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54歳の和菓子職人が“1億4千万”で体育館を開業 資金集めの奮闘と広がる未来

大島和人スポーツライター
日本でも稀有な“民間体育館”が群馬県伊勢崎市で5月8日に開業した 提供:堀田享

2023年5月8日、群馬に異色の体育館が開業した。個人が建て、一般利用者やテナントへの貸し出しで経営を成り立たせる“民間体育館”だ。

X-PARK1510(クロスパークイチゴイチエ/群馬県伊勢崎市上田町93)の建設に尽力した堀田享は、54歳の和菓子職人。彼が完成させたのはバスケットボールのコート1面にシャワー、ロッカーが併設され、シミュレーションゴルフ、整骨院、カフェと3つのテナントが入る複合型の体育館だ。

和菓子職人の育成年代指導者が主導

堀田は東海大、丸紅でプレーした元バスケ選手でもある。引退後は家業「菊花堂」の和菓子製造・販売に従事しつつ、育成年代の指導者として手腕を振るっていた。中学の外部指導者を経て、2008年に故・今里貴彦氏と「無限~No Limit~」というクラブチームを立ち上げた。同クラブは2020年1月に開催されたJr.ウインターカップ2020-21(2020年度 第1回全国U15バスケットボール選手権大会)で全国準優勝に輝いている。

堀田はウエア販売などを手掛ける合同会社「Infini T company(インフィニティーカンパニー)」の代表社員でもある。職人、指導者、経営者という“三足のわらじ”を履いてきたエネルギッシュな彼とはいえ、一般人による体育館建設は自分の知る限り“日本初”の挑戦だ。

クラブにつきまとう施設問題

無限はいわゆる街クラブで、複数の体育館を借用して活動を成り立たせていた。しかし街クラブの“頑張りどき”である年末年始になれば、公共施設は閉まる。学校の体育館も入学式、卒業式、PTA総会といった節目節目の行事で頻繁に使えなくなる。クラブ立ち上げ当初から「自由に使える体育館が欲しい」と“夢”は持っていたという。

そもそも体育館建設に、マンションのような皆で共有する“相場”があったわけではない。堀田は振り返る。

「税理士と色んな話をする中で、体育館は利用する人が潜在的に結構いるから面白い……といった話が出ました。ダメ元で見積もりしてみようと建築士さんにお願いをしたら、2億円くらいの金額でしたね。そこから色んなものを削って、最低限のものでやり直したら、土地を入れても1億4~5千万円あれば建つと出たんです」

X-PARK1510の外装は工場や事業所のように簡素な佇まいだが、それもコスト削減の努力だろう。

コロナ禍の補助金が後押しに

とはいえ堀田の自己資金は100万円に届くか届かないか。そんな人間が「1億4~5千万円」を調達することは極めて困難だ。ただしコロナ禍で「事業再構築補助金」という制度が誕生していた。「新分野展開などの思い切った事業再構築に挑戦する中小企業」を対象にする補助金で、貸し出しではなく金銭的な補助を受けられる仕組みだ。

懇意にしている税理士とともに書類を作成して応募したところ、2度目の挑戦で体育館事業が採択された。これによって4000万円の補助を得られる目処は付いた。チーム練習が2ヶ月止まるなど負の影響も受けたチームと堀田だが、X-PARK1510の建設にはコロナ禍が追い風になった。

それでも1億円は自力で調達する必要がある。金策はそれなりに難航したが、群馬県内の3行から協調融資を得られる算段もついた。

1億円の協調融資を受ける

金融機関からの借り入れは1億50万円で、返済は25年。月々の返済額は55~6万円になるという。法人として受けた融資だが、堀田は個人として債務保証をしている。今後の営業努力が重要で、それなりのリスクがあることも間違いない。一方で中小企業庁から補助を認められた、金融機関が融資をした事実は、この体育館に相応の事業性がある証明でもある。

見積もり、設計に前後して堀田は土地探しをスタートさせた。それなりに人が集まる施設だから、住宅地には建てにくい。なおかつ多忙な堀田の家、和菓子店から通いやすい場所というのも一つの条件だった。北関東自動車道の側道脇、給食センターの隣にあった約500坪はそんな条件を満たす適地だった。車で行くなら伊勢崎インターチェンジから10分ほどで、両毛線・国定駅から徒歩20分弱。土地の購入費は1700万円ほどだった。

ちなみに担当の税理士は伊勢崎市立あずま中で外部指導者を務めていた時代の教え子。土地探しを手伝った不動産屋は教え子の親……という具合に、堀田が指導者を続けてきた中で生まれた人脈や信用も、X-PARK1510の建設を大きく後押しした。

教え子の川島悠翔(U-19日本代表/NBAグローバルアカデミー)も3月に現場を訪問した 提供:堀田享
教え子の川島悠翔(U-19日本代表/NBAグローバルアカデミー)も3月に現場を訪問した 提供:堀田享

多様な使用者を想定

コートの使用は貸し切り、個人利用といった種別がある。使用料は個人の“相席プランが”平日17時までならハーフコートで1時間550円、17時から23時までは770円。団体料金は平日が1時間8800円、土日祝などの「特別指定日」が11000円となっている。「毎週何曜日の何時から何時まで」と定期的に借りるグループは優先されるが、空いた時間なら使い放題という“サブスク”の個人プランは1ヶ月3300円だ。

個人がスキルトレーニングやシューティングで使ってもいいし、集まった人たちが即席チームを作って試合をする“ストリートバスケ”的な使い方もある。無限は既に借りている体育館があるものの、公共の施設が使えない時期や、急に決まった練習試合、スクールの拡大などでこの施設を利用することになるだろう。なおキッズ向けの運動スクールとの契約が既に決まっているという。

バスケ、スポーツ以外の利用も

スポーツに留まらないニーズも想定される。ヒップホップ、チアダンスのスクールは各地で盛況だが、音楽や声、ステップなどの騒音が出るため、市街地の雑居ビルにはテナントとして入りにくい。X-PARK1510は平屋で、立地的に人家が遠いため、騒音に関する懸念がかなり小さい。しかも“スポット利用”ならば家賃を軽減できる。

フットサルの利用については「(照明などの)補強をしなければいけないけれど、まだ準備が整っていない」という理由でまだスタートしていないが、バスケと同様にニーズがあると見込まれている。屋外と違って「天候の不安がない」「音楽をかけて盛り上げられる」といった強みがあり、1DAYトーナメントの適地になるかもしれない。

バナー、ビジョンに映し出される映像などの“広告収入”にも開拓の余地があるし、施設の認知度が上がればネーミングライツの導入も可能だ。

こうして考えれば体育館の「ポテンシャル」は間違いなくある。民間のスポーツクラブ、ダンススクールが抱えていた“課題”を解消する決め手もここにはある。さらにバスケやフットサルを愛する個人が集い、結びつくことで「コミュニティ」の核に発展していくのかもしれない。

「空調」「ビジョン」の設置に向けて

これから新たなニーズが浮上することもあるだろう。逆に不足や課題が発見され、利用方法の変更や改修といった打ち手が必要になるかもしれない。他のスタジアムやアリーナと同様に、施設運営がピタッと“ハマる”までには一定の時間も必要だ。

X-PARK1510にとって当面の課題は空調の設置だ。ウクライナ戦争の余波で資材価格が高騰し、空調とビジョンは開業時の装備から削ることになった。伊勢崎市は「日本一暑い街」として知られる地域で、夏場に空調なしで営業するなどありえない。当面はリースによる空調機器の調達を想定しているが、可能なら購入したいというのが堀田の考えだ。それについて彼は5月末締め切りのクラウドファンディング(#1510 「1億円の想い」大好きな亡き先輩との約束。日本1ワクワクが集まる場所)をスタートさせている。

民間体育館のお手本に

堀田は文字通りこの体育館を“背負う”立場だ 筆者撮影
堀田は文字通りこの体育館を“背負う”立場だ 筆者撮影

この規模の施設は電気料金が月に何十万円という額になるし、人が集まり、人を雇うとなれば“面倒”も生まれる。だとしても堀田は特大のリスクを負い、挑戦に踏み切った。

「おかげさまでクラブチームという部活に代わるソフトを作ることはできました。一方でクラブだからこその不便も感じてきました。他の指導者さんと交流する中で、同じような思いを持っている人はたくさんいます。バスケをやっている人間だったら、一度は『自分の体育館を欲しいな』と思うのではないでしょうか。『こういう事例ができたから、もっとみんなもできるよ』となればいいですね」

バスケットボールやフットサルをやりたい人、教えたい人が自前で「場」を確保することは、この国だとなかなか難しい。アリーナ立川立飛のような民間施設は希少で、公共施設が実質的には唯一の選択肢だった。適切な事業計画を用意すれば個人や中小事業者でも補助金や融資を得られるが、誰もノウハウを持っていなかった。

民間体育館のパッケージと堀田の挑戦は、志を持つ人間にとって間違いなく「お手本」となる。金融機関にとってもリスクを測るための“前例”になる。X-PARK1510の建設は日本のスポーツやカルチャーを前進させる「小さくても大きな一歩」だ。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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