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国庫から中曽根元首相の葬儀費9600万円を支出は妥当? 金額にはやむを得ない面も

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
大勲位!(写真:ロイター/アフロ)

 10月に営まれる中曽根康弘元首相の葬儀費用の半額にあたる約9600万円を国庫から支出すると閣議決定されたニュースが話題となっています。主に「そんなにお金をかける(かかる)のか」との驚きが出発点の様子。

 そこで元首相の葬儀で国庫より使われた過去の例や理由、いかなるルールで導き出された結論なのかなどを見通した上で中曽根氏のケースが際立っているのかどうかなどを検証してみます。

「公葬」に法的根拠はない

 内閣(政府トップ)や衆参両議院が関わる「公葬」をどのように執行するかという明確な決まりは存在しません(天皇を除く)。故人および親族の遺志や決定時の首相による判断で大きく左右されます。

 戦前には「国葬令」という法律があって全額国費でまかなわれていました。なおこの「令」とは勅令(=主権者たる天皇の命令)で当時は法律と同様の価値があったのです。

 戦後、国民主権に変わって国葬令も廃止されました。代わりの法も制定されていないので「決まりは存在しない」となるのです。

 さて中曽根氏の場合、「内閣・自由民主党合同葬」です。内閣と自民党が半々に費用負担する形式で菅義偉内閣が閣議決定(=内閣の決定)しました。予備費から支出されます。

 自民党は内規で総裁経験者らを対象とする党葬を定めています。

 予備費は国会で承認された予算の1つで「予見し難い予算の不足に充てるため」(憲法87条)設けられており内閣の責任で支出できます(同)。毎年計上されていて別に珍しくありません。死去という事柄の性質上「予見し難い」のは確かで、補正予算を組むほどの金額でもないから予備費使用は順当です。

 もっとも中曽根氏の死去は昨年11月、翌月には合同葬を今年3月15日に東京・高輪のグランドプリンスホテル新高輪の国際館パミールで営むと決まっていたところ、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で今年2月、延期が決まっています。予定通りならば安倍晋三前内閣下で昨年度予算の予備費から計上されていたはず。年末年始と通常国会開催をはさみ財政法上の手続きをしている最中で延期もあり得るとの見通しが浮上して費用まで決まらなかったのでしょう。

「内閣・自由民主党合同葬」とは

 では約半額を国庫から支出する「内閣・自由民主党合同葬」の妥当性を考察してみます。

 自民党が結成された1955年以来の歴代首相(同党出身)のうち鳩山一郎(初代)、石橋湛山(2代)池田勇人(4代)の各氏は自民党葬のみ。佐藤栄作氏(5代)は内閣と自民党に加えて氏の功績であった沖縄返還などの関係者ら「国民有志」が共催する「国民葬」が実現しました(75年)。

 それに先立つ67年には終戦直後から自民党結成直前まで日本を率いた吉田茂氏の「国葬」がなされています。前述のように国葬令は廃止されていたので名は同じでも閣議決定による「内閣葬」です。全額国費で実行されました。

 吉田氏はもちろん、佐藤氏も戦後政治に大きな足跡を残したのは反対者も含め認めるところで大きな反発は起きていません。

 80年、史上初の衆参同日選挙で陣頭指揮を採っていた大平正芳首相が急死。同情票もあいまって戦前の予想を覆す大勝を自民党にもたらしました。死去までの自民は事実上の分裂状態。それが急に「弔い合戦」の旗の下でまとまってまさかの勝利をもたらしてくれたので文字通り命をかけた結果です。戦後初の現職首相の死でもあったため国葬レベルも検討されたものの「内閣・自由民主党合同葬」に落ち着きます。これが今日までの先例となりました。

 以後、「内閣・自由民主党合同葬」で送られた首相経験者は亡くなられた順に以下の通り。

岸信介(3代)

福田赳夫

小渕恵三

鈴木善幸

橋本龍太郎

宮澤喜一

 異なる葬儀のパターンは

三木武夫……内閣・衆議院合同葬

田中角栄……自民党・遺族合同葬

宇野宗佑……自民党葬

竹下登……自民党・遺族合同葬

 の各氏がいます。三木氏は行政府トップの首相経験より「議会の子」を自任しており在職50年以上を対象とする「衆議院葬」こそ本望であろうと遺族が希望したため。

 田中氏はロッキード事件で刑事被告人のまま逝ったため政府が関与しませんでした。竹下氏は生前に「故郷で簡素な葬儀に」との意向を残していたのが尊重されました。正確には島根県掛合町・自民党島根県連・竹下家の合同葬です。

 宇野氏の場合、時の政権は明言していませんでしたが在職が短い上にスキャンダルに見舞われて能力を疑われていたのが影響したのでしょう。

首相在職日数と勲等も関係するか

 このように大平氏以降、政府葬にするかどうかは本人や遺族の意思や在職日数や業績などを時の政権が勘案して特に問題なければ「内閣・自由民主党合同葬」が基本です。場所も鈴木善幸氏を除いて日本武道館。

 中曽根氏は首相在職日数1808日と「内閣・自由民主党合同葬」で送られた全員より長く戦後の首相としては上に佐藤氏(国民葬)と吉田氏(国葬)しかいません(存命中の小泉純一郎、安倍晋三両氏を除く)。評価はさまざまで本人も「歴史法廷の被告として」裁かれるのみと達観していましたが、他の合同葬の方々より劣るとはいえますまい。

 勲章の位は関係ないというのが内閣府の見解ながら最高位の勲等である大勲位を生前に受章した首相はやはり他に吉田、佐藤の両氏しかいません。連続性はないとはいえ戦前の国葬令で国葬された首相経験者は皆生前に大勲位をいただいています。

 したがって「そんな先例自体がおかしい」と考える者(もちろん構わない)以外の常識だと中曽根氏の「内閣・自由民主党合同葬」は順当というより、むしろ控え目ですらあるのです。

歴代比較すると意外と妥当な金額

 そこで約9600万円という国庫負担の額の是非について。合同葬へ一般会計予備費がどれだけ使用されたかを記す「総調書」などによる金額(若干の異なりはご容赦を)と在職日数、当選回数、閣議決定した時の首相を並べてみると

小渕恵三7555万円(616日。在職中死去)当選12回 森喜朗首相

鈴木善幸 5449万円(864日)当選16回 小泉純一郎首相

橋本龍太郎 7702万円(932日)当選14回 小泉純一郎首相

宮澤喜一 7696万円(644日)参院1回 衆院12回 安倍晋三首相

中曽根康弘 約9600万円(1806日)当選20回 菅義偉首相

 こうして比べると中曽根氏の在職日数と衆院当選回数は抜きん出ています。予備費の支出額もそれを踏まえると他の方より驚くほど多いわけでもなさそう。小泉首相の時の金額が若干小さいのは彼の人柄かも。

 中曽根氏の金額が2000万円ほど多い理由の1つとして武道館でなく民間のホテルを使用するからというのもあります。ただこれとて武道館が今年行われる予定だった東京五輪に向けた改修中であったからで。ホテルの賃料が約5500万円(推定)に対し武道館の1日貸し切りだと300万円から500万円(同)です。その差約5000万円を折半して2500万円。荒い計算で恐縮ですがこれだけで「中曽根分」は埋まってしまいます。

 後は式壇などの設営や式典に欠かせない音楽・映像および照明などの装置の準備、警備代などで約1億3500万円。2で割ると6800万円程度。さほどおかしな数字ではないのです。

会場変更や減額はできなかったのか

 ではまるで問題ないかというといくつかの課題が挙げられましょう。1つは「コロナ禍のこの時期に豪華な葬儀をやるのか」という疑問。あながち感情論ともいえません。

 3月挙行予定では内外から約4000人の出席者を見込んでいました。いかな「国際館パミール」全館貸し切りでもパンパンです。

 10月の合同葬では感染対策に万全を期すそうで人数も1500人とか数百人といったあたりまで絞り込む予定。通常の葬儀とは異なって案内状を持つ者のみが出席できる仕組みです。社会的距離も十分取るようですから一転してガランとした光景になりそう。

 内外の要人を集めるわけにもいきますまい。いくら対策しても感染しないと断言できないのが新型コロナウイルスの怖いところ。そこに各国の首脳や元首クラス、国内の枢要な人物を集合させるなど狂気の沙汰でたぶん無理。

 となると1つの疑問が浮かびます。延期の決定は今年2月でした。その後の経緯から政府は容易に葬儀を大幅縮小せざるを得ないとわかっていたはず。だとしたら昨年12月に決まっていた会場をも変更できたのではないか。ホテルとの契約内容はわかりませんけど事情が事情だけに「聞く耳持たん」でもないでしょう。

 しかも都内のホテルや大規模会場はどこもガラガラで激安値段で宿泊できる状況だし、改修が済んだ武道館のスケジュールもビッシリにはほど遠い状態。なのに「粛々と」当初の予定通り進めて「批判はあたらない」ものでしょうか。

 たぶんに国民感情もありましょう。前述のように中曽根氏の業績や他氏との金額比較をしてみれば妥当な線なのですが「こんな時に死人(失礼!)のために公費1億円支出かよ」と。感情的な理屈と一蹴できるものか。

予備費の構造的課題と政党交付金

 「予備費」がトレンドワードになっているのも批判の理由やもしれません。先に書いた通り、その存在も葬儀への支出も先例が多々あるとはいえ、たった今「予備費」といったら通常国会で可決成立した今年度第2次補正予算で計上した「10兆円」を思い出すのでは。感染症対策のために医療体制を整えたり、事業継続や雇用維持のために使われるはずのカネが葬儀代かよと。実際には当初予算段階で約5000億円積んであるのですが。

 予備費の構造的課題が図らずも露呈したともいえましょう。憲法は内閣の予備費支出を「事後に国会の承諾を得なければならない」(87条2項)とするも「承諾」されなかったからといって(過去に例がある)違憲でも違法でもありません。補正予算案審議で「10兆円は大きすぎる。政府が勝手な使い方をしないか」という批判が出ました。文字通り「10兆円は大きすぎ」てピンと来なかったところ「葬儀代1億円」とイメージできる金額がポンと提示されてハッとしたという部分もありそうです。

 「全額自民党が持て」という意見もみられます。でも自民党本部の収入の7割弱にあたる172億6136万円は政党交付金(=税金)。計算を単純にしてみます。中曽根氏葬儀は計2億円で自民と政府が折半すると1億ずつ。公費の割合は政府1億円と自民党の政党交付金分約7000万円で計1億7000万円。これを自民党葬に置き換えたら2億円×0.7=1億4000万円。大して変わりません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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