映画「エス」は、太田真博監督が自身の犯した罪と向き合った1作だ。

　2011年、当時、気鋭のディレクターとして注目を浴びていた彼は、不正アクセス禁止違反容疑などで逮捕され、30日余りを留置場で過ごした。

　本作は、逮捕後、自身の身に起こったことを基にしている。

　登場するのは太田自身といっていい新進気鋭の若手監督「S」こと染田。

　逮捕により多くの大切なものを失ってしまった彼がいろいろな現実問題に直面していく。

　作品は、その罪を犯した染田の心情を、本人ではなく彼に関わる人間たちから浮かび上がらせる。同時に、よく知る人物の「逮捕」が、関係する人間たちの心に及ぼす影響までを描き出す。

　そこからは、一度の過ちが命取りになりかねない厳しい現実が見えてくる。

　そして、不寛容で排他的な現在の日本という社会の側面も浮き彫りにする。

　「自身が犯してしまった犯罪をテーマに自らの手で映画を作る」。

　この行為については、おそらく同意できないという意見もあるに違いない。

　「開き直っているのではないか」「反省をしているのか」といった厳しい声が多く届いてもおかしくはないだろう。

　それでも太田監督は、普通ならばキャリアから消し去りたい過去と向き合った。

　しかも、本作は、2016年に発表した「園田という種目」を監督本人曰く「アップデート」した作品。

　つまり再び過去の罪と向き合ったことになる。

　様々な意見が出るであろう本作について、太田監督に訊く。全八回。

逮捕後、一番戸惑ったのは人との向き合い方でした

　前回（第一回はこちら）、自身が逮捕された経緯について包み隠さず語ってくれた太田監督。

　では、逮捕後、社会に出てからのしばらくの間というのはどう振り返るだろうか？

　というのも「園田という種目」も、「エス」もいずれも、その期間に焦点を当てている。

「そうですね。逮捕されて留置所にいた間というのは、なかなか想像がつかないと思いますけど……。

　やはり厳しく苦しかったです。

　自分が犯してしまった罪についても考えましたし、今後、自分がどういうふうにすれば償うことができるのかも考えました。

　じゃあ、すぐに更生したかというとそんなことはないわけで……。

　反省をしていないわけではない。でも、ほんとうに反省しているかというと自分でその判断はできない。そう言い切れない自分もいる。

　ならば、やっぱり到底、心を入れ替えたとは自分でも思えない。

　その一方で、社会からの見方は、たとえば罪を犯した映画監督といったようになるんでしょうけど、自分の中では、自分は自分でしかなくて。

　相変わらず、以前の自分となにもかわっていないように見える自分がいる。

　そんな宙ぶらりんで、気持ちの整理がつかない日々がしばらく続いていた気がします。

　で、そのころ、何に一番戸惑ったかというと人との向き合い方なんです。

　これはほんとうにありがたいことなんですけど、罪を犯したにもかかわらず、逮捕された直後から、僕のことに手を差し延べてくれる人がたくさんいた。

　社会に復帰したら、僕のことを励まそうとしてくれる人や一度会おうといってくれる人が多くいた。

　自分はほんとうに人に恵まれていると思っていまでも感謝しています。

　で、友人、知人を中心に会うことになったんですけど、僕はうまく話すことができなかったんですよね。

　厳密に言うと、誰ひとりともいままでと同じように話すことができなかった。

　たとえば、僕は自分ではあまりそうとは思わないんですけど……。明るい性格だと思われているところがあって、変にかしこまって悩んだような姿をみせても相手の方に気を使わせてしまうのかなと思うわけです。ならば、明るく振舞おうとなる。

　で、実際に会って、明るく振舞う。すると言われるんです。『あんなこと起こしておいて、お前ほんとうに反省しているのか』と。相手を怒らせてしまう

　で、今度はあまり笑ったりバカなことを言ってはいけないんだと考える。

　で、次に、別の人と会ったときは、今度は神妙な面持ちでいる。すると今度は『以前となんか違う。切り替えて前に進んだら』といった反応をされる。

　僕としてはもうパニックで。どうしたらいいかわからない。

　いつからか、人を会うときは、ほとんど舞台に自ら立つような気分で。

　朝から今日はこんな感じでいこうと決めていくけど、うまく話せないし、うまく笑えない。

　またダメだったとなって、『これは練習が足りないんだ』と思って、今度は会う日の４日前ぐらいから準備をする。

　でも、うまくいかない。

　どうすれば相手と自然に話すことができるのかわからない。自然な笑みを浮かべられるのかわからない。そもそも自分はもう笑っていい人間なのか、笑っちゃいけない人間なのかもわからない。

　で、直接言葉で言ってくる人は少なかったですけど、いずれにしてもみんながっかりしていることがわかる。

　もう正解がなんなのかわからない。

　せっかく会ってくれたのに、自分はまたその相手を傷つけたり、不快にさせてしまった……人に会うたびに落ち込む。

　しばらく、その繰り返しだったんです。

　そのとき、うまく話せなかった、うまく笑えなかった自分への後悔、ふがいない姿をみせてしまった、せっかく会ってくれた人たちへの申し訳なさ、そして、自分はどうすればよかったのか、こういったことが、逮捕後のことを描いてみようという意識へつながっていった気がします」

（※第三回に続く）

【「エス」太田真博監督インタビュー第一回はこちら】

「エス」

監督：太田真博

出演：松下倖子、青野竜平、後藤龍馬、、安部康二郎、向有美、はしもとめい、

大網亜矢乃、辻川幸代、坂口辰平、淡路優花、河相我聞

公式サイト　https://s-eiga.com

アップリンク吉祥寺にて公開中。以後、全国順次公開

筆者撮影以外の写真はすべて（C）上原商店