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韓国の総選挙 与党の「アカ攻撃」VS野党の「親日攻撃」 伊藤博文から李舜臣まで選挙利用

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
「共に民主党」京畿道支部の「反日選挙」ポスター(民主党京畿道支部SNSから)

 韓国の総選挙(国会議員選挙)は4月10日が投票日である。まだ公示されてないが、事実上、選挙戦は中盤戦に突入している。

 今回の選挙では与党「国民の力」からは李俊錫(イ・ジュンソク)元代表が、最大野党「共に民主党」からは李洛淵(イ・ナギョン)元代表が離党し、それぞれ「改革新党」と「新しい未来」を旗揚げし、選挙戦に挑んでいるが、選挙戦の関心は2大政党である「国民の力」と「共に民主党」のどちらが過半数を占めるか、あるいは第1党になるのかに向けられている。

 特に今回の選挙は3年後(2027年3月)に行われる大統領選の前哨戦とみなされているだけに選挙の陣頭指揮を執っている「国民の力」のトップ、韓東勲(ハン・ドンフン)非常対策委員長(51歳)も「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表(60歳)も背水の陣で挑んでいる。両人とも次期最有力大統領候補として名が挙がっているからだ。

 前回の総選挙(議席数300)で103議席しか取れず惨敗した「国民の力」は尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権を支えるためにも勝利し、国会の「与小野大」の現状を逆転する必要があり、一方、選挙戦で「尹政権審判」の旗を掲げている「共に民主党」は政権奪還に向け過半数の確保、最低でも国会第1党を維持し、尹大統領をレームダック化させなければならない。

 それだけに両党共に必死だ。勝つためには手段を選ばない。相手陣営が隙を見せれば、徹底的に攻撃し、時に警察や検察に告発する始末だ。また、相手の候補が少しでも失言すれば、揚げ足を取り、容赦なく叩く。誹謗中傷も意に介さない。

 レッテル貼りは当たり前で、「国民の力」は「共に民主党」に「アカ」のレッテルを貼り、「共に民主党」は「国民の力」に「親日」の烙印を押して、有権者を煽り立てている。「アカ」も「親日」も国民の間ではアレルギーとなっているからだ。レッテル貼りは相手に打撃を与えるだけでなく、コンクリート層(支持層)の結集を図るにはもっとも手っ取り早い手段である。

 実際に韓委員長は今回の選挙は「共に民主党」や憲法裁判所で解散命令が出された親北政党「統合進歩党」の従北勢力や反国家勢力を国会から放逐する戦いであると位置づけており、李代表もまた選挙戦を通じて政権与党の「親日体質」を炙り出し、糾弾することを公言している。

 特に、李代表は韓日議員連盟に所属している与党の成一鍾(ソン・イルチョン)議員が奨学財団の奨学金伝達式で「伊藤博文は韓半島(朝鮮半島)にひどい事態を招いた人物であり、我々には不幸な歴史だが、(日本は)我々よりも先に人材を育成した先例だ」と発言したことや元検事の趙秀衍(チョ・スヨン)候補が「国民は封建的朝鮮の支配を受けるより日帝強占期にもっと暮らしやすかったかもしれない」と発言し、国民感情を逆なでたことから遊説では尹政権の対日外交を争点にしようと目論んでいる。後に二人とも「比喩が適切でなかった点を申し訳なく思う」と謝罪したが、後の祭りで野党に格好の攻撃材料を与えてしまっている。

 李代表の地盤である「共に民主党」京畿道支部は今月11日、すでにSNSに総選挙の広報ポスターを載せているが、ポスターには朝鮮に出兵した豊臣秀吉の軍と戦った韓国の英雄である李舜臣(イ・スンシン)将軍と伊藤博文の銅像写真がコントラストに描かれている。

 「共に民主党」のシンボルカラーは青で、登録の順番(候補記号)は1番であることから李将軍が1と書かれた剣を持っている。その一方で「伊藤博文は人材を育成した」との成議員の発言を連想させるかのように「国民の力」のシンボルカラーの赤を背景にした伊藤博文の銅像の隣に小さな字で「人材」と書き込み、「1番(イルボン)か、2番の日本(イルボン)か」と呼び掛けている。1番も日本もハングル読みでは同じく「イルボン」と発音する。

 韓国では「李舜臣VS豊臣秀吉」、「安重根VS伊藤博文」というのが一般的な比較対象となっているが、今回は与党の議員が伊藤博文をあたかも評価するような発言をしたことから「共に民主党」はあえて「李舜臣VS伊藤博文」の対立構図にしたようだ。要は、「共に民主党」が李舜臣で、「国民の力」が伊藤博文ということを言いたいようだ。

 李舜臣は韓国を代表する愛国者、英雄として知られ、ソウルの光化門広場に守護神として銅像が建てられている。ちなみに、韓国映画史上、最大の観客を集めたのは2014年に公開された李舜臣将軍を題材にした「海軍決戦」である。

 この映画は約1760万人の観客を集めたが、これは韓国の人口の約3人に1人は観たことになる。それが故に韓国の野党はこれまでもしばしば李舜臣を「反日の象徴」として政治利用する場合が多く、例えば、李代表は昨年7月、党本部で日本の原発処理水の海洋放出に反対する会見を開いた際には会見場に李舜臣の銅像が描かれた大型の垂れ幕を飾って会見に臨んでいた。

映画「建国戦争」(左)と「ソウルの春」(2枚のポスターから筆者キャプチャー)
映画「建国戦争」(左)と「ソウルの春」(2枚のポスターから筆者キャプチャー)

 映画と言えば、今回の選挙では与野党共にヒットした映画を宣伝材料に使っているが、「国民の力」は先月封切られた保守・自由主義者として知られる李承晩(イ・スンマン)初代大統領を扱ったドキュメント映画「建国闘争」を、「共に民主党」は1月上旬から上映されている金大中元大統領のドキュメンタリー「道の上の金大中」の鑑賞を奨励し、支持層の結集に努めている。

 特に「共に民主党」は昨年11月に封切られた映画「ソウルの春」が全斗煥(チョン・ドファン)元大統領を筆頭にした軍部勢力がクーデターを起こし、不法に政権を奪取した過程を描いて爆発的なヒットとなったこともあって「国民の力」が全斗煥政権の与党「民正党」の流れを汲んでいるとして軍人出身の全元大統領と検察出身の尹大統領をだぶらせ、また軍部と検察を結び付けて「検察がクーデターで政権を強奪したので今の韓国は検察独裁国家になっている」とのキャンペーンを展開している。

(参考資料:韓国4月の総選挙に向け「映画宣伝戦」 与党の「建国戦争」VS野党の「ソウルの春」)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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