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パレスチナ:イスラエル軍を待つ?ハマースのトンネル

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 ハマースによる「アクサーの大洪水」攻勢開始から、10日が経過し、ガザ地区に対するイスラエルの攻撃や封鎖、「避難通告」の名のもとに進められる住民の強制移住が同地区の人道危機を深刻化させている。その一方で、イスラエルがガザ地区に地上軍で侵攻した場合、戦闘の期間やハマースの殲滅という目標の達成について悲観的な観測も出始めている。その根拠の一つに、ガザ地区の地下にはハマースやイスラーム・ジハード運動(PIJ)などの抵抗運動諸派が長期間にわたって掘削したトンネル網が張り巡らされていると信じられていることがある。トンネルを全て発見・破壊するまでに相当な時間と労力を要する恐れがある。ガザ地区のトンネルというと、同地区に武器や物資を搬入するための密輸トンネルや、同地区からイスラエルに潜入するために掘削されたトンネルもあるが、2023年10月16日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)は、アメリカの報道などを基にガザ地区の市街地に張り巡らされたトンネルについて要旨以下の通り報じた

 トンネルは、地下30m~40mに達する深さにまで掘られており、攻撃の実行、ロケット弾や弾薬の備蓄に使われるほか、ハマースの司令部や監視所も設置されている。これらは全て、イスラエル軍の偵察機の目に触れないところにある。ハマースは、2021年にイスラエル軍から攻撃を受けた際、ガザ地区に総延長500kmのトンネルを建設したと発表したが、この情報が正しいか否かは明らかではない。ちなみに、ニューヨーク市の地下鉄の路線延長は375km、線路総延長は1362kmだ。イスラエルの研究者は、ハマースのトンネル網を、ガザ地区という狭い地域の地下に建設された非常に膨大なネットワークと評した。ハマースなどの諸派がどれだけのお金や労力をかけてトンネル網を建設したかは不明だが、ガザ地区は2007年からイスラエルによって封鎖されており、建材も重機も調達が困難なため、トンネルは単純な器具で掘削されたと思われる。トンネル網には電力が供給され、有線電話が張り巡らされ、コンクリートで固められている。トンネル網のところどころには、地上とを結ぶ「幻惑の扉」と呼ばれる扉があり、そこからロケット弾を発射し、再度隠れるという攻撃が行われる。

 トンネル網という戦術は古くから軍事的に利用されてきたが、ガザ地区のトンネル網は、世界でもっとも人口密度が高いガザ地区にあるという点で、アル=カーイダがアフガニスタンに建設したトンネルや、ベトナム戦争時のベトコンのトンネル網と異なる。イスラエル軍は、2014年、2021年の攻撃でもこのトンネル網を破壊しようとしており、2021年の攻撃の際には100km以上を破壊したと発表していた。イスラエルの諜報機関がトンネル網の少なくとも一部について情報を持っていることは間違いないが、残りの部分については謎に包まれており、ガザ地区でのイスラエル軍地上作戦を困難にするだろう。

 今般の報道のような、ハマースのトンネル網についての情報が事実ならば、これを建設するためには莫大な費用や労力、建材が必要となる。2007年の封鎖以来ガザ地区の住民は経済的に困難な状況に置かれていたが、抵抗運動諸派は住民の生活の改善よりもトンネル網の建設を優先してきたといえる。一方、アメリカやイスラエルは、敵方の地下施設を発見・破壊するための技術や兵器の開発にやはり巨費を投じてきた。どちらの労苦がより効果を上げるのかは予想しがたいが、イスラエル軍が大軍を投じてガザ地区に侵攻すれば、だれにとっても「ひどい経験」になるのは確実だろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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