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「敵に1分の猶予も与えない」フランス政府が最大51の過激派に近い団体の解散を決意:教師殺害事件で

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
18日「私は教師」「野蛮をやめろ」と訴えながらパリの共和国広場をデモする人々(写真:ロイター/アフロ)

マクロン大統領と、ダルマナン内務大臣たちが、大変なスピードで政治の決断をしようとしている。

51の過激派に近いとみなされる団体を査察、必要に応じて解散させようとしているのだ。

ダルマナン内相は19日(月)「共和国の敵には一分たりとも猶予はない」とヨーロッパ1の放送で述べた。「今後数日のうちに、51の団体が、国家調査官の訪問を受ける」、「そのうちのいくつかは閣僚理事会によって解散される」という。

宗教がからむ団体に対するテロとの戦いといえば、オウム真理教の事件を思い出す。あれが51あるということなのだろうか。

フランス人の忍耐も、限界に達しようとしている。もともと外出禁止令が始まったばかりで、社会の空気は暗かった。このままでは、教師は「何か言ったら殺されるのではないか」と恐れて教育ができなくなり、暴力に支配されてしまう。そして極右が大変な勢いをもち、国が分裂してしまいかねない。民主主義が侮られ、法の支配は衰え、共和国の理念は失われてしまう。

このような危機感を筆者が差し迫って感じたのは、10月18日日曜日の午後に行われたデモの最中のことだった。

パリの共和国広場では、教職員を中心に、多くの人が集まって「教育の自由を」「私は教師(「私はシャルリ」の呼応)」と訴えてデモを行った。パリだけではなく、大きな街から小さな町まで、同じデモが行われた。

しかし、このデモが行われている最中、デモの支持者によるツイッターのハッシュタグと同列で盛んに流れていたのは、もう一つのハッシュタグだった。それは「私は無しで(sansmoi)」というものだ。

つまり「私はデモに参加しません。参加したくありません」という人たちによる投稿だった。

筆者はライブでこのツイッターを見ていて、いかにフランス共和国が危機に瀕しているか気づき、全身が固まる思いで見続けていた。

ツイッターだから個々に様々な意見があるが、大枠でまとめると以下のような意見である。

「あの中には、偽善者が交ざっている。イスラム教の団体の人々だ。彼らは『イスラム教徒に対する差別反対』『私たちの権利を守れ』などと言うが、教師の実名と学校名をネット上にさらして攻撃したのは、奴らだ。暗殺を誘発しておいて、今度は『教育を守れ』というデモに参加するのか? 恥知らずめ! 奴らと一緒にデモに参加するなんて、ごめんだ!」

フランスで「言論の自由を守れ」「人権を守れ」というようなデモが起きるときは、必ず差別に反対するために、政治的・宗教的色彩が異なる様々な団体がデモに参加するものだ。超有名な団体から、知られていない所まである。大半は宗教の色彩は無く、共和国と民主主義の理念を守ろうとする、人権保護団体である。しかし中には、イスラム教団体に深く関係している所もある。

このハッシュタグで批判の対象となっていたのは、主に二つの名前であった。

一つは「パンタン・大モスク」、もう一つは「フランス・イスラム恐怖(嫌悪)に反対する集団(Le CCIF)」という団体だ。

前の記事にも書いたとおり、2015年1月のシャルリ・エブド襲撃事件の時、フランス人は「言論の自由を守れ」「私はシャルリ」と、一人ひとりの市民が通りに出て、大デモを行った。筆者は心底感服した。

もし同じことが日本で起きたら、どうだろう。日本の出版社が、日本と問題を抱える外国のリーダーの風刺画を掲載した。そうしたら、その国出身の日本在住者が、日本人編集者たちを皆殺しにしてしまった、と想像する。

日本人に「言論の自由を守れ」というデモができるだろうか。できないと思う。その国に対する嫌悪と憎悪がわきおこり、その国出身者に対するヘイト行為が噴出するだろう。

でも日本人は世界の並だと思う。フランス人の理性と耐性がすごいのだ。歴史的に耐性があるのだろう。人権も平等も政教分離も、ほとんど内戦のような大議論と戦いによって、勝ち取ってきた。時には暗殺も交ざっていた。実に暴力的だったと思う。でも、日本でも自由民権運動では、政府の弾圧を受けて、激化していったではないか。

「言論の自由を守れ」というデモによって彼らは、母国の理念を守ると同時に、過激派とは縁のない、フランスの法律を守って暮らす一般のイスラム教徒を守ったのだ。

しかし、教師殺害事件によって、その理性と忍耐は限界に来ようとしている。

参考記事:18歳が教師の首を切断するテロ。フランスで何が起きたのか:イスラム教徒との共生社会のために

事件が見せる二つの謎

もともとこの事件には、二つの謎があった。

一つは、実行犯が中学校とまったく関係のなく、遠方に住む人物だったことだ。

実行犯は、チェチェン出身のロシア人で、18歳の男性だ。

でも彼が住んでいる町は、エヴルー市でノルマンディー地方である。

一方で事件の舞台は、パリ郊外のコンフラン=サントノリーヌ市で、イル・ドゥ・フランス地方にある。

両市は直線距離だと100キロくらいだが、県も違うし地方も違う。

どのように両者は接点をもったのか。18歳の若者は、なぜ実行犯になったのか。

もう一つは、中学校と全然関係のない中年男の存在である。

事件には、問題の中学に通う女子生徒の父親が、大きな役割を果たしている。この父親は「ブラヒム・C」と名乗っている。

父親が登場するのはわかるのだが、この父親と一緒に校長に抗議に来た、中学校とまったく関係のない男がいる。この男は13日の動画に登場して、反教師の行動を主張している。彼は何者で、どういう役割を果たしたのか。

この二つの謎と、人々に批判されている団体は、関連しているのだ。

モスクが動画を拡散?

まず「パンタン・大モスク」についてである。

モスクとは、イスラム教徒の礼拝所のこと。キリスト教徒の教会に当たる。パンタンというのは地名で、パリの外の北東部、セーヌ・サンドニ県にある市である。パリからは大変近い。

このモスクが、10月9日、公式フェイスブック上に、父親「ブラヒム・C」の動画メッセージを掲載して流していたというのだ。

モスクの長であるマメド・エニッシュ氏は、ビデオをフェイスブックに掲載したことを認めた。

以下は、『リベラシオン』紙サイトに掲載された、エニッシュ氏の弁明である。

「私の所に、十数人がこのビデオを送ってきました」

「その時点で既にこのビデオは、特にWhatsAppのグループでは、たくさん出回っていました」

「私は別に、風刺画にショックを受けませんでした。発表されようとされまいと、今はどうでもいいことです」

「なぜ共和国の生徒が、クラスの外に出るように言われるのか、理解できません」

『リベラシオン』によると、生徒が「クラスの外に出ろ」と言われたか否かは、父親「ブラヒム・C」の動画内ですら曖昧だったという。

殺された教師は警察の事情聴取で、ショックを与えるかもしれないので、見たくない人は見なくてもいいという配慮をしたのであり、出て行けとは言っていないという。

そしてエニッシュ氏は「モスクが動画を拡散した」という批判に反論した。「イスラム教徒の間では、既に広まっていたんです」。

事件が起きてすぐに、フェイスブックから動画を削除した。さらにエニッシュ氏は教師殺害を非難し、18日のデモに参加を呼びかけた。

以上、一連のことが非難の的になっているのだが、エニッシュ氏は、まさかこんなことになるとは思わなかったと後悔しているという。「ビデオを掲載した時に、まさか暗殺で終わるなんて、誰も想像しなかったと思います」と言っている。

自治体とイスラム穏健派の苦悩

このモスクは、まだ建設中である。新型コロナウイルスのために、工期は遅れている。

同モスクの公式サイトによると、「パンタン・ムスリム連盟は、パンタン市の5つのムスリム協会が協力し、自治体との間に一つの窓口を持つようにという意志により、2013年1月15日に設立された」とのこと。その後さらに1つの団体が加わり、今は6つから成っている。

国の法律にのっとって建設が許可されたモスクで、コモロ人、バングラデシュ人、北アフリカ(マグレブ)人、サハラ以南の人々、トルコ系の人々などが信徒に含まれているという。

『リベラシオン』によると、この土地では数年前まで、若いサラフィストのグループが集まって賑わっている所だったという。「ずいぶん変わりました」とエニッシュ氏は語る。

サラフィストとは、初期イスラム教を模範として回帰するべきであるという思想をもつ人々のことである。政治的には、過激派の温床になるリスクが高いことが問題となっている。若い信者が多いのも特徴だ。

ムスリム連盟の創設はパンタン市の支援を受けたもので、モスク建設の土地も市から提供されたという。

これらのことから、自治体も穏健なイスラム教の協会も、なんとか過激化を防ぎ、国の法律と理念を守る穏健なイスラム教の場をつくる努力していることがうかがえる。

今の段階ではエニッシュ氏が謝罪していることが報道されている。

そして、ダルマナン内相は19日(月)、パンタン・大モスクがあるセーヌ・サンドニ県の県知事に、このモスクを閉鎖するように要請したという。県知事は、同日の夜には禁止にサインをしなければならない。(注:フランスの県知事は、選挙で選ばれるのではなく、国から派遣される)。

殺人に対する、男と「人権」団体の関与

しかし、もっと複雑なのは、もう一つの「フランス・イスラム恐怖(嫌悪)に反対する集団」という、人権のために働いているように見える団体のほうなのだ。

父親と一緒に中学の校長に会いに行き、動画に出演して訴えていた男、その男は、アブデルハキム・セフリウイという名の、モロッコ系フランス人だ。

ダルマナン内相は、父親は動画で「ファトワ」を発したとみなしている。ファトワとは、イスラム法の専門家がイスラム法に基づいて出す法的な裁断や意見である。

つまり、父親はイスラム法に基づくファトワによって、名指しで「この教師を許すな」という動画メッセージを送ったという意味だろう。

19日のFrance2TV放送によると、実行犯の18歳の若者は、この父親に電話でコンタクトを取ったことが確認されている。

そして内相は、「フランス・イスラム恐怖(嫌悪)に反対する集団」が、「明らかに教師暗殺に関与していた。ファトワを発した父親が(ビデオの中で)非常に明確に言及している。この団体は国家の援助を受け、税金の控除を受け、国家のイスラム恐怖・嫌悪を糾弾している(...)共和国の敵だと思わせる要素がある」と述べた

マクロン大統領は、18日(日)の夜に開かれた国家防衛理事会で、「横行するイスラム主義」に対して行動を加速することを宣言したという。ダルマナン内相は「共和国の敵に、1分の猶予も与えてはならない」と述べた。敵は民主主義の法治国家よりも、イスラム法のほうが優先するのだという。

敵に1分の猶予も与えられないのは、自分の側にも1分の余裕もないのだと思う。

これから両者の間に「戦争」が始まるのだろうか。強い妥協なき国家の姿勢が、最終的に勝利を収めるのだろうか。

続く

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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