「喫煙者」はなぜ「ストレス耐性」が低下するのか
喫煙を注意された喫煙者が、逆ギレして注意した人へ暴行を加えるという事件が後を絶たない。喫煙を我慢できず、喫煙所などの決められた場所以外でタバコを吸う喫煙者も多い。もしかすると喫煙者はストレス耐性が低く我慢強くないのだろうか。
脳の報酬系を変えてしまうニコチン
我々の脳の中には、報酬系と呼ばれるドーパミン神経系があり、ドーパミンという脳内物質を出させる。このドーパミンは、うれしいときや気持ちいいとき、恋愛やアトラクションなどでドキドキしたとき、緊張したときなどに放出される。
また、ヒトはストレスを感じたり緊張したり恐怖を感じたりすると、自然にドーパミンを放出してストレスや緊張などを和らげ、そうした状態に耐えることができる。これは、辛い試練や過酷な環境によるストレスを乗り切るために備わった機能だ。
タバコ製品に含まれるニコチンもまた脳のドーパミン神経系へ作用する。タバコを吸うとニコチンは急速に脳へ至り、ドーパミンを強制的に放出させる。
健康な状態の正常なドーパミン放出と違い、ニコチンによる強制的な刺激が繰り返されることで喫煙者の脳では次第にドーパミン神経系の反応が鈍くなる。やがてタバコを吸ってニコチンを補充しないと、ドーパミンが放出されにくくなっていく。
ニコチンが切れ、ドーパミンが出にくくなると脳がストレスを感じる。ドーパミンを放出する機能が低下すると、タバコを吸わない状態をストレスに感じ、日常的なほかのストレスと区別がつかなくなる。
喫煙者がタバコを吸うとニコチンが補充され、そのストレスは軽減される。タバコを吸うことで、そうしたほかのストレスをタバコが解消してくれたと勘違いし、さらに本数が増えていく。喫煙者は自らわざわざストレスを生み出すタバコを吸っているとも言える。
ストレス耐性が低い喫煙者
だが、喫煙者ではドーパミン神経系の反応が鈍くなっているため自然なドーパミンの放出ができない。緊張する場面に直面すると、喫煙者はニコチン切れによるドーパミン不足を補うために、ストレスのある場面に遭遇するたびにタバコを吸い、ますますドーパミンが出にくくなってタバコ依存が強くなっていく。
ニコチン依存を解消することで、ニコチン切れのストレスは軽減する。だが、ニコチンによって鈍感になってしまった喫煙者の脳は、こうした反応が鈍くなり、ストレス耐性が低くなっていく。
また最近の研究によれば、ニコチンはオキシトシンの抗不安作用を阻害することがわかった(※)。「幸せ物質」と呼ばれるオキシトシンは、対人的・社会的なストレスに対して不安を和らげる機能を持つ。ニコチン依存の喫煙者はオキシトシンの点でもストレス耐性が低いのかもしれない。
ニコチン依存という病気にかかっている喫煙者
タバコを「いいことがあったときの自分へのご褒美にたまに吸うだけ」という喫煙者がよくいる。だが、ニコチン依存はコントロールできない。自分ではコントロールできないのが依存であり依存症だからだ。
喫煙者は、ニコチン依存症という病気にかかっている病人であると同時に、タバコ依存という心の病いにかかっている病人でもある。だから、禁煙できない喫煙者に対して意志が弱いとか自己チュウなどと批判するのは間違っている。
タバコでストレスが解消されないとしたら、喫煙者はどうすればいいのだろうか。がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などの呼吸器疾患、心血管疾患、糖尿病などのタバコ関連疾患にかかるリスクを考えれば、やはり禁煙するのが最もいい。
禁煙したばかりのニコチン切れについては、タバコ以外で気を紛らわせ、ストレスを軽減できるモノやコトに換えることをお勧めする。例えば、ガムを噛んだり、タバコ休憩の代わりに軽いストレッチをしたりするのも一考だ。また、禁煙サポートをしている薬局や薬店、禁煙外来などへ行けば、ニコチン切れのストレスを感じた際にどうしたらいいのか、適切なアドバイスを得ることができる。
ネット上ではタバコとストレスがよく話題になっているが、この関係はあまり知られていない。
ストレスを作るのはまさにタバコであり、喫煙というのはマッチポンプの繰り返しだ。禁煙して脳内のドーパミンの放出が正常に戻れば、ニコチン切れのストレスから解放され、ストレス耐性も取り戻せるだろう。
※:Jiecheng Ren, et al., "The interaction of oxytocin and nicotine addiction on psychosocial stress: an fMRI study" Translational Psychiatry, Vol.14, Article number: 348, 30, August, 2024