エスコンフィールド北海道で感じたワクワク感と改善点 アクセス問題を緩和する“一石二鳥”の秘策とは?
エスコンフィールド北海道(ES CON FIELD HOKKAIDO)は、新国立競技場と並ぶくらい、開業前から逆風に晒されたスタジアムだ。昨年11月には本塁からバックネットの距離不足が指摘され、日本版の公認野球規則を満たしていないことが問題化した。今年3月に「球団がNPBに野球振興協力金を払う」という条件のもと、現行状態の維持を認める決定はされたが、球団関係者は肝を冷やしたはずだ。
開業後も駅への乗客集中、シャトルバスの行列、観客数の減少など、ネガティブな話題が聞こえてくる。とはいえ「天然芝の開閉式ドーム」「球場を核にした街づくり」といった球場のコンセプトは野心的で、スポーツファンとして素直に心踊るものだ。なるべく早いうちに現地へ足を運び、この目で運用を確かめたい――。そんな筆者の思いが4月28日の福岡ソフトバンクホークス戦で、ようやく果たされた。
強烈な“非日常感”
札幌駅から快速エアポートに乗り込むと、ラッシュアワーから外れた時間帯にもかかわらず、6両の編成に立ち見もいる混雑で驚いた。ただよく見ると多くが乗客の多くがトランクケース、お土産といった大荷物を持っている新千歳空港利用者。17時6分に北広島駅(現時点の最寄り駅)で下車したのは、乗客の10%程度だった。改めて千歳線への負荷を感じた。
北広島駅発のシャトルバスは2台1セットで運用されていて、乗客が乗り込むとすぐ発車する体制だった。駅構内を撮影していた私は出遅れ、2台を見送ることになったが、それでも5分も待たずに私のバスは発車。特に渋滞はなく、駅から5分ほどで球場に到着した。
エスコンフィールド北海道を外から見た印象は「大きな箱型アリーナ」で、特別な感慨もなかった。ただゲートから中に入った瞬間の“非日常感”は強烈だった。今まで見たことのないような巨大ビジョンが眼前に迫り、緑色の芝、スタンドが一望できる。外野側は高さ70メートルのガラス壁がそびえ立っていて、屋内球場と同等の開放感もある。筆者の乏しい表現力では言語化し切れない“ワクワク感”があった。
IT装備は時代のスタンダード
複数のチームスポーツを取材する雑食系のスポーツライターとして、国内の様々なスタジアム、アリーナに足を踏み入れてきた。NPBのホーム球場はすべて行ったし、JリーグやBリーグの会場も大半に足を運んでいる。そのどれと比べても、エスコンフィールド北海道はハコモノとしてダントツに良い――。それが素直な第一印象だった。
試合前に軽く飲み物とおやつを購入しようとして思い出したのだが、ここの売店は現金を使えない。ただそれは2020年以降に開業するスタジアム、アリーナのスタンダードでもある。カードや電子マネーは“データ”と紐付いていて、それはマーケティングの精度を上げる材料になる。
また売店、飲食店では必ずファンクラブカードの提示も求められた。Fチケットとファンクラブの会員情報が適切に集約され、有機的に結びつけば、ビッグデータとして有用だ。そのようなDX(デジタルトランスフォーメーション)は日本のスポーツビジネスが遅れていた部分でもある。Wi-Fiも動画を問題なくみられそうな通信速度だったが、高密度のネット環境も今後はスタジアムの標準装備となるだろう。IT装備は明らかに他球団へのアドバンテージとなる部分だ。
筆者が購入した「MAIN LEVEL バックネット裏」は前売り6000円で、投手の球筋が見える良席。「試合は必ず最初から最後まで見る」というマイルールを守るために試合中の球場内観察はせず、席を離れにくいため夕食もお預けだった。そんな私にとって最大の驚きは“試合後”にあった。
飲食店が試合終了後も営業を継続
18時に始まった試合はちょうど3時間で終了し、筆者が席を立った時点で21時を軽く過ぎていた。球場内にあるフードコードエリア「七つ星横丁」の様子が気になって、試合終了後に改めて見に行く。するとたくさんのお客が残っていて、店のスタッフも呼び込みを続けている。
近くにいた係員に聞くと「店によるけれど営業はまだ続く」「シャトルバスも出る」という説明だった。何店舗か迷った末に焼肉屋に入って、少し遅めの夕食を摂りはじめた。店員からは「ラストオーダーが22時」「閉店は22時半」と説明を受ける。しばらくしてシャトルバスの終バスは23時15分と告げるアナウンスもあった。
スタジアムのアクセス問題は試合終了後に起こる。開始前は早めに来る人、遅めに来る人で負荷を分散させられるが、終了直後は人が集中するからだ。国立競技場、東京ドームのような複数の駅に散らせる立地なら5万人、6万人の観客が集まっても心配はないが、エスコンフィールド北海道は徒歩圏内の駅がJR千歳線・北広島駅のみ。歩くと20分ほどはかかり、シャトルバスが必要になる。
そもそも球場内にフードコート、通路脇の“路面店”があることは異例だが、試合終了後の営業は人流の緩和、観客サービス向上という“一石二鳥”の打ち手になっている。Jリーグも試合後にイベントを開く、スタジアムグルメを出す例はあるが、場所は必ずスタジアムの外だ。ただ北海道の気象条件で、屋外のイベントや飲み食いは難しい。しかしエスコンフィールド北海道は場内にフードコートがある。七つ星横丁に10個ある店舗は大半が営業を続けていて、程よく混雑していた。
軽く食事を済ませて40分ほどで球場外に出ると、シャトルバスの行列はほぼ解消していた。帰りは往路と違うルートを選択して、新札幌駅までの所要時間は20分ほど。いわゆる観光バス用の車両に乗車して、ゆったりと試合の余韻を楽しむ時間を持てた。
気になったトイレの表示と一方通行
シャトルバスが発車した時点で、まだ周辺道路の渋滞は残っていた。この球場に関しては自家用車で来場する観客も多いのだろう。東京ドームや神宮球場に比べるとビールの売り子は少なめで、条件的にアルコールの売り上げはそこまで期待できないのかもしれない。
他にも違和感を持つポイントはいくつかあって、例えばトイレ問題はその一つだ。まず表示が分かりにくく、探すのに少し手間取った。デザインがモノトーンで統一されているため青、赤のような原色が使用されず、近くまで行かないとマークが分からない。「かっこ良さを取るか、分かりやすさを取るか」のトレードオフだろうが、個人的には「トイレの入口はかっこ悪くても分かりやすくするべき」という意見だ。
またトイレ内の導線は一方通行になっていて、手洗いの洗面台は出口付近に固まっている。しかし入口付近から奥は遠く、そもそも見えにくい。見たところかなり多くのお客が、手を洗わず一方通行を“逆走”して自席に戻っていた。もっとも、そのレベルの問題は後から修正すればいい話だ。
集客、投資の回収も大きな課題だが
他にもマイナス方向からの指摘は可能だ。シンプルに総工費600億円という投資の元を取るのは、かなり高いハードルだ。28日の観客数は19,832人で、6試合連続で1万人台となっている。プロ野球の観客数にはシーズンチケットホルダーなど「券を買って来なかった」分も含まれるから、実際の観客は1万人前後(収容人員の30%ほど)だろう。集客については明らかにテコ入れが必要だ。
あれだけ天井の高い、遮熱性の低いガラスを多用した屋内施設なら、空調のコストも高額に違いない。昨今のエネルギー価格高騰は、運営コスト全般を押し上げる。
「札幌ドームに比べてアクセスが悪い」「市内から遠い」という指摘も、そう感じる人が多いのは理解できる。球場のすぐ近くに予定されている新駅が完成するまで、アクセス問題はつきまとうはずだ。また現地メディアの知人に聞くと職場から新球場まで車で1時間かかるとの話だった。時間に追われるマスメディアにとって、30分、40分の「プラスアルファ」はかなり痛い。
一方で球場外のロータリーはスペースが広く、滞留も含めてバスの運行には十分なスペースが確保されていた。一定の運用改善に必要な冗長性も見て取れたし、そもそも28日のような平日の試合ならばそこまで苦労せず帰宅できる。お金と時間に余裕がある野球ファンならば、エスコンフィールド北海道は楽しみがいのある環境だ。道外からでも訪れる価値があるし、混雑が苦手な人は平日の試合を選んで足を運んでみるといい。
短期間で引き上げられている運営力
試合終了後の飲食店営業と同様に嬉しいサプライズだったのは、球場の運営力だ。筆者は実力を“探る”狙いもあり、飲食店の営業時間やシャトルバスの運行などについて、4,5人のスタッフと軽くやり取りをした。どのスタッフも明快に、こちらが必要とする答えを返してきた。言葉を濁す、上席の人を呼びに行くといった“慣れないアルバイト感”を出す人はいなかった。
どんな施設も開業直後は初期トラブルが起こるし、ハードはともかくソフトの充実には時間がかかる。ただエスコンフィールド北海道は開業から短期間で球場内スタッフのレベルが底上げされていて、各々のモチベーションも高い印象も受けた。ファイターズが札幌ドームで積んできたノウハウもあるにせよ、“バタついている”感じが無いのは驚きだった。
ハコモノは活かすも殺すも開業後の改善次第だ。与えられた条件でどういう努力をするか、適応ができるかは決定的に重要だ。浮上した課題をどう速やかに把握・解消し、改善のサイクルを回すかは人間関係や組織の実力が問われる部分でもある。
新駅も含めた街づくりは端緒についたばかりだし、観客数を見ると“ご祝儀相場”はすぐに終わってしまった。肝心のチームも最下位近辺と低迷が続いている。だとしてもエスコンフィールド北海道のハードとソフトは日本最高だし、未来につながる特大のブレイクスルーだ。あれだけ大胆な挑戦をした球団サイドの“覚悟とパッション”に敬意を表するとともに、スポーツを愛するものとしてその志を応援したい。