朝を待たずに119番した山口もえは大正解!田中裕二を救った判断を救急医が解説
お笑いコンビ・爆笑問題の田中裕二さんが20日午前2時ごろに頭痛を訴え救急搬送され、入院したというニュースがありました。
結果としては、前大脳動脈の解離から、くも膜下出血と脳梗塞を起こしていたということで、早期の対応が功を成した例であったと考えます。救急医としては、深夜でもためらわずに救急要請してくれた山口もえさんの判断を称えたいと思います。今回は、脳卒中対応についてまとめてみます。脳卒中とは?どんな症状があったときに救急要請すれば良いでしょうか?
最初にポイントを書いておきます
●脳卒中には脳梗塞、脳出血、くも膜下出血がある
●動脈解離は動脈壁が裂けて血液が壁の中に入り込んでしまう疾患
●「突然」の「頭痛」「麻痺」「意識障害」では救急要請を!
脳卒中とは
まずは脳卒中という言葉について説明しておきます。卒中という言葉は、「卒:突然、にわかに」「中:あたる」ということで、突然具合が悪くなる様を表します。脳卒中というのは、脳に突然何かが起こることをいいます。大きく、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血に分けられます。
●脳梗塞
脳の動脈が何らかの原因で閉塞し、その動脈の先にある細胞が死んでしまうことで何らかの症状を呈するもの。
●脳出血
脳内の血管が何らかの原因で切れてしまい、周囲に出血してしまうもの。
●くも膜下出血
脳の表面には軟膜、頭蓋骨の直下には硬膜とくも膜があり、3層構造になっている。軟膜とくも膜の間には、くも膜下腔という空間があり、ここを走行する比較的太い動脈や動脈瘤が破裂し、くも膜下腔に出血するもの。
たまに耳にする脳溢血という言葉は、脳に血液が溢れるということで、脳出血を意味する言葉と思いますが、我々は普段用いません。
脳卒中ではどうなる?
脳卒中で脳細胞がやられてしまうと、何らかの障害を負ったり、命を落としたりすることにつながります。脳細胞は死んだら元には戻せないのです。脳梗塞で血管が詰まり、体を動かしたり、何らかの感覚を司る部分の細胞がやられたり、その神経の通り道がやられると、機能が障害されてしまいます。端的に言うと、手足の麻痺や痺れ、歩きにくさや喋りにくさなどを自覚します。さらに、呼吸を司る部分がやられると、呼吸が止まってしまいます。意識を司る部分がやられると、意識が低下します。また、脳出血などで脳が圧迫されると、同じく脳の機能が障害されます。頭蓋内は容積が限られているので、多量に出血すると一気に脳機能が停止することもあり得ます。出血量によっては即死します。
脳動脈解離とは
今回、田中裕二さんは脳動脈解離になったということです。では脳動脈解離とは何でしょうか?動脈の壁は一枚の薄皮ではなく、実は血管内皮細胞と結合組織(コラーゲンなど)からなる「内膜」、平滑筋と弾力のある線維からなる「中膜」、結合組織からなる「外膜」の3層の構造になっています。何らかの理由で内膜が傷つき、中膜部分に血液が流入して、血管壁が裂けてしまったものを動脈解離といいます。脳動脈で動脈解離が起こると脳動脈解離というわけです。裂けた部分に流入した血液が脳動脈の外膜を破ると、くも膜下出血になります。一方、壁の裂けた部分から出ている細い血管が詰まったり、流入した血液で壁が内側にせり出して詰まったり、血栓(血のかたまり)を形成すると、脳梗塞を起こします。田中裕二さんには両方が起こっていたと考えられます。
脳動脈解離の症状
国内の調査を参考にすると、解離ができる場所は、椎骨動脈という首の後ろを走る血管が最も多いのですが(60%以上)、頚動脈や今回のような前大脳動脈など、他の血管にも生じます。首を捻ると、血管にねじれたり引っ張られたりして負荷がかかり、椎骨動脈が裂けやすいのではないかと考えられていますが、前大脳動脈ではそういったことは起こらないはずですので、原因ははっきりとはわかっていません。
9割近くで脳卒中を合併し、60%くらいが脳梗塞で、稀ながら脳梗塞と脳出血が合併することもあります。動脈には神経が走っており、通常は裂けると痛いので頭痛を発症します。75%程度で頭痛が出ますが、頭痛はなく、脳梗塞や脳出血の症状のみということもあるようです。
突然の痛み
突然痛みが起こるという状況は、何かが裂けたり、ねじれたり、詰まったりという物理的な変化がなければ起こりにくいです。脳動脈解離では血管壁が裂けるので、突然の頭痛につながります。くも膜下出血も、血管の破綻や、急激な頭蓋内圧上昇から突然の頭痛に見舞われます。研修医は、突然の頭痛を訴える人をみたら必ずくも膜下出血を念頭に入れるように叩き込まれます。自分が研修医の頃、お風呂に入っていて、シャンプーを手にとった瞬間から頭痛を自覚して救急外来を受診した方がいました。当然くも膜下出血を疑い、すぐに頭部CTを行いましたが、出血している様子はありません。その人は、脳動脈解離でした。突然の痛みには何らかの理由があるはずです。
脳卒中の治療は?
まずは、脳卒中のうちのどの病態なのかを診断するところから始めます。頭部CTは出血を判別しやすいので、とにかく早急に検査します。麻痺があるなど、医師からみて明らかに脳卒中らしいのにCTで出血がなければ、脳梗塞が疑われます。その場合には脳梗塞の判別や血管の描出が可能なMRIを行うか、その時点で脳梗塞の治療を始めることもあります。
脳梗塞であれば、閉塞を起こしている血栓を溶かす薬剤を投与したり、カテーテル治療で血栓を取り除いたりという治療を行うことで、再度血流を再開させることができます。
くも膜下出血では、血圧を下げたり、鎮痛をしたり、刺激を与えずに再度出血したり出血量が増えることを防ぎつつ、出血部分(脳動脈瘤が多い)の治療を行います。具体的には、カテーテルでコイルを充填したり、開頭手術で動脈瘤をクリップで留めたりします。
脳出血については、脳幹と呼ばれる呼吸や意識の中枢が圧排されるほどの病変であれば手術を試みることもありますが、脳内の出血部分で損傷した細胞は元通りにはならず、適応を慎重に考えます。症状を良くするためと言うよりは、生命維持のために開頭手術を行います。軽症例であれば、血圧のコントロールを行なったり、止血薬を用いたり、症状がそれ以上悪化しないような介入を行います。
脳動脈解離については、未だ治療法は一定していません。脳梗塞と脳出血・くも膜下出血が合併していると、血液を流しやすくした方が良いのか、血液を固まりやすくした方が良いのか、悩みます。血圧コントロールを行いつつ、治療方針を考えることになります。
急性期の治療が終わったら、リハビリと再発予防を主体とした治療を行うことになります。
いずれにせよ、血圧のコントロールをしながら、早々に原因を特定し、治療につなげることが重要です。脳梗塞であれば、脳細胞が死ぬ前に血流再開させなくてはなりません。血栓溶解剤は4.5時間まで、カテーテル治療は6-8時間までくらいが適応とされていますが、どんどん脳細胞は死んでいくので、介入は早ければ早いほど良いです。脳出血・くも膜下出血であれば、生命維持できなくなる前になんとかしなくてはなりません。救急医と脳神経外科、脳神経内科など、タッグを組んで救命と機能障害を残させないことに全力を尽くしております。「突然」発症した頭痛、麻痺、意識障害では、即時、躊躇なく救急要請をしていただければと思います。めまいや嘔気といった分かりにくい症状を呈することもありますので、とにかく、突然何かおかしなことがおこったら、この記事を思い出していただければ幸いです。
今回、軽症ということであれば、ほっといても治ったのかもしれませんが、血圧上昇や体動などで病状悪化することも大いに考えられます。深夜にもかかわらず対応してくれた救急隊、医療機関のみなさま、そしていち早く気づいて救急要請してくれた山口もえさんに感謝したいと思います。
ポイント
●脳卒中には脳梗塞、脳出血、くも膜下出血がある
●動脈解離は動脈壁が裂けて血液が壁の中に入り込んでしまう疾患
●「突然」の「頭痛」「麻痺」「意識障害」では救急要請を!
参考文献
後藤 淳. 日内会誌. 2009;98:1311-1318.
Zerna C, et al. Lancet. 2018;392:1247-1256.
日本脳卒中学会「rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法 適正治療指針 第二版」