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【学校の働き方改革のゆくえ】教師の時間外残業について、原則を誤解してはいけない

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

給特法という公立学校教師への特別法を見直せという声多数

学校の働き方改革をめぐっては、中央教育審議会(中教審)が答申素案を12月6日に出した。パブリックコメント等を経て、年明け1月には最終答申となる予定だ。

この答申案と同時に示された時間外勤務についてのガイドライン案(残業時間の上限の目安を示した)については、批判も多い。ぼくも委員として議論に相当コミットしてきたので、思い入れはあって、「使えそうなところをもっと捉えてくれたらいいのに」という気持ちもあるが、批判的な検討は大変重要だし、大歓迎。今回含めて、何回かに分けて、議論、批判のあることについて、自分の考えを交えて解説してみたい。

中教審の答申素案(筆者撮影)
中教審の答申素案(筆者撮影)

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あくまでも中教審総意の意見でもないし、もちろん文科省の見解でもない。(そんなものはぼくには述べられない。)妹尾個人の意見としてお話しする。

今回の答申素案について朝日新聞は社説でこう述べている。

より根幹にかかわる制度改革については、素案は切り込み不足の感が否めない。

従来「自発的な居残り」とされてきた部活動の世話なども勤務時間と認めたうえで、時間外の仕事は「月45時間まで」と目安を決めたのは前進だ。

基本給の4%を一律上乗せ支給するかわりに、何時間働いても追加払いはしないという、教員だけの特別法の見直しも、素案は先送りした。教員の「サービス残業」を金額に直せば年間9千億円に及ぶと推計される。

直ちに是正できないまでも、ただ働きの放置は許されない。

出典:朝日新聞社説2018年12月7日より一部抜粋

また、著書も多くてぼくも度々勉強させていただいている西川純先生(上越教育大学教授)も手厳しい。

民間での超過勤務の月あたりの上限、年あたりの上限を使って教員の上限の目安にしているのです。「馬鹿言うな」と思いました。民間は36協定で労使の協定を結び、超過勤務にお金を払っている場合の上限です。教員は給特法によって超過勤務手当が付きません。そのために超勤4項目があるのです。だから基本的に月あたり、年あたりの上限は0であるべきなのです。それを月あたり45時間、年あたり360時間を高らかに言われても困ります。それを言うならば、給特法を廃止して、36協定を結ぶこととセットであるべきです。都合よく民間を引き出し、民間の前提をするりと避けている。論理のすり替えです。

簡単に言えば、どこかの会社が超過勤務手当を出さずにサービス残業をさせていたとします。それを世の中に向かって「サービス残業は月あたり45時間、年360時間を超えないようにしています」と胸を張って言ったら、みなさんどう思います?「馬鹿か?」でしょ?

出典:西川純のメモ(ウェブサイト)

また、11月28日には学校の働き方を考える教育学者の会が発足し、給特法の改正などの緊急提言を出している。この会には広田照幸・日本大学教授(日本教育学会会長)や佐藤学・学習院大学教授ら、教育学の大御所の方々が賛同、リードされている(ぼくも彼らの著書からはたくさん学んでいる)。

労働の対価をちゃんと払うべきは正論

まず、朝日の社説にあるとおり、「ただ働きの放置は許されない」というのはその通りだ。前も書いたが、プロとして働いているのに、ただでやるというのはおかしい。落語さんは居酒屋で職業がバレると、「ちょいと一席やってくれ」と頼まれることが多いそうだが、非常に困るとおっしゃっていた。医者も、よほど緊急時のときは別だが、きちんと報酬をもらう。

◎参考記事:【学校の働き方改革のゆくえ】残業代ゼロ ー 先生たちのプロフェッショナル意識は低いのか?

だが、次の点も考慮しなければならない。

第1に、たしかにいまの教職調整額4%というのは、現在の長時間労働の実態からすれば安過ぎる。4%は1966年に実施した調査が根拠となっており、今日にも通用するデータとはまったくなっていない。が、調整額での月給加算分はボーナス(公務員なので勤勉手当という名称だが)や退職一時金と年金の額にもプラスに影響しているので、月給の4%分というだけの話ではない。

それでも、月45時間まで残業するとなると、サービス残業の部分も相当多いという批判はそのとおりだとは思うのだが、いまの公立学校教師の給与水準や退職金の水準を維持しつつ、調整額をもっと上げるなり、残業手当として支給するなりができるかどうか。これは正直、社会的な議論と合意形成がもっと必要ではないかと思う。もっとストレートに言えば、財務省に予算を認めさせないと実現しないが、そのためには、世論が強くプッシュして政治家の方が動かないと進まないだろう。

だが、なにぶん税金で維持している仕事だ。ご存じのとおり、公務員への世間の風当たりは強い。公立学校教師の長時間労働は大きな問題だというのは理解してもらえても、税負担をもっと上げてもよいという世論には、いまはなっていないと思う

だからといって、もちろん、ただ働きでいいという話ではない。だが、奴隷のごとく、あるいはブラック企業などで批判されるような水準で、教師を安い賃金で長時間酷使させているというものなのかどうかは、上記のことも含めて、いま一度よく見ていく必要があると思う。

写真素材 photo AC
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第2に、ガイドライン案は、現状の長時間労働がひどすぎることから考えていて、せめて月45時間内にしましょうよ、でも45時間までやれとは言ってないよ、というものだ。

給特法の超勤4項目は維持する方針ではあるので、4項目かつ緊急時というもの以外の時間外はゼロとする(ないし勤務の割振りを行う)のが原則のままなのは、変わらない(少なくとも、残業を命じることはできない制度のままという意味)。西川先生の指摘に関連するが、今でも、これからも、緊急時等を除いて、公立学校教師の残業はゼロなのが大原則のままである。

そんなことは、詭弁だ、苦しい理屈だとの批判はあるかと思う。

だが、原則として維持、はずしてはいけないところははずさずに、かと言って理想論ばかりでも現実が乖離しているから、せめて月45時間、年360時間内をめざそうという動きにしているのだ。

まあ、この45時間というのも浮き世離れした数字だという批判、反発も多いのだが、これは下記の記事も参照。

◎参考記事:【学校の働き方改革のゆくえ】月45時間、年360時間まで残業上限の意味とインパクト

今回のガイドラインができて、各市町村等で条例や規則で上限を定めていく動きになると(※)、現場の教師は2つの盾を身につけることになる。

(※)地方公務員の勤務条件は、住民にちかい意思をなるべく反映するべきだから、国が決めるのではなく、自治体の条例、規則で決めていく。

ひとつ目は、超勤4項目かつ緊急以外は、時間外勤務命令は出せないですよ、ということ。あるいは、どうしても必要なものは、別の日の勤務時間を短くするなり、割振りを適切にやってください、と言っていける。

これは現行も同じなのだが、割振りはほとんど使われていないのではないか(ここにも教員数が少ないという現実も影響している問題ではあるが)。今回の中教審答申素案では、この原則を含む現行制度の基礎の説明に相当紙幅を割いている。なお、労基法や労働安全衛生法を遵守した働き方にしましょう、労務管理しっかりやりましょうというのも書いている。

二つ目は今回の上限規制、ならびに教師の業務を大幅に減らそうという中教審答申。このまま保護者等にいい格好ばかりして、行事や部活動をすごく丁寧なままでは上限をオーバーしてしまうよ、ということを捉えて、ぜひ各学校では、こんなことはもっと見直せるのでは、というアイデア、議論を一層活性化させてほしい。

※もちろん学校だけに頑張れという話ではない。国も教職員定数などをもっと充実させないといけない。

この2つの意味の盾のことを考えて、冒頭述べたように、「使えそうなところをもっと捉えてくれたらいいのに」という気持ちになった、というわけ。いまの中教審や文科省の案ですべていいとは思わないし、課題もまだまだ多いとは思うが、原則をはずして議論しても、運用してもいけない。

★次回は、今回のことに関連して、時間外勤務手当にするべきかどうかについて議論したい。

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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