史上最強の支援税制で群馬県太田市に新アリーナ! わずか1割の負担でバスケの聖地に⁉
群馬が記録的な強さでB1昇格
男子バスケB2(Bリーグ2部)の群馬クレインサンダーズが5月16日、記録的な強さでB1昇格を決めた。レギュラーシーズンでは52勝5敗とB2史上最高勝率を記録。プレーオフもクォーターファイナル(準々決勝)、セミファイナル(準決勝)とそれぞれ2連勝で勝ち抜きを決めている。22日からのファイナル(決勝)を残しているものの、2位以上を確定させて既に昇格の条件を満たしている。
株式会社オープンハウスは、群馬クレインサンダーズのオーナー企業だ。B1昇格決定に先立つ13日に、新アリーナの建設を発表している。
前橋から太田へのホーム移転は、今年2月に発表済みだ。今回はさらに地方創生応援税制「企業版ふるさと納税」を最大限に活用して自治体、クラブとオーナー企業が三位一体でアリーナ整備を進めるスキームが明らかにされている。
太田市に新アリーナ
完成の予定は2023年春。アリーナ建設は行政などステイクホルダーへの根回しに手間のかかる場合が多く、計画策定だけで数年を要する場合も多い。そんな中でオープンハウスと太田市は強烈なスピード感をもってプロジェクトを進めている。
群馬クレインサンダーズはB2の強豪ながら2季前まで集客、財務面ともに脆弱なクラブだった。2018-19シーズンは全体2位の好成績を収めつつ、B1ライセンスが認められていなかったため昇格を逃した。しかし2019年6月にオープンハウス社が引受元となって増資を行い、昨年からはオープンハウスの完全子会社となっている。
太田市はオープンハウス社の資本参加直後から本拠地移転の働きかけを行い、それが今回は成就した。県庁所在地・前橋や交通の拠点・高崎でなく太田という選択を意外に思う方もいるはずだ。確かに太田市の人口は22万人で、プロスポーツのホームタウンとしては例外的に小さい。
太田移転のメリットは?
ただし太田は栃木県の佐野や足利も含む「両毛五市」「両毛広域都市圏」と称される県境をまたいだ経済圏の一角。南は埼玉県熊谷市とも境を接している。都心からも東北自動車道を経由すれば1時間半足らずで到着するという。周辺人口を考えると、車社会における好立地だ。加えて市の製造品出荷額は3兆円近くと、全国のトップ10に迫る高レベル。清水聖義市長の言葉を借りれば「小さな身体で、大きな力を発揮する街」だ。
群馬クレインサンダーズと太田市にとって、新アリーナ完成のメリットは大きい。現ホームのヤマト市民体育館前橋は築41年とやや古く、コンコースも手狭。演出や飲食などの付帯設備も乏しい。2026年からハードルの上がる新B1基準にも当然ながら適応できない。ファンの90%が車による来場者という中で、駐車場の不足も致命的だ。
企業版ふるさと納税を活用
13日に発表されたOTA ARENA(仮称)は競技者でなくファンの目線で整備されるアリーナで、いわば群馬県における「バスケの聖地」を目指すもの。収容人数は5000人で、78.5億円が投じられる見込みだ。VIPラウンジ、センタービジョン、広告収入増には不可欠なリボンビジョンといった付帯設備も用意される。
ハコモノは誰が、いくら払うかが問題になる。従前のスタジアムやアリーナも都市公園法などの枠組みを活かし、国からの補助金を引き出して建設したものが多い。太田の新アリーナもクラブ、自治体やオーナー企業の実質負担を最小限に抑えた形で計画が実現する。大きなイノベーションが企業版ふるさと納税の活用だ。
企業版ふるさと納税は2016年に「地方創生応援税制」として開始された。当初は4年間の時限措置だったが、2020年4月に大幅な制度改正があり、2024年度までの5年間の延長が決まっている。
時限立法で実質負担は1割に
順序としてはまず政府が、自治体などが作成した地域再生計画を認定する。そして企業は認定された事業に対して寄付を行うことができる。寄付額は企業決算への損金算入が可能なことに加え、その一部に税額控除が適用される立て付けだ。
今回のプロジェクトに大きく寄与しているのが2020年4月の制度改正で、実はこれが強烈な内容だ。法人住民税、法人税、法人事業税など税額控除の割合が合計3割から6割に拡充されている。損金算入による節税効果(3割)と合わせれば最大9割。つまり企業の実質負担を寄付額の1割に抑えられる仕組みとなった。
総工費78.5億円に占めるオープンハウス社の負担割合は現時点で公表されていない。ただ仮に満額だとしても実質負担が「1割」ならば、決算へのネガティブインパクトは皆無に近い。群馬クレインサンダーズの経営にも間違いなく好影響で、オープンハウスにとっては広告宣伝効果の上昇に寄与する投資だ。
念のため説明すると企業が赤字ならば納税の負担も原則として消え、節税効果は生まれない。また仮に法人税額が50億円の企業が、企業版ふるさと納税でそれ以上の寄付をしたら、控除額の範囲を越えて節税効果は落ちる。
「オープンハウスの負担額は少ない」
しかしオープンハウス社は業績が好調で増収増益が続いており、2020年9月期の純利益が594億円。法人税の実効税率を30%として計算すれば、納税額は178億円ということになる。つまりかなり巨額の控除を効かせる素地がある。
群馬クレインサンダーズの取締役で、オープンハウスディベロップメントの執行役員でもある吉田真太郎氏はこう説明する。
「全く負担がないということではないけれど、極めてオープンハウスにとっての負担額は少ない。オープンハウスグループは売上1兆円を目指すところに来ているので、そこから考えても会社に与えるインパクトは非常に少ない」
「いくら寄付してくれても大丈夫」
太田市にとってもメリットは大きい。新アリーナはあくまでも公設の市民体育館で、市民利用に開放され、また防災の拠点ともなる。コロナ禍の終結は前提だが、市外からの来訪者増による経済効果もある。
もちろん町おこしに寄与しない、一般の事業まで企業版ふるさと納税を活用できるわけではない。しかしアリーナ整備は産業政策として推進されているいわば国策で、町おこしはもちろんエンターテイメントビジネス、スポーツビジネスの振興という経済効果を生む。13日の会見で、清水聖義・太田市長はこう述べている。
「内閣府に行ってきまして、結果として既に手続きは終わっています。オープンハウスがいくら寄付をしてくれても、大丈夫なようになっています。(寄付が)可能な限り、上限の近くなら嬉しいことですね」
「地域共創に革命を起こす」
吉田取締役はアリーナ計画の意義をこう説く。
「全国の自治体やスポーツに参画したい企業に真似をされるような地域共創モデルを、群馬クレインサンダーズ、太田市、オープンハウスの三位一体で築き上げていきたい。地域共創に革命を起こしていく決意です」
Bリーグの島田慎二チェアマンはこの計画をこう称賛する。
「クラブとオーナー、自治体が三位一体となって、国が地域創生の目玉として取り組んでいる施策を十二分に活用して取り組んでいる。地方都市にそんな高いハードルは厳しいと言われることもありますが、実現するスキームを見せていただいた。バスケットだけでなくスポーツで地方を元気にしようとする自治体、クラブ、投資を検討する企業が勇気づけられるスキームだと思います」
企業版ふるさと納税による「実質負担1割」を実現する控除の設定は、あくまでも時限的な措置だ。しかし2024年度分の法人税納税まで適用されるため、バスケに限らず他のプロスポーツのオーナー企業もオープンハウスに追随するだろう。
プロスポーツの強力な支援に
当然ながらスタジアム、アリーナの建設には広い土地が必要で、自治体など公共団体との連携も企業版ふるさと納税活用の必須条件だ。ただ多少の壁はあるにせよ、この制度は今までにない強力な武器となる。スポーツチームと税制についていえば、親会社等の支援を広告宣伝費として損金計上できる仕組みもある。これに比較しても企業版ふるさと納税は控除の割合、想定される額が圧倒的に大きい。
全額負担でなくても活用は可能で、オープンハウスほどの大企業でなくてもこの仕組みを使える。とはいえ「大企業のオーナーがバックにいる地方クラブ(球団)」ほどメリットを発生させやすい制度だろう。
企業版ふるさと納税はスポーツの振興にとって、おそらく過去最強のブーストとなる。太田市の新アリーナは、プロバスケにとどまらない最高のロールモデルとなるはずだ。