寅子のままで変わりません。見た目は変わるが本質は変わっていないというのが吉田さんの意図です。年齢を重ねて、達観したり丸くなったり物わかりがよくなったりしない。視野は当然広くなっているけれど、言うべきことは言う。それが寅子であることを意識して作っています」

――伊藤沙莉さんは最終回に向けていかがですか。

尾崎「伊藤沙莉さんの年齢を重ねた演技はとても自然だなと感じています。管理職の立場で部下とやりとりする場面で、部下の個性によって適正な判断をするときの口ぶりなどは、僕も管理職として見習いたいと思うくらいです。朝ドラの主人公を半年もの長丁場で演じることは大変なのですが、沙莉さんは当初から現場でいつも、明るくハハハ、と声を出して笑っていて、そのポジティブな気持ちが8月の終盤まで変わってない。その凄さを感じています」

――寅子は何歳くらいまで描きますか。

尾崎「そこはお楽しみに」

――最後の質問です。竹もとのご夫妻の名前はつけていないのでしょうか。

尾崎「当初は、竹もととその夫妻がここまで長く登場するとは思っていなかったのです。蓋を開けてみたら、竹もとという場所がドラマ的にもすごく良かったし、店主(仲義代)と女将(中原三千代)もどんどんキャラが育っていったので、いろいろな場面で登場してもらうことになり、終盤まで出ることになったので、結果としては名前をつけておけばよかったなと思っているところです」

【解説】
竹もととは――学生時代からの寅子たちのたまり場。主人と女将のふたりできりもりし、戦時中もなんとか乗り切った。現在は梅子(平岩紙)が伝統のあんこの味を引き継ごうと奮闘している。

「虎に翼」より 竹もとで結婚式のようなものを行った寅子 写真提供:NHK
「虎に翼」より 竹もとで結婚式のようなものを行った寅子 写真提供:NHK


2024年度前期 連続テレビ小説「虎に翼」
【作】 吉田恵里香
【音楽】 森優太
【主題歌】 米津玄師「さよーならまたいつか!」
【語り】 尾野真千子
【キャスト】 伊藤沙莉 岡田将生 森田望智 土居志央梨 桜井ユキ 平岩紙 戸塚純貴
毎田暖乃 余貴美子 高橋克実 沢村一樹 滝藤賢一 松山ケンイチ
【法律考証】 村上一博
【制作統括】 尾崎裕和
【プロデューサー】 石澤かおる 舟橋哲男 徳田祥子
【取材】 清永聡
【演出】 梛川善郎 安藤大佑 橋本万葉 伊集院悠 相澤一樹 酒井悠
【放送予定】 総合 (月~土) 午前8時 [再]午後0時45分 ※土曜日は1週間を振り返ります。BS BSP4K (月~金) 午前7時30分

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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