Yahoo!ニュース

アフガニスタン:「イスラーム国 ホラサーン州」が欧米諸国の観光客を殺傷

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2024年5月19日、「イスラーム国 ホラサーン州」名義で2日前(5月17日)に発生したアフガニスタンのバーミヤン市での外国人観光客殺傷事件を自派の作戦であると発表する声明が出回った。ほぼ同時に、「イスラーム国」の自称通信社の「アアマーク」も事件の概要についての「記事」を配信した。声明によると、「背教ラーフィダ(注:シーア派の蔑称)に同伴されて観光旅行中の十字軍諸国のキリスト教徒をマシンガンで襲撃し、キリスト教徒7人とラーフィダ5人を殺傷した」とのことだ。また、「アアマーク」の「記事」によると、「バーミヤン市を観光中のバス」を襲撃し、殺傷したキリスト教徒の国籍は「スペイン、ノルウェー、オーストラリア、ラトビア」が含まれる、「アアマーク」に証言した「治安筋」は、「今般の攻撃は、何処にいようとも(十字軍)同盟諸国の国民を攻撃せよとの「イスラーム国」の幹部たちからの指示に応えてのことだ」と述べた。ストーリーの上では、去る3月末に「イスラーム国」の公式報道官が「十字軍やユダヤ」への攻撃を扇動した演説を発表してから初めての欧米人への攻撃であるとともに、みんな大好き(?)「イスラーム国 ホラサーン州」が「ついに」欧米人への攻撃の火ぶたを切った、といった感じだ。

 「何処にいようとも(十字軍)同盟諸国の国民を攻撃せよ」との「指示」なるものは、「イスラーム国」がヨーロッパ諸国での襲撃や通り魔事件に盛んに「犯行声明」を発表した2016年頃に盛んに引用されたもので、ずいぶん久しぶりに見かける印象だ。また、今般の事件で死傷した人々の国籍は、どれもやはり2015年~17年頃の「イスラーム国」の広報活動で「十字軍同盟」として挙げられた諸国に含まれている。ちなみに、これらの諸国と並んで本邦も「十字軍同盟」の立派な一員とみなされている。また、「犯行声明」でも「アアマーク」の「記事」でも、攻撃対象の属性としてキリスト教徒、シーア派を強調しているので、「イスラーム国」が何かを攻撃する理由は「相手が異教徒だから」以外に説明する必要はなく、分析するのは攻撃の時宜や考えられうる反響や影響といったところだろうか。

「イスラーム国」の活動そのものは、相変わらず低迷しており、2024年の「活躍」ぶりは、最低水準の活動だった2023年に比べると「多少マシ」程度だ。しかも「マシ」になったのはアフリカの辺地での活動が盛んになったからで、アフガニスタンや中東諸国での低迷っぷりはたいして変わっていなかった。そんな中で「イスラーム国 ホラサーン州」が欧米人観光客を襲撃した時宜や狙いには、(1)最近の報道露出や「脅威の喧伝」に気を良くして報道露出を上げる作戦に出た、(2)場所がアフガニスタンである限り、欧米人を攻撃しても大した反撃を受けないと思っている、(3)「イスラーム国 ホラサーン州」が気軽に襲撃できる程度に欧米諸国からの観光客がアフガンを訪れている、などを考えておこう。また、「イスラーム国」、特に「イスラーム国 ホラサーン州」は、アフガニスタンでの競合者であるターリバーンへの誹謗・中傷に熱心だが、欧米人の殺傷という世界中の報道機関が言及するに違いない事件を引き起こすことは、2021年夏の政権奪還以来「安全の確立」を最大の実績として誇っていたターリバーンを貶めるには何よりの戦術だ。しかも、世界的にも著名なバーミヤンで観光客を襲撃すれば、アフガニスタンを訪れようとする観光客や事業目的の訪問者の意欲をそぎ、アフガニスタンの経済に打撃を与えることも期待できる。経済への打撃は、「統治者」としてのターリバーンへの打撃に他ならない。

 現時点で「イスラーム国」が欧米人の襲撃という報道露出が期待できる作戦に乗り出したのは、ウクライナ戦争、パレスチナとその周辺国での紛争、アメリカの大統領選挙など、世間の関心から「イスラーム国」が「おいていかれる」状況を挽回するための動きのようにも見える。「イスラーム国」が世間の注目を集めるための攻撃対象、しかも襲撃しても敵方からたいして反撃を受けそうもない攻撃対象の優先度を上げていることには、事件にどう反応するのかも含めて厳重な警戒が必要だ。もっとも、アフガニスタンにおいては、本来はターリバーンと領域の支配を競ったり、(既存の諸国との交渉や連携も平然と行う)ターリバーンへの不満層を離反させたりするのではなく、潜伏型の作戦へと移っているという意味で「イスラーム国 ホラサーン州」って本当にすごいの?という疑問は払拭できない。しかも、アフガニスタンでの(外国人相手の)観光業や事業を邪魔する活動は、地元の一般人の生活水準を低下させるものでしかないので、そのような活動をする者(ここでは「イスラーム国 ホラサーン州」)から人心が離反するのは必定な行為でもある。この点からも、ムスリム(イスラーム教徒)であろうがなかろうが、一般人から好かれる可能性もなければ今更好かれるために何かしようとも思っていなさそうな「イスラーム国」のありかたがよくわかるともいえる。

 イスラーム過激派の観察や彼らへの対策に関与する専門家、当局、報道機関などは、イスラーム過激派が再び流行することを防止するための仕事をすることが何よりも求められる。これについて、最近はイスラーム過激派のテロ行為にまるで援護射撃をするような報道や解説、脅威の喧伝がみられるようになってきている。今般の事件は、大局的に見れば多くの読者・視聴者にとって「経験済み」のことなので、事件への反応や論評がイスラーム過激派支援にならないよう、過去の事件や声明・動画類をしっかり復習し、襲撃への対応や襲撃そのものの予防のための予習をすることが肝要だろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事