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カプサイシンの取りすぎに注意!

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(写真:イメージマート)

激辛ポテトチップスを食べた高校生が多数救急搬送されたということでニュースになっていました。彼らが食したものにはブート・ジョロキアのパウダーが入っていたということです。ブート・ジョロキアはトウガラシの一種で、2007年にハバネロを抜いて世界一辛いトウガラシとしてギネス世界記録に認定されています。現在はそれよりも辛いキャロライナ・リーパーやペッパーXにその座を渡していますが、触れただけで痛みを感じるくらいの刺激性があります。今回は、この激烈に辛いトウガラシの危険性について触れてみます。

私の戦闘力は53万どころではありません

辛さを表す指標として「スコヴィル値」があります。スコヴィルはトウガラシ属にカプサイシンがどのくらい含まれているかを表すもので、1912年にスコヴィル味覚テストを考案したウィルバー・スコヴィルの名前に由来しています。今では高速液体クロマトグラフィーで測定した濃度を経験的なスコヴィル値に変換して数値を出していますが、開発当初の測定方法はアナログでした。トウガラシのエキスの溶解物を5人の被験者に食べさせ、徐々に砂糖水で薄めていき、辛味を感じなくなった時点の希釈倍率をスコヴィル値としていました。

例えば、ピーマンは0スコヴィルです。ハラペーニョやタバスコは2500~5000スコヴィルとされます。今回使用されたブート・ジョロキアを原料とした「ゴーストペッパー」というソースがあるのですが、これは100万スコヴィルということです。100万スコヴィルということは、100万倍に薄めなくては辛味を抑えられないということになります。1mLのソースを1000Lの砂糖水で薄めれば辛く無くなるレベル。風呂5回分です。ヤバいです。なお、世界一とされるペッパーXは269万3000スコヴィルだそうです。そして純粋なカプサイシンは1500万スコヴィルです。

710万スコヴィルの体験

大学生の頃、遊びで710万スコヴィルの「ザ・ソース」というものを後輩が購入しました。当時世界最強に辛いソースとされていたものです。21歳以上の成人にのみ販売が許され、ソースの使用により身体的な危害が加わる可能性を理解し、直接飲み込んだり皮膚につけたりしないことを了解し、誰かに提供する時には危険性を説明し、なんらかの事故が起こっても自己責任とすることを受け入れた場合のみ購入できます。

爪楊枝の先につけて唐揚げに塗って食べたら、舌が痺れてしばらく涙が止まらなくなりました。なお、入っている容器の開け閉め程度しか手に触れていませんでしたが、その後排尿した時には股間に激痛が走りました。そのくらいヤバいのです。もはや凶器です。

カプサイシンで何が起こるのか

カプサイシンは感覚神経終末で細胞膜のバニロイド受容体「TRPV1(Transient receptor potential cation channel subfamily V member 1)」に結合して灼熱感を引き起こします。TRPV1は温痛覚の受容体で、体温を超えた熱さを痛みとして感じるのに一役買っています。なお2021年のノーベル生理学・医学賞はこの受容体を発見したことにより、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校のデヴィッド・ジュリアス教授に授与されました(これとはことなる受容体の発見でアーデム・パタプティアンが同時に授与)。トウガラシを食べた時に感じる痛みにもにた辛味、あれは痛みなのです。

動物実験レベルでは、少量のカプサイシンは胃粘膜の保護作用が確認されていますが、容量が大きくなると保護作用が無くなることも明らかになっています。粘膜刺激が強すぎるのです。目や鼻の粘膜に触れると、局所的な刺激作用で、流涙、鼻漏、疼痛が生じます。防犯スプレーにも用いられているのはこのためです。消化管粘膜の刺激により、嘔吐下痢のほか、吐下血を起こしかねません。なお、肛門側の直腸にはTRPV1が多く発現しているので、カプサイシンを多量に摂取すると排便時に悶絶することになります。経験ある人もいますよね?

またカプサイシンは痛いだけではなく、消化管から吸収され血中に入ると、副腎からのアドレナリン分泌を促進し、エネルギー代謝を促進したり、発汗を促したりします。少量なら脂肪代謝を促進するかもしれませんが、多量になると頻脈など循環動態の変化をきたすかもしれません。さらに、命にも関わる事態に陥ります。2016年に、コンテストでゴーストペッパーを食した直後から嘔気と胸痛を訴え、食道破裂と診断された例が報告されています。

カプサイシンへの慣れ

カプサイシンの刺激が繰り返されると、TRPV1が脱感作され、灼熱感を感じにくくなることが知られています。温湿布にはカプサイシンが入っており、温かく感じますが、慣れると温かく感じにくくなります(温湿布はカプサイシンで温かく感じるだけで実際に熱くなりません)。辛いものも何度も食べれば辛くなくなります。慣れることはできるのです。

今回、多数の高校生が救急搬送されましたが、いきなり辛いものを摂取するのではなく、段階を踏めば良かったのかもしれません。ただ、何スコヴィルかなどと気にしないでしょうし、未成年者には販売できないような規制も必要ではないかと考えます。前述の通り、いきすぎた辛さは凶器同様です。同じことが繰り返されないことを願います。

参考文献

[1] Caterina MJ, Schumacher MA, Tominaga M, Rosen TA, Levine JD, Julius D. The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway. Nature. 1997;389(6653):816-824.

[2] Arens A, Ben-Youssef L, Hayashi S, Smollin C. Esophageal Rupture After Ghost Pepper Ingestion. J Emerg Med. 2016 Sep 29. pii: S0736-4679(16)30256-6.

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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