『ラストマイル』原作なし邦画実写で異例の大ヒット 背景に野木亜紀子氏の脚本力
異例の大ヒットになっている『ラストマイル』。公開から3週目までで週末映画動員ランキング3週連続1位(興行通信社)となり、すでに興収30億円を突破している。
漫画や小説原作ではなく、テレビドラマの映画化でもなければ、ゴジラやウルトラマンなど人気IPのシリーズ作品でもない。原作なしの完全なオリジナル脚本の邦画実写で30億円を超えた作品は、興行収入発表となった2000年以降で見ると以下の通り。
<興収30億円を超えたオリジナル脚本の主な邦画実写(2000年以降)>
■2024年
塚原あゆ子監督・野木亜紀子脚本『ラストマイル』(30億円〜)
■2021年
福田雄一監督・脚本『新解釈・三國志』(40.3億円)
土井裕泰監督・坂元裕二脚本『花束みたいな恋をした 』(38.1億円)
■2020年
三谷幸喜監督・脚本『記憶にございません!』(36.4億円)
■2018年
上田慎一郎監督・脚本『カメラを止めるな!』(31.2億円)
是枝裕和監督・脚本『万引き家族 』(45.5億円)
■2013年
是枝裕和監督・脚本『そして父になる 』(32億円)
■2011年
三谷幸喜監督・脚本『ステキな金縛り』(42.8億円)
■2009年
西谷弘監督『アマルフィ 女神の報酬』(36.5億円)
■2008年
三谷幸喜監督・脚本『ザ・マジックアワー』(39.2億円)
■2006年
三谷幸喜監督・脚本『THE 有頂天ホテル』(60.8億円)
それなりに作品数はあるように見えるが、25年間でわずか11本となり、この2年ほどは生まれていなかった。また、ヒットメーカーと呼ばれる限られたクリエイター頼みになっている状況が浮き彫りになる。
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『ラストマイル』は、そんななか生まれたスマッシュヒット。コロナ禍以降の邦画実写ヒット規模のシュリンクが続くなか、作品さえおもしろければ、人気原作の映画化ではなくても30億円を超える大ヒットが生まれることを示した。東宝による大規模公開作品ではあるが、小規模予算のインディペンデント系映画をはじめとする関係者にとっても、明るい話題になっている。
ヒット増幅装置として機能したシェアード・ユニバース
そんな本作の最大のヒット要因は、脚本家・野木亜紀子氏のストーリーテリングに尽きるだろう。
本作の特徴として、人気ドラマ『アンナチュラル』と『MIU404』の世界とリンクするシェアード・ユニバースがある。『ラストマイル』には、法医解剖医・三澄ミコト(石原さとみ)やUDIラボの面々のほか、警視庁機動捜査隊の刑事・伊吹藍(綾野剛)、志摩一未(星野源)らが登場する。
ただそれは、映画への入口を広げる装置のひとつとして機能してはいるが、数あるヒット要素の一部にすぎない。
たしかに『アンナチュラル』と『MIU404』のファンは、映画に期待するだろう。それぞれのドラマのキャラクターが同じスクリーンのなかで活躍するのを楽しみに映画館に足を運ぶかもしれない。しかし、そこで本筋のストーリーがおもしろくなかったら、ここまでのヒットにはならない。
そもそも彼らは本作のなかでは端役に過ぎず、ファンの期待値が高すぎれば、狙った宣伝効果に対して反作用してしまうリスクもあった。そこを、出演シーンが少なすぎず、多すぎもしない、絶妙な塩梅で物語の本筋に絡む設定だったために、うまく観客の気分を上げた。
シェアード・ユニバースがなかったとしても十分に楽しめる作品性の高さがあったうえで、ヒット増幅装置としてしっかりと機能させた。なにより、ファンが納得できる仕上がりであったことが、映画の満足度を大きく上昇させている。そのすべてを成立させたのが脚本の力だ。
社会課題に向き合い弱者に寄り添う野木亜紀子脚本
『アンナチュラル』と『MIU404』などのドラマでもおなじみだが(個人的には『コタキ兄弟と四苦八苦』が最高傑作)、野木亜紀子氏の脚本の特徴は、現代社会におけるさまざまな課題や社会問題を、弱者側の視点から彼らに寄り添うようにすくい上げること。
権力者など強者側から差別を受け、抑圧されて苦しむマイノリティたちの胸の内の苦しみや言葉にできない叫びを、ドラマのなかで生々しく切実に描く。現実社会では必死に耐え忍ぶ彼らの思いを、セリフや行動にして、社会全体にぶつける。それは痛烈なメッセージの投げかけになり、社会問題に無関心だった一般大衆に気づきを与えるとともに、深く心を抉る。
『ラストマイル』では、大手外資ショッピングサイトからの理不尽とも思えるほどの過度な要求を突きつけられて疲弊する下請け配送会社のスタッフたちの姿が描かれる。
彼らの鬱屈と反発はやがて行動になる。同時に、外資ショッピングサイト社内で本国アメリカから苛烈なプレッシャーをかけられる日本の幹部や、その幹部と現場との間で板挟みになる配送会社・管理職の苦悩も映し出す。
そこには現実社会の縮図がある。誰もが心に何かを抱えながら必死に生きている。その姿が、野木亜紀子マジックによって、ラストにはカタルシスと心温まる感動に変わるのだ。
商業映画として成功させる3人のチーム
そんな社会性が高くメッセージ性が強い物語を紡ぎ出すのが野木亜紀子脚本だ。加えて、作家性が強いだけではなく、それをしっかりとエンターテインメントに昇華し、商業映画として成功させるバランス感覚にも優れている。
決して、メッセージを発信するだけでは終わらない。ひとりでも多くの人にそれを伝えることと両輪となってはじめて社会に影響を与えることができる。そんなポリシーのもとに作られる作品だから、ファンの心をつかみ、世の中的なヒットになる。
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そして、そんな社会に鋭く切り込むクリエイターには、チームとして作品を生み出す、強い信頼関係で結ばれた理解者がいる。
野木亜紀子脚本の繊細なセリフや、ときに激しく、ときにもろく崩れ去りそうな登場人物たちの心情、湧き上がる感情を映像に落とし込む演出を担う塚原あゆ子監督。そして、作品全体を統括し、商業映画として成立させる新井順子プロデューサー。
この3人の息がピッタリあったチームだからこそ生み出される作品群があり、ファンはそれを愛している。制作陣と観客の間にしっかりとした信頼関係が築かれていることも、本作の大ヒットの要因のひとつになるだろう。
ドラマと映画の新たなつながり方
そして、前述のシェアード・ユニバースには、もうひとつの重要な役割がある。従来のようなドラマの延長線上の映画化ではなく、複数のドラマが組み込まれたオリジナル映画にすることで、作品をまたいでキャラクターや物語設定を共有するひとつの軸を、メディアを超えて実現させた。
その背景には、昨今のドラマ映画の不振を目の当たりにするなかで、作品を別の形で育てる方向に舵を切った一面もあるだろう。同時にそこには、ファンと作品を愛する制作サイドの繊細な配慮があったことも予想できる。
もし『アンナチュラル』や『MIU404』を単体で映画化するとなったら、喜ぶファンがいる一方、「テレビでやってほしい」「ファンはATMじゃない」といった反発も少なからず生まれるだろう。むしろ昨今はそうした声のほうが大きい。
それは、これまでドラマでも映画でも変わらないような内容のドラマ映画が量産されてきたからだ。しかし、ドラマ映画からのかつてのような大ヒットは少なくなってはいるが、内容さえ伴えばファンは映画館に足を運ぶ。
チーム野木・塚原・新井によるドラマも映画もおもしろい。そして、それを大切に育てていこうとする愛が伝わってくるから、ファンは3人を信頼してついていく。そんな構図も浮かび上がる。
シェアード・ユニバースはどんどん広がっていく
これからこの3人による作品はどんどん増えていくのと同時に、それぞれがリンクしていくことでひとつの芯が通った世界観が生まれ、作品性の幅がより拡張されていくことが期待される。
このチームであれば、『マーベル・シネマティック・ユニバース』のようにシリーズとスピンオフ作品が増えすぎたうえに複雑に絡み合い、ファンが置き去りにされるような事態には陥らないだろう。
この先、ドラマと映画に加えて、配信も新作公開メディアに入ってくるかもしれない。それぞれのメディア特性を最大限に活かしたリンクになることで、シェアード・ユニバースがさらに進化していくことが期待される。
そして、いずれ3人による制作プロダクションが立ち上がる日がくるかもしれない。そうなれば、日本版スタジオドラゴンと呼べるような、スター・ヒットメーカーが集結したスタジオとなり、日本のエンターテインメントシーンをけん引していくだけでなく、世界を股にかけて活動していくことも夢ではないだろう。
『ラストマイル』の大ヒットは、そんな未来への第一歩のように感じる。
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