GP開幕、男子は“新たな自分”を求め「カメレオン」「まさかのコンテンポラリー」、宇野の新境地とは
23−24シーズン前半の“世界一”を決定するGPシリーズが、スケートアメリカ(10月20−22日)を皮切りに開幕する。五輪を2季後に控える今季は、試行錯誤のシーズン。“新たな自分”をテーマに、これまでにない個性や技術を模索する姿が目立つ。各選手の新たな取り組みを追った。
宇野「自己満足のために、表現力を頑張っていきたい」
世界選手権を連覇した宇野昌磨は、心機一転のシーズンを迎える。ここ2年の好成績を振り返り、こう宣言した。
「ジャンプを頑張ることが、競技の順位、点数を求めるにあたって一番必要なことなのでこの2年間ジャンプを頑張りました。でもここからは自己満足のために、自分の表現力を頑張っていきたいです」
その理由は、高橋大輔の存在にあるという。
「小さい頃から高橋大輔選手に憧れて、そんな選手になりたいって思っていました。いつしか、競技をやる以上、結果が出なくなった時期に『やっぱり結果を出してトップで戦いたい』という気持ちが芽生えて、ジャンプを頑張るようになった。今、成績が出るようになったことは嬉しく思います。でも、僕が楽しい、面白いと思ってきた高橋選手のようなスケートを、今の僕が体現できているかというと、そうでもない」
成績を出すためには、ジャンプが大きな得点源。しかし心の奥に押し込めてきた思いが、世界選手権を連覇したことで爆発したのだ。
さらに大きな転機となったのが、このオフに出演したアイスショーだ。「THE ICE」では憧れの高橋と共演し、こう話した。
「今でも一番理想とするフィギュアスケーター。アイスダンスへの転向もすごく難しいことだと思いますが、それを成し遂げた、尊敬する大先輩。見て学ぶことがたくさんありました」
さらに「ワンピース・オン・アイス」も衝撃だった。
「新しい発見ばかりでした。喜怒哀楽がある役で、表情をどうやったらお客さん1人1人に伝わるのかも初めて学びました。演出家や振付師、キャストの皆さんからアドバイスをいただきながら、全員で1つのものを作り上げた達成感、全力でやりきったという貴重な経験になりました」
夏場はアイスショーに全力投球。11月の中国杯が今季初戦となる。
「ショートはステファンの振り付けで、例年にくらべると僕が演技しやすいものになっていて、クオリティの高いものをお見せ出来ると思います。またフリーは宮本賢二先生での振り付けです。前半ですべてのエネルギーを使い切るつもりで日々練習しているので、ワンシーズンとおして自分が感動するようなフリーに仕上げて行きたいです」
もちろん本人は満足していないと言及していても、スケーティング力、表現力とも世界屈指。さらに芸術の深淵を探求してく宇野の演技に注目したい。
三浦「この僕がコンテンポラリーだなんて、誰も想像できない!」
世界王者に挑む日本男子にも、勢いがある。
昨季の世界ジュニア・四大陸選手権王者の三浦佳生(18)は、まさに伸び盛り。今季のショートを、坂本花織らの振り付けで知られるブノワ・リショーに依頼した。
「曲選びのときに『This place was a shelter』の曲を聞かせてくれて、『この曲だとコンテンポラリーのような動きになるよ』と言われました。この僕がまさかコンテンポラリーだなんて、誰も想像できないでしょう(笑)。自分がレベルアップするに必要な取り組みだと感じたので、『この曲でやります』と。色々な方向にクネクネ動くので本当に大変ですが、頑張ります」
三浦は、パワフルさが魅力のスケーター。細やかな振り付けや、オフバランスの動きは、初めての挑戦となる。
一方、フリーは自分の好きなアニメ「進撃の巨人」の曲をチョイス。こちらは、いつもの三浦らしい、ポジティブさと勢いの良さをぶつけるプログラムだ。
「場面ごとに自分の感情を乗せて滑ることが好きなので、登場人物になった気持ちで演じます。3曲目の調査兵団のライナーが一番自分に近いかなと思うので、疾走感を意識して格好良く滑り抜きます」
またジャンプも好調で、フィンランディア杯(10月6-9日)のフリーでは、「4回転を3種類4本」のプログラムに挑戦。4回転ループは両足着氷となったものの、シーズン序盤の仕上がりとしては好調。GPシリーズへの準備は万端だ。
佐藤は4回転5種類を練習、「試合によって調子よいものを入れる」
ジャンプ能力に秀でている佐藤駿は、オフシーズンは、あえて基礎スケーティングを徹底した。5月にはアイスダンスのメッカであるモントリオールで合宿。北京五輪金メダリストのギヨーム・シゼロンに振り付けを依頼するとともに、基礎スケーティングの指導を受けた。
「最初は振り付けではなく、まずスケーティングの練習と言われました。滑った途端に『No』と言われて、手取り足取り、スケーティングでの体の動き方を注意されました。もっとアップダウンを使うようにと言われたのが印象的です。何時間もかけて頭がパンパンになるまで教わってきたことを、帰国してから繰り返しやっています。今はスケーティングの楽しさに気づくことが出来てきました」
もちろんジャンプも進化している。今季は5種類の4回転を並行して練習しており、調子が良いものを試合で入れるという。フィンランディア杯では、ショートで4回転フリップに挑戦。フリーでは4回転ルッツと4回転トウループを成功させた。高得点のジャンプを持つスケーターとして、躍進が期待される。
復帰の鍵山は、コストナーの指導で至宝のステップシークエンス
また怪我からの復帰となる鍵山優真(20)にとっては、自分との戦いのシーズン。7月の強化合宿では、「久しぶりに皆と集まることが出来てモチベーションが上がっています。気持ちが高まっているので、新しく練習している4回転フリップも手応えを感じています」と笑顔を見せていた。
昨季はGPシリーズを欠場し、全日本選手権には出場したものの8位。オフは、春先にイタリアで合宿を行い、そこで振付師ローリー・ニコルと共に指導を担当したカロリーナ・コストナーとの出会いが、転機になった。イタリアの至宝とも言えるスケーターであるコストナーに、正式なコーチ就任を依頼したのだ。
「ジャンプやスピンの技術面は父から教わってきましたが、スケーティングや表現について、コストナー先生にたくさん教えていただいています。特にスケーティングの1歩の伸びを指導していただいています」
その指導の成果は、早くもロンバルディア杯(9月8-10日)で現れた。演技構成点は9.10-9.20と高評価を獲得。またステップシークエンスはレベル4に加えて、ジャッジ7人中5人が最高の「+5」をマークした。
「フリーのプログラムは、途切れるところがなく、流れるような振り付けなので、そこを意識しています。ジャンプも振り付けの一部かのように表現しています」
もともとエッジワークやスケーティングに定評があった鍵山だが、今季はさらに秀逸な滑りへと進化しそうだ。
山本は「カメレオン」を演じ、「新しい色を見せたい」
また昨季のGPファイナルメダリストの、山本草太(23)にとっても新たな個性を磨くシーズンになりそうだ。今季の抱負を『New草太』と宣言。デイビッド・ウィルソンにショートの振り付けを初めて依頼し、そのデイビッドから言われた一言だという。
「今まで僕は、スケーティングを前面に出した表現をすることが多かったのですが、デイビッドは、今までにない曲調の『カメレオン』という曲を選んでくれました。色々な音を捉えて、変化のある振り付けなので、新しい色、新しい草太を見せたいです」
デイビッドとの出会いは、今年のファンタジーオンアイスだった。
「ショーのオープニングとフィナーレの振り付けを担当されていたことで、デイビッドと初めてお会いできて、その時に僕のエキシビションナンバー『Teeth』をすごく褒めてくださったんです。羽生結弦さんのロミジュリなど代表作を作ってきた先生ですし、振り付けしていただきたいと思い、お願いしました。デイビッドからは『カメレオンになって、今までにない色を見せて』と言われています。かなり挑戦的ですが、自分の成長を楽しめるようなプログラムです」
髪をかき上げるシーンや、モダンな手足の使い方など、様々なアイデアが詰め込まれたナンバー。シーズンを通して滑り込んでいくことで、魅力が増していきそうだ。
ジャンプも好調で、中部ブロック(9月22-24日)では、ショートで4回転2本を含むパーフェクト、フリーでも4回転3本を降り、総合273.14点で優勝した。
「昨季はGPファイナルにも出場させていただき、シーズン前半は良かったのですが、後半悔しい思いをしました。まずはGPの表彰台を狙い、リベンジしていきたいです」
友野「成長するプログラム」、島田は「見ている人になにかを伝えたい」
昨季の世界選手権6位の友野一希(25)は、「自分が今まで苦手と思ってきた部分が出るプログラムにする」と決意。新たな表現の幅を広げるためのシーズン、と位置づける。
「僕は、派手でパワフルなイメージがあったと思います。自分の得意とするものとは違う部分を磨いて、もっと隙のない完成されたスケーターを目指したい」
ショートはジェフリー・バトル振り付けの『Underground』。無駄な力を抜き、氷と一体化していくようなスケーティングが見どころだ。
フリーはミーシャ・ジー振り付けの『Halston』。抑揚のない静かなメロディで、滑りそのものの技術が必要な曲である。
「このプログラムを通して自分が成長したいから、思い切り難しくしてくれ、と頼んだプログラムです。演技が終わったときに、シンと静まり返る、というのが自分の1つの夢です」
ネーベルホルン杯(9月14-17日)では、フリーで4回転トウループ2本を降り、総合265.78点で2位。ジャパンオープン(10月7日)でも4回転3本の構成を、ミスを最小限にとどめて、177.72点をマーク。手応えをつかんでいる。
「今日は落ち着いて演技できましたが、まだまだ納得していません。1つ1つのポジションや、身体の使い方、力の抜け具合などを改善していきたいです」
また島田高志郎は、芸術性の高い演技で、存在をアピールする。今季のフリーは、ステファン・ランビエルコーチの振り付けによる「死の舞踏」。
「ダークなイメージで、プログラムの随所に、人形が操られてピアノを弾いている、というような振り付けが散りばめられています。不気味でゾクッとするような世界観を作るのが目標です。このフリーの演技自体が大きな挑戦になります」
長い手足を活かし、まさに操られる人形のような奇妙な動きで観客を楽しませてくれる。特にコレオシークエンスは必見だ。
「スケート人生のテーマは『スケートを楽しむこと』。指標として順位や点数はありますが、やはり見ている人になにかを伝えることが、大切なこと。そのために、たくさんの試合の機会をいただけるように頑張る、というのが今季の目標です」
■海外勢は、4回転アクセル成功者のマリニン、4回転ルッツのシャオイムファらが台頭
一方、海外勢も個性派が揃う。世界選手権2位のチャ・ジュンファン(韓国)はスケーティングのダイナミックさが魅力。リンクを大きく滑り抜けるイナバウアーは、彼の代名詞だ。
また世界選手権3位のイリア・マリニン(米国)は、高難度のジャンプが武器。ジャパンオープンでは、日本ファンの前で4回転アクセルを成功させた。初戦のスケートアメリカでは、演技の完成度を目指すために、4回転アクセルは封印するという。今季は滑りがていねいになり、スケーターとしての成長に注力している様子だ。
アダム・シャオイムファ(フランス)は、スケーティング、演技力、ジャンプ力などすべての面で能力が高い。ネーベルホルン杯では、4回転ルッツを降り、279.57点で優勝。全身を使ったコンテンポラリー系の演技に魅力がある。
昨季は世界選手権4位のケビン・エイモズ(フランス)も健在。個性派の筆頭である彼は、今季のジャパンオープンで、独創的でスピード感のある演技で魅了した。
男子は、4回転も、スケーティングも、個性も、すべての面で高いクオリティが求められる時代。今季もハイレベルな戦いがスタートする。