防災情報の「警戒レベル」開始 今までと何が変わって、何が変わらないのか?
「防災情報は種類が多くて、何がどれくらい危ない状況を示すのか、分からない」。
こうした声を筆者が耳にしたのは、15年以上前のことと記憶している。気象庁から発表される情報について言えば、昭和の時代までは「注意報→警報」という2段階運用が基本だったと思う。精度は決して高くなかったが、運用の形としてはシンプルで、分かりやすかったと言えるだろう。
平成の時代になり、予測技術向上を踏まえて「土砂災害警戒情報」「特別警報」といった新たな情報がいわば「建て増し」されて高度化・詳細化した反面、情報の種類は膨大となった。その結果、住民一人ひとりも、地方自治体も、防災情報を使いこなすことが十分にできていない、という事態に陥っていると言わざるを得ない。せっかく予測技術が向上しても、十分な活用ができなければ宝の持ち腐れである。
5月から、新たな時代・令和となった。防災情報をもっと広く有効活用できるように、国は今年の雨のシーズンから、5段階の「警戒レベル」の運用を始めた。この内容と、現在の課題、展望について以下に述べたい。
■ 避難情報と防災気象情報
災害発生のおそれがある場合、大きく分けて2タイプの情報が発表される。市町村が出す「避難情報」と、国・都道府県が出す「防災気象情報」である。
「避難情報」は、避難勧告や避難指示(緊急)などで、住民に災害の危険性を知らしめ、避難行動を促す情報だ。気象の状況、それぞれの地域の地形などさまざまな情報を総合し、住民に近い立場である市町村から発令される。「市内全域」という形で出される場合もあるが、「〇〇市××町△△2丁目」や「〇〇市××町□□学区」など、地域の実際の状況を考慮し、危険が高まっている地域を絞り込んで発表される場合が多い。
一方の「防災気象情報」は、気象庁(気象台)や国土交通省(河川事務所など)、都道府県の砂防・河川部局などから発表される情報である。気象、河川、土砂災害などの現象について、災害の発生する危険性が高まってきていることを段階的に知らしめるため、警報、土砂災害警戒情報、(河川の)氾濫危険情報など、各種の情報が発表されることになっている。これらの情報は、基本的には市区町村単位や河川ごとのやや広めの情報で発表され、特定の地区(〇丁目や●●学区など)まで絞り込んで発表されるものではない(後述する「危険度分布」は除く)。
自治体の防災担当部局では、こうした「防災気象情報」をベースとして、実際にどの地区において災害の危険性が差し迫っているのか判断し、地形などを考慮して「避難情報」を発表していく、という段取りなのである。
■ 5段階の「警戒レベル」
今般、こうした各種の防災情報に、5段階の警戒レベルを明記して、広く提供されることとなった。「情報の種類が多くて、どの程度の危険性の段階にあるのか分からない」という声に応えるため、これまでの情報についていわば「トリアージ」を行い、情報に併記する形で、「この情報は、この段階の危険度ですよ」ということを端的に示すこととしたのだ。
発令・発表される情報の意味や、出される段階・危険度については、基本的にはこれまでと何ら変わらないと受け取って良い。上下関係が容易には分からなかった各種の情報にラベルを貼ってやり、5段階のうちのどこに今あるのかを直感的に分かるように明示しよう、という取り組みということである。誤解を恐れずに言えば、従前から発表されている情報に、単に数字でラベルを付けた、というだけのことだ。新しい制度や情報体系に取って代わったわけではなく、水害・土砂災害の防災情報について「伝え方」が変わる、ということなのである。
細かく言うと、地域を具体的に絞り込んでいる「避難情報」については警戒レベルそのものを明記し、それぞれの情報や行うべき行動と連動させている。
避難に時間を要する人(高齢者など)やその支援者は避難を開始し、そのほかの人は避難の準備をするべき段階は「警戒レベル3」で、情報としては「避難準備・高齢者等避難開始」が該当する。
さらに危険性が高まった場合は、速やかに避難先へ避難するべき段階として「警戒レベル4」となる。いわば「全員避難」の段階であり、これには「避難勧告」の情報が該当する。さらに危険が切迫し、緊急的・念押し的に避難を促す場合には「避難指示(緊急)」が出される場合がある。避難勧告も避難指示(緊急)も同じ警戒レベル4であり、避難指示(緊急)を待たずに、避難勧告が出された場合には該当地域内の全ての人が安全な場所に身を置くための行動をとる必要があると再認識したい。
「警戒レベル5」は、すでに災害が発生している状況である。情報としては「災害発生情報」となる。実際に河川が決壊・氾濫したり、土砂災害が発生したりしたことを把握した段階で市町村が発表する情報であり、やや厳しい言い方だが「手遅れ」の際の情報となる。すでに災害に巻き込まれていてもおかしくない状況で、この段階でできることは「命を守るために、最善を尽くす」しかない。警戒レベル5になる前の警戒レベル4までの段階で、安全確保をしておくことが極めて肝要、ということが改めてよく分かる。
なお、警戒レベル3より前の2・1の段階は、気象庁が発表する情報をベースにすることとなった。5日先までに警報を発表する可能性の高低を示した「早期注意情報(警報級の可能性)」という情報をもとに、大雨について明日までに警報を発表する可能性が「中」「高」とされた場合は「警戒レベル1」となる。災害への心構えを一段高め、今後発表される情報を見逃さないよう注視すべき、という段階だ。
さらに災害の可能性が高まってきて、「大雨注意報」「洪水注意報」などが発表された段階が「警戒レベル2」。これは、避難場所・経路など避難行動の確認が必要とされる状況に当たる。ハザードマップなどを改めて確認し、いざという時に、どんな行動をとるのか確かめておく段階となる。
もちろん、警戒レベルが1に至っていない平時から、ハザードマップなどで地域の災害リスク(素因)をしっかりと定期的・積極的に把握し、災害時に備えておくことが基本中の基本となる点についても、強く申し添えておきたい。
■ 防災気象情報は「警戒レベル相当情報」
一方で、防災気象情報は「警戒レベル相当情報」という位置づけになる。住民が自主的に避難行動をとるための「参考情報」となるのだ。
警戒レベル5: すでに災害が発生
警戒レベル4: 全員避難
警戒レベル3: 高齢者などは避難
というとるべき行動は同じだが、基本的には、避難勧告や避難指示(緊急)のように地区を詳細に絞り込んで出される情報ではない(後述する「危険度分布」は除く)。防災気象情報は、市区町村単位や河川ごとなどある程度の範囲を持って、気象状況などから危険性を知らせる情報である。例えば、土砂災害警戒情報が出された市町村でも、崖や斜面の近く(土砂災害警戒区域など)は土砂災害の危険性が高いが、崖や斜面から遠い地域では土砂災害の危険性は小さい、というわけである(このことは、以前から変わらない)。
自らが生活する地区の災害リスクを事前に把握しておき、それに応じて、自らの判断で自主的・積極的に避難行動をとる際の「参考情報」が防災気象情報で、このために「警戒レベル相当情報」とされているのである。
では、防災気象情報は不要で、避難情報だけあれば良いのかというと、そうではないと強く申し上げたい。市町村が発表する避難情報は、防災気象情報を重要な判断材料のひとつとして発表される。つまり、防災気象情報の発表を受けて、大なり小なりタイムラグがあってから避難情報が出されるのが常なのだ。今回の「警戒レベル相当情報」の運用開始を受け、市町村も気象・河川などの危険度を容易に把握し、避難情報の発令がいっそう行いやすくなるとは考えられるが、やはりそれでも出し遅れ・出し漏らしが絶対に無いとは言い切れない。
これまでと変わらず、やはり最終的には、自分や家族・周囲の人の命を守るのは、ほかならぬ自分自身なのである。防災気象情報を活用し、避難情報を待たずに率先して自主的に避難行動をとることがとても重要だと思う。このことは、これまでも、これからも変わらない。
なお、それぞれの防災気象情報が対象とする災害は、土砂災害、河川氾濫など異なるため、同じ地域でも現象によって相当する警戒レベルに違いが生じることがある。例えば「土砂災害はレベル4相当だが、氾濫はレベル3相当だ」という状況だ。どの現象について危険度が高まってきているのか、自らの生活圏の状況と照らし合わせ、避難行動をとる判断をする必要がある点にも注意して活用したい。
さらに言うと、避難情報はもちろんのこと、住民一人ひとりが、防災気象情報(動的情報・誘因情報)やハザードマップ(静的情報・素因情報)を読み解くリテラシーを持つことが大切であることに全く変わりはないと言える。その際、今般、警戒レベルとの対応がはっきりと示されたことから、こちらもやや厳しい言い方だが「出される情報の軽重が分からなかった」という言い訳はもはや通用しない、とも言えるのだろう。
警戒レベル相当情報の例
5相当: 氾濫発生情報 大雨特別警報 など
4相当: 土砂災害警戒情報 氾濫危険情報 など
3相当: 氾濫警戒情報 洪水警報 など
■ 警戒レベルの課題
まず、「周知」については最重要な課題と言えるだろう。何段階の警戒レベルで、5と1のどちらがより危険なのかが広く理解されなければ、無機質な「数字」のほうがかえって危機感を低くしてしまいかねないとも考えられる。国や地方自治体、報道機関、我々気象解説者が丁寧に周知していくことがとても大切だと痛感している。
さらにはそれぞれの警戒レベルの深刻度、すなわちどう行動すれば良いかを正しく理解してもらう必要もある。どの段階の情報で、自分はどういった避難行動をとるべきなのか。なんとなく「危ない」というだけでは、結局のところ、実際の避難行動には結び付かない。これも「周知」のひとつだと思うが、警戒レベル3ならこう、警戒レベル4ならこう、とダイレクトに結び付けて考えられるように、さまざまな場面で伝えていくことが大切だろう。こちらも、実は、「各情報の意味を伝え、その際にとるべき行動を丁寧に周知する」というこれまでのスタンスと変わらず、分かりやすく危険度を理解してもらうために「警戒レベル」が導入されたというだけなのだ。
いずれにしても、地震の際の「震度」のように広く周知されれば、どの程度の危険性なのか直感的に分かる、強力なツールになるはずだと私は期待している。もう何十年も使ってきている「震度」は、1~2であれば「それほどでもないな」、4や5弱以上となると「これは大変だぞ」と、専門家ではない住民一人ひとりでもパッと分かるだろう。警戒レベルがこの域に達するのにはまだまだ長い年月がかかると思うが、「警戒レベル4だと、これは全員避難の段階だ」と直感的に誰もが分かるような時代が来れば、「危機感のバトン」を住民に伝える手段としては非常に有効になってくるはずである。
(※ なお、震度は揺れの観測値で、警戒レベルとは意味合いが異なるが、イメージとして述べた点をご了承いただきたい。)
■ 警戒レベルと「相当情報」の齟齬
ほかにも課題はある。例えば土砂災害警戒情報(警戒レベル4相当)が出されている市で、危険性が高まっている地区を絞った避難勧告(警戒レベル4)が出された場合、土砂災害の危険性が高いとされた崖・斜面の近くなどは警戒レベルと「相当情報」が同じ数字(4)となるが、避難勧告などが出されていない地域では、警戒レベルと「相当情報」の数字に齟齬が生じることになる。
その際に、「どちらが正しいのか」「どちらに合わせた行動をすれば良いのか」といった混乱が生じる可能性も否めない。上述した、避難情報と防災気象情報の違いを知っていれば、なぜそうしたことが起こるか分かると思うが、周知が不十分な段階では誤解が発生する可能性がある。これを解消するためには、防災気象情報をさらに絞り込んで発表する必要性があるわけで、それが技術的に可能なのか、また、そうした方向へ進めるべきなのかという「防災気象情報のあり方」についても、今後は並行して検討する必要があると感じる。
繰り返しになるが、現時点では「自分の命は自分で守る」の基本的な考えのもと、避難情報、防災気象情報を自ら使いこなして、避難行動をとっていただきたい。
■ 警戒レベルと対応がされていない防災気象情報も
今回、気象庁が発表する全ての情報が「警戒レベル」に対応する相当情報となったわけではない点も無視できない。住民が自主的に判断するにしても「警戒レベル3相当なら高齢者等は避難、警戒レベル4相当なら全員避難」だと思っていたのに、警戒レベルがつけられていない情報もまだまだあるのだ。
今回は、水害・土砂災害については、避難情報と防災気象情報が5段階に整理されたが、暴風・高波や大雪についてはほとんど手付かずである。出来ることから少しでも進めていくということは理解できるし、災害の発生しやすい地域の絞り込みや予測可能性などさまざまな観点から、大雨の災害のようには一律に設定しにくいのだろうと考えられるが、懸念もある。
例えば今後、「警戒レベル4なら全員逃げる」とだけ覚えた人は、暴風警報や波浪警報が発表された場合にはどうしたら良いか、と思考停止しないだろうか。警戒レベルそのものをただ鵜呑みにするだけという状況も問題だと感じるが、情報の中に警戒レベルとの対応の有無が混在するのもできるだけ早めに改善すべきではないか、と感じる。住民一人ひとりの防災リテラシーの向上と、防災情報の精度向上、使い勝手の改善を両輪としてアプローチしていく必要があると思う。
■ 警報でも警戒レベルが異なる場合がある
心配なことはまだある。
防災気象情報のうち、大雨警報は「警戒レベル3相当」だが、高潮警報は「警戒レベル4相当」と位置付けられているのである。また、暴風警報が発表されている中で高潮警報に切り替える可能性が高いと言及された場合の高潮注意報は、注意報であっても「警戒レベル4相当」とされている。同じ「警報」であっても、相当する警戒レベルに違いがあるのだ。
災害が実際に発生した際の深刻度や避難に要する時間、現象の予報精度などを勘案してこうした位置づけとなっているのだろうが、単に「注意報は2、警報は3」とシンプルな形ではなく、住民のみならず地方自治体の防災担当者や気象業務従事者でさえも混乱し兼ねない構成ではないか、と懸念している。分かりやすく数字を付記しようとしたばかりに、現行の防災気象情報の体系ではシンプルに示せない部分が露呈してしまう状況になったのではないか、と感じている。こうした点にも気をつけながら、活用していく必要があるのだろう。
■ 令和の時代の防災情報
現在は、警戒レベルを導入し、現行の情報に併記して周知をしている段階であり、防災情報の過渡期ではないかと筆者は感じている。あくまで私見だが、警戒レベルが広く周知されて当たり前のように使われるようになれば、5年後、10年後には「警報」「土砂災害警戒情報」という現行の情報のくくりがなくなるのかもしれない。むしろ、そのほうが分かりやすいと感じる。
予想される現象の危険性に応じて、単純に「警戒レベル〇相当」と発表されるだけになるのではないか。例えば、
【○○市のXX時XX分現在の相当する警戒レベル】
土砂災害:レベル4
河川氾濫:レベル3
高 潮 :レベル3
暴 風 :レベル2
高 波 :レベル2
大 雪 :レベル1に至らず
……(以下、略)
という形式だ。
こうすれば、「情報が多すぎる」「警報でもレベルが異なる場合がある」などさまざまな問題がクリアできる。警戒レベルの周知が大前提だが、将来的にはこうした形に収れんされていくべきではないか、と筆者は感じている。
また、その際には、避難情報とのより強力な対応も議論となるだろう。
実は、詳述はしなかったが、気象庁は大雨災害(土砂災害、浸水、河川氾濫)については、「危険度分布」という地図情報をすでにリアルタイムで提供している。現在どの程度の危険度に至っているのか、地図上でメッシュ(格子)状または詳細な河川ごとに計算・表示しているのだ。気象庁の発表する大雨警報・洪水警報のベースとなる情報だが、これがさらに高精度化するなど技術向上が進めば、防災気象情報はもはや市区町村単位で発表するのではなく、メッシュごとに発表する形式に完全移行していくのかもしれない(現在でも、この「危険度分布」と地域の地形情報を重ね合わせて「本当に危険な地区」を明示し、それを活用して避難情報を発表することが市町村には推奨されている)。
今後、高い精度が保てることを前提に、危険度分布と警戒レベルがより有機的に結びつけられ、「警戒レベル相当情報」が防災気象情報の軸となっていくのであれば、今回の警戒レベルの導入は、実は防災情報の大きな転換の第一歩となるのかもしれない。また、「警戒レベル」が令和の時代の防災・減災のキーワードとなるのかもしれない。災害で悲しい想いをする人が一人でも少なくなるように、筆者は「警戒レベル」導入に大きな期待を抱いているのである。
【参考文献・引用資料】
・気象庁ホームページ
・内閣府ホームページ