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大動脈解離とは?予防法は?

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(写真:イメージマート)

歌手のもんたよしのりさんが急性大動脈解離で亡くなったと報道がありました。パワフルな歌声が好きでした。ご冥福をお祈りします。

急性大動脈解離は、救急医療に従事している人であれば誰もが知っており、そして誰もが真っ先に念頭に置く、見逃したく無い疾患です。今回は、大動脈解離の対応についてまとめてみたいと思います。どんな症状があったときに救急要請すれば良いでしょうか?

最初にポイントを書いておきます

●動脈解離は動脈壁が裂けて血液が壁の中に入り込んでしまう疾患

●心タンポナーデと急性心不全が突然死につながる

●「突然」の「胸痛」「腹痛」「背部痛」では救急要請を

●予防法を知っておく(高血圧とストレスを避けて良質な睡眠を)

脳動脈解離とは

動脈解離とは何でしょうか?以前、爆笑問題の田中裕二さんが脳動脈解離からの脳梗塞となり救急搬送されたことがあり、そのときにも解説をしました(こちら参照)。

動脈の壁は一枚の薄皮ではなく、実は血管内皮細胞と結合組織(コラーゲンなど)からなる内膜、平滑筋と弾力のある線維からなる中膜、結合組織からなる外膜3層の構造になっています。何らかの理由で内膜が傷つき、中膜部分に血液が流入して、血管壁が裂けてしまったものを動脈解離といいます。心臓から出てすぐの、最も太い動脈である大動脈で動脈解離が起こると大動脈解離というわけです。裂けた部分に流入した血液が大動脈の外膜を破ると、心臓の周りや胸腔、腹腔内に大出血を起こすことになります。また、壁の裂けた部分から出ている細い血管が詰まったり、流入した血液で壁が内側にせり出して詰まったり、血栓(血のかたまり)を形成すると、梗塞を起こします。大動脈は心臓、脳、腸管、腎臓などの重要臓器を始めとした全身に血液を送り出している、まさに源流です。全身さまざまな部位に問題を起こしかねません。

これらのうち、特に心臓の周囲に出血して、心臓を圧迫して心臓が収縮と拡張をうまくできなくなってしまった「心タンポナーデ」と呼ばれる状態と、大動脈の根元にある大動脈弁が変形してしまい、上手に血液を送り出すことができなくなる「急性心不全」が突然死につながります。

大動脈は心臓から出た後に上行し、アーチを描くように首の根元で反転して腹部に向かって下行します。それぞれの場所を、上行大動脈弓部大動脈下行大動脈と呼びます。心タンポナーデや急性心不全にかかわるのは、上行大動脈の解離で、当然死亡率も高くなります。我々は上行大動脈に解離が発生したタイプをStanford A型解離と呼び、上行大動脈に大動脈解離が及んでいないもの(下行大動脈以下の解離)をStanford B型解離と呼んで分けています。Stanford A型解離は緊急手術の適応となります。Stanford B型解離は薬物療法と安静で経過を見ることも多いです。

どんな症状がでるのか

大動脈が裂けることにより、激痛が走ります。また、この痛みは壁が裂けていくとともに移動すると考えられており、「突然の」「移動する」「引き裂かれたような」痛みの場合には、急いで病院受診を考えてください。救急要請が望ましいです。大動脈は先述の通り、心臓から出て上行し、アーチを描いて首元から腹部まで下行します。痛みの場所は「胸部」「腹部」「背部」などさまざまです。

診断のためには、造影CTという造影剤を用いたCT検査が必要です。超音波検査で発見したり、造影剤を用いない単純CTでも指摘できることがありますが、見えにくかったりすることもあり確実性は担保できません。解離腔のことは偽腔と呼ばれ、ここに血流があり血栓化していない場合、単純CTでは診断できないことが多いです。ただし、造影剤にはアナフィラキシーを起こす作用もあり、造影剤の使用に躊躇がでることもあります。どれだけ疑わしいかを事前に考え、必要十分な検査を心がけています。しかし、高齢であったり、糖尿病などで痛みの間隔が鈍くなっていたりという背景があると、「突然の」「移動する」「引き裂かれたような」痛みがなく、悩ましいことも多いのが実情です。多少は検査の閾値を落とさねばなりませんが、運動時の腰痛といった感じで、ぎっくり腰と思ってしまうような発症の仕方もあるので、常々念頭におきながら向き合うしかないです。見逃しを防ぐべく、さまざまな評価法が考案されているものの、100%拾い上げることはできないというのが実際です。

予防法は?

何の前触れもなく突然起こり、病態が一瞬で完成するのが特徴ですので、短期的な視点では防ぎようが無いというのが正直なところですが、発症の危険因子を以下にあげます。

・胸部大動脈径が60mm以上

・身体的、精神的ストレス

・高血圧

・冬、朝、月曜日

・睡眠障害

そもそも大動脈に負担がかかっていたり、身体的ストレスで急激な血圧上昇をきたすと発症につながります。重量挙げなどの過度な負荷がかかるスポーツ選手では注意が必要です。

高血圧については10万人あたりの発症数が高血圧ありで21人、高血圧なしで5人ということで、高血圧はハイリスクです。また、大動脈解離は冬に起こりやすく、気温の低下と関わっており、明け方に多いことや、月曜日に多いという報告があります。それを否定する見解もあるのですが、血圧や心拍の上昇が負担をかけて、発症につながる可能性が考えられます。極力ストレスフリーな生活が望ましいのでしょう。

睡眠障害については、Stanford A型解離の約半数に認められると言われており、睡眠障害は高血圧発症のリスクも高めます。特に、閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS)は解離症例で多く認められます。

まとめますと、予防としてできることは高血圧の治療をして、日内変動を防ぎつつ、発症リスクとなるような身体的・精神的ストレスを軽減し、しっかり睡眠できる環境を整えることです。

まとめ

というわけで今回のまとめです

●動脈解離は動脈壁が裂けて血液が壁の中に入り込んでしまう疾患

●心タンポナーデと急性心不全が突然死につながる

●「突然」の「胸痛」「腹痛」「背部痛」では救急要請を

●予防法を知っておく(高血圧とストレスを避けて良質な睡眠を)

参考文献

1) Bima P, Pivetta E, Nazerian P, et al. Systematic Review of Aortic Dissection Detection Risk Score Plus D-dimer for Diagnostic Rule-out Of Suspected Acute Aortic Syndromes. Acad Emerg Med. 2020;27(10):1013-1027.

2) 2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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