濃厚背脂に極太麺 新潟のご当地ラーメンは豚骨の街福岡で受け入れられるのか?
新潟の「燕三条系ラーメン」とは
日本を代表する金属加工製品の一大産地としても知られる新潟県燕市で、半世紀以上にわたり愛され続けているご当地ラーメンがある。豚の背脂がびっしりと浮いた濃厚な煮干し醤油スープに、うどんのような極太麺。今の時代に食べてもかなりインパクトがあって個性的なラーメンは、ラーメン好きから「燕三条系ラーメン」「燕三条背脂煮干し」などと呼ばれて愛され続けている。
その元祖と言われているのが『杭州飯店』(新潟県燕市燕49-4)。古くから洋食器などの金属加工業が盛んだった燕市。工場で働く人たちに届ける出前のラーメンが発祥と言われており、全盛期の昭和30年代後半には一日800食の出前が出たという(参考資料:燕市ホームページ)。工員が好むように濃厚な味付けとなり、スープが冷めないように背脂を浮かべ、麺が伸びないように太麺になったとされている。
豚骨の街「福岡」に突如現れた燕三条ラーメン
そんな新潟燕市のご当地ラーメンが、豚骨ラーメンの街「福岡」に突如として現れ、福岡のラーメンマニアたちの間で話題を集めている。場所は福岡市に隣接する大野城市白木原。大通りから一本入った路地裏に佇むスタイリッシュな雰囲気のダイニングバー。店の作りからは決してラーメンが出てきそうには思えないが、店の前には「燕三条中華そば」の垂れ幕が掲げられている。
2019年に創業した『MACLLO(マクロ)』(福岡県大野城市白木原1-3-6)は、昼がラーメン専門店、夜は創作料理を提供するダイニングバーとして営業している人気店だが、オープンして一年も経たずに新型コロナウイルスの流行。不要不急の外出自粛など、人々の生活様式が変わった中で、飲食店の中でも居酒屋など夜に利用される業態には厳しい状況となった。そこで昼営業を始めてラーメンを出すことにしたという。
「元々夜の営業でもラーメンは出していたんです。しかしコロナになって夜営業だけでは厳しくなり、昼営業でラーメンを出すと決めた時に、ラーメンをもっと深掘りしてみようと思って、そこから独学でラーメンを研究するようになりました」(MACLLO店主 伊丹英晃さん)
ラーメン専門店顔負けの完成度。コロナによって夜営業の飲食店が苦戦する中、福岡でもランチにラーメンなどを出す居酒屋やレストランが増えてきているが、その中でも『MACLLO』のラーメンの存在感は特別だ。
福岡の人たちの嗜好に合わせた味に
店主の伊丹さんは新潟出身。出すならば自分が慣れ親しんだ故郷の味で勝負したいと考えた。しかし福岡は言わずと知れた博多ラーメン、豚骨ラーメンの街。白濁した豚骨スープに極細のストレート麺というラーメンが愛されている場所だ。一方、燕三条背脂ラーメンは濃厚な背脂煮干しスープに極太麺という真逆の存在。どうしたら受け入れてもらえるのか、伊丹さんは考えた。
「新潟そのままの味ではなく、福岡の人たちの好みに若干合わせるようにました。本場よりも醤油ダレを弱めにしたり、鶏ガラではなく豚骨を使ったり、麺もやや細めにしました」(伊丹さん)
看板メニューとなる「燕三条中華そば」は、まさに燕三条で出されている背脂煮干しラーメンそのもののビジュアルながら、福岡の人たちに合うようにチューニングされた一杯。背脂がびっしりと敷き詰められた見た目はかなりこってり濃厚なように感じるが、醤油ダレのキレもあり、すっきりとした味わいを楽しむことができる。背脂の甘味と煮干しの旨味が見事に調和したスープに、製麺所に特注した手もみ麺が絡みまくる。伊丹さんはラーメンの修業経験が一切ないが、そうとは思えない本格的な一杯。それはラーメンの常識を持たない伊丹さんだからこそたどり着けた味なのかも知れない。
「僕はラーメン職人でも料理人でもありません。ラーメンに限らずですが、料理は科学だと思っているんです。いかに旨味の層を重ねていくか、何を足して何を引けば良いのか。ただただ時間や手間をかければ良いというわけではないと思うんです。どうやったらその味に辿り着くのかを考えるのがとても楽しいですね」(伊丹さん)
あくまでも料理とお酒と会話を楽しむ店として
『MACLLO』の燕三条背脂ラーメンは、福岡のラーメン好きなどのあいだで話題を集め、遠方から車や電車で訪れる客も増えるなど、これまでとは違った客層も増えてきた。次はラーメン専門店をやって欲しい、という要望も強いというが、あくまでも伊丹さんは「自分はラーメン屋ではない」と語る。
「もし僕がラーメン店をやるとしたら、自分は店に立たずに誰かを雇ってやるでしょうね。ラーメン専門店だとお客さんはラーメン食べるだけで終わっちゃうじゃないですか。僕が現場に立つ店はお客さんと話が出来て、料理やお酒を楽しみながらゆっくりと過ごして貰える場所で在りたいんです」
※写真はすべて筆者によるものです。