大雨危険度通知サービス 「正しい使い方」と「知っておきたい注意点」
気象庁は、2019年7月10日から、大雨災害の危険度について10分ごとに計算・発表する「大雨危険度通知」のデータ配信を始めた。また、このデータを受けて、スマートフォンアプリのプッシュ通知機能やメールの配信で、登録したユーザーに危険度の高まりを知らせるサービスを開始した民間事業者もある。
梅雨・真夏の局地的豪雨・台風など、大雨災害が起こりやすい今の時期、命を守るために活用が期待されるこの通知サービスの適切な利用法と、使う際に気をつけてほしい注意点について、以下に述べる。
■ 通知サービスが始まった背景
気象庁ではすでに、土砂災害・浸水・洪水について、災害発生の危険性を地域ごと・河川ごとに絞り込んだ「大雨・洪水警報の危険度分布」を10分ごとに発表している。黄色・赤・薄い紫・濃い紫の色別に示すことで、警報や注意報など原則として市町村ごとに発表されている情報よりもさらに詳細な地区ごとの危険性を伝え、市町村の防災部局が発令する避難勧告などの発表や、住民自身の主体的な避難行動に役立てようという情報である。
一方、この情報の「使い勝手が悪い」ことが自治体へのヒアリング調査から指摘されていた。平成30年7月豪雨を受けて開催された気象庁の有識者会議「防災気象情報の伝え方に関する検討会」では、
・土砂・浸水等の危険度が一気にたち上がり対応に追われたため危険度分布等の気象情報を確認する余裕が無かった。
・防災対応時は、発表される情報を自ら確認していられないので、「PULL型」情報は利用しづらい。
という、自治体からの意見が示されている。緊急の災害対応に忙殺される中では、危険度分布を常時チェックして、自らの市町村内の危険度の高まりを即時把握できる状況ではないことが指摘されたのだ。
また、危険度分布に限らず、気象庁から発表される情報が多種多様に高度化された反面、最も活用されるべき災害が差し迫った状況においては、情報を即時に把握・解釈して対応に当たることが難しい市町村もある、ということが懸念されていた。
有識者会議での検討を受け、また、政府による大雨災害の「警戒レベル」運用開始を踏まえ、気象庁では、危険度分布の状況や上昇・下降について10分ごと・市町村ごとに示す「大雨危険度通知」の配信を始めたのだ。これにより、業務繁忙時でもこの「PUSH型」の情報さえチェックすれば、市町村内における大雨災害の危険性の高まりを見逃すことはない、という情報体系が構築された、と言えるだろう。
※「警戒レベル」の詳細については、以前に書いた以下の記事も参考にしてほしい。
防災情報の「警戒レベル」開始 今までと何が変わって、何が変わらないのか?
■ 「大雨危険度通知」の内容
「大雨危険度通知」では、危険度分布だけを使うのではなく、気象庁が発表するそのほかの防災気象情報も考慮した危険度(警報等から判定した危険度)が発表されている。
大雨災害が予想されると、気象庁からは、早期注意情報(警報級の可能性)や大雨注意報、大雨警報、土砂災害警戒情報など各種の情報が段階的に発表され、現在はこれらの情報が大雨災害の「警戒レベル」に紐づけられている。危険度分布も同様に「警戒レベル」と対応させられたが、こうした多岐にわたる情報を横断的に網羅する形で、「該当する市町村では、現在はどの程度の危険度にあるのか」について、5段階で発表されることになったのである。
さらに、土砂災害・浸水・洪水を個別に把握するとなると3つの情報を確かめる必要が生じるが、これらの別なく、その時点で最も危険性が高まっている現象に注目する形で「大雨危険度」として一元化し、大雑把ながらも大雨災害の危険性を示すことにもした。
これを使えば、「該当の市町村内では、(現象の種別はともかく)大雨災害の危険度が高まっている」とすぐに察知できるわけで、この「大雨危険度」という情報ひとつをチェックさえしておけば、危険度の高まりを見逃すことは防げる、というコンセプトでの仕様になっている。
なお、配信される内容としてはこの「大雨危険度」だけでなく、より細かく、危険度分布のみを利用して市町村ごとに危険性を示した部分や、そのほかの情報も使いつつ土砂災害・浸水・洪水ごとに危険度を分けて示した部分も、データ内には格納されている。ただし、「情報が多い・細かいのでチェックしきれない」という課題を解決するために、一元的に危険度を示す情報を作ったという本来の趣旨からすると「大雨危険度」の活用がPUSH型の情報としては推奨されているのである。
■ 協力する民間事業者を募集
この「大雨危険度通知」の配信開始に先立ち、2019年5月には、気象庁は通知サービスの協力事業者を民間から募集した。
配信データをもとに、スマートフォンアプリの通知機能やメールの配信などの通知サービスを開発してこの情報が広く活用されるように協力してくれる事業者を募ったのだ。気象庁から技術的な支援を一定期間行ったり、気象庁ホームぺージなどでサービスの案内・紹介をしたりする、とのことであった。
7月10日のデータ配信開始に際した気象庁本庁での記者会見では、5つの事業者が報道機関に対し、各社が開始するサービスについて詳しく紹介している。
こうした民間事業者が気象庁の記者会見の場で説明するという機会は、筆者はあまり目にしたことがない。気象庁は現在、気象ビジネスの促進にも大変力を入れており、民間の力を積極的に活用するという姿勢が、この通知サービスについても色濃く反映されたのかもしれないと思う。
各事業者の説明や報道機関との質疑応答を拝見した限り、予め地点を登録しておくと、危険度が高まった場合には即時、スマートフォンアプリの通知やメールの配信がなされる模様だ。登録した地点の市町村ごとのデータにより通知が行われる仕組みで、現時点では、土砂災害・浸水・洪水の3つの災害をまとめた「大雨危険度」を使用する場合が多い模様である。これをもとに個々のユーザーの端末へ通知がなされる。
なお、気象庁はこの通知サービスについて、一般には『「危険度分布」の通知サービス』と呼称しているが、実際に使われているデータは「大雨危険度通知」という名称の気象庁からの配信資料である。民間事業者の通知サービスも、今のところ、危険度分布のみから示された危険度ではなく、危険度分布も含めた「警報等から判定した危険度」をもとにした「大雨危険度」を使用する場合が多く、その通知が市町村ごとにユーザー向けに発信されることになる。
■ 「正しい使い方」と「知っておきたい注意点」
大雨危険度通知を利用するうえでポイントになるのが、この通知は
(1)市町村内で最も危険度が高まっている地区の危険度で、
(2)土砂災害・浸水・洪水のうち最も危険度が高まっている現象に伴って、
発信される、という点である。
仮に、スマホなどで詳細な地名まで入力して登録したとしても、そもそも気象庁から発表される発表される情報が、原則的に市町村単位だ。面積の広い市町村などは特に注意しておいてほしいが、通知が来た市町村の全域で危険性が高まっているとは限らないのである。例えば、市町村内の危険度分布が1格子でも一定の基準より高くなった場合、その市町村を登録している全てのユーザーに「危険度が高まった」旨の通知が送られることになるわけだ。
ここで、大雨危険度通知が始まった経緯を思い返してほしい。自治体の防災担当者が災害時の業務繁忙で、危険度の高まりに気づけないことを解決するためにスタートした情報である。市町村内の全域を「守備範囲」としている市町村の防災担当者としては、この形式であれば「我々の担当地域内において、どこかで危険性が高まった!」と気づき、次の対応に進めるのである。
住民一人ひとりがこの通知を活用する場合、こうした経緯や通知の特性を踏まえておく必要がある。大雨危険度通知は、あくまで危険度の高まりを「見逃さない」ための情報であり、次の防災行動を促すための「トリガー情報」(キッカケとなる情報)として活用すべきなのだ。
危険度が高まった旨の通知を受けた場合にするべきことは、より詳細な状況を確かめるということ。危険度分布をチェックし、どの現象の危険度がどの地区で高まっているのを確認してほしい。そして、自分のいる場所が危険度の高まった地区に含まれている場合、迅速に適切な行動をとる必要がある、ということだ。もちろん、市町村が発表する避難勧告などの避難情報が発令されていないかもチェックすべきである。
■ 危険性が高まった地区では直ちに避難すべき?
気象庁が発表する危険度分布は、土砂災害・浸水は最小で1km四方の格子ごとに、洪水は河川ごとに、発表されている。ただし、その地区の全てが本当の意味で危険な場所かというと、必ずしもそうではない。というのも、1km四方の中に、崖や斜面に近い所もあればそうでもない所もあるだろうし、川があふれたときに水が流れ込みやすい所もあればそうでない所もあるだろうからだ。
特に、自分が普段から滞在することの多い「自宅」「職場」などであれば、その地区にどんな災害リスクがあるのかを事前から把握しておくことが肝要だ。土砂災害警戒区域、浸水想定区域など地図上に表示された「ハザードマップ」を予めチェックしておきたい。
大雨災害のリスクがある地区で、その該当する災害の危険度が高まっている場合、そしてその場に居合わせている場合、危険度に応じた行動(避難も含まれる)をとるべきだ、ということになるのだ。いわば、地形などから予め「危険が想定されている場所」と、気象状況から「今、危険が差し迫っている地区」を重ね合わせて判断することが重要になるのである。
極論すれば、「わが家はこの地区の中でも、土砂災害・浸水・洪水のどの災害のリスクもない場所だ」と言い切れる場合、大雨危険度の高まりを示す通知が届こうが、危険度分布で自宅を含む地区の危険度が高まろうが、逃げずに在宅を続けるということが災害から身を守る観点ではベストな行動だということになる。(もちろん、周囲が水没して自宅が孤立し、水・食料が枯渇するおそれがあるという場合などのリスクは想定すべきだが。)
また、この情報を活用できるのは自分自身だけではない。家族や友人が住む場所について遠隔地から把握し、その人たちに行動を促す連絡をすることも可能である。スマートフォンやメールが利用できない方々について、家族が情報をいわば「代行受信」し、身近な人の言葉で、電話などで危機を伝えることも積極的に行われると良いと感じる。こうした家族などによる危機を伝える連絡を、国土交通省では「逃げなきゃコール」と呼び、キャンペーンを行うなどして推奨している。
■ 通知サービスを正しく使う方法
上記の内容を時系列的にまとめると、以下の通りとなる。
(1)予めハザードマップで、
その地区にある土砂災害・洪水などの災害リスクを把握しておく。
(2)登録した市町村の大雨危険度が高まった旨の通知が届いたら、
大雨・洪水警報の危険度分布で、地区ごとの詳しい危険度を確認する。
(3)自分のいる場所で危険が想定されている災害について、
その現象による災害の危険度が高まっているのならば、
危険度に応じて、避難などの防災行動をとる。
住民一人ひとりが通知サービスを活用する場合も、危険度の高まりを「見逃さない」ために使うのが好ましい。というより、この情報は、そもそもそういう情報なのだ。通知そのもので「避難!」などと即断すべき情報でないことは、ここまでお読みいただいた読者の皆様はもうお分かりだろう。
ただ、民間事業者の通知サービスの中には、通知で端的に「レベル4」や「避難」などのコメントを伝えるものもあるようだ。もしかすると、危険度の高い地区があることの重大性を知らしめるため、あえてこうした文言になっているのかもしれない。しかし、筆者個人の意見としては、あまりに端的な文言は混乱を招く原因になり、さらには情報の「オオカミ少年化」につながる懸念もあると思う。筆者は、大雨危険度通知の内容を踏まえて、実際に即した丁寧な表現に是正すべきだと強く思っている。また、住民の方々が通知サービスを利用される際には、この情報の意味をしっかりと理解したうえで、適切にお使いになることを望んでいる。
参考:各情報の確認方法
大雨危険度が今どの程度なのか、市町村ごとに現在の状況をリアルタイムで把握できるウェブページは、気象庁ホームページには現時点では無い。事業者が提供している通知サービスを受けて、あるいはその前に活用ができるホームページを以下に紹介する。
・ハザードマップ (国土交通省ポータルサイト)
・大雨警報(土砂災害)の危険度分布 (気象庁ホームページ:浸水・洪水の危険度に切り替え可能)
・避難情報 (Yahoo!天気・災害)
<引用文献・参考資料>
・「危険度分布」の通知サービスが始まります (気象庁報道発表、2019年7月10日)
・サービス開始を伝える気象庁記者会見のようす (動画:THE PAGE配信、YouTube)
・「危険度分布」の通知サービスについて (気象庁ホームぺージ)
・「危険度分布」の通知サービスの協力事業者の募集について(気象庁報道発表、2019年5月8日)
・防災気象情報の伝え方に関する検討会 (気象庁ホームぺージ)
・「危険度分布」の危険度の変化を伝える「大雨危険度通知 」の提供について (気象庁 配信資料に関する技術資料 第510号、2019年6月21日)