「独立リーグではナンバー1の野手」との評価を受けた濱将乃介(福井)、ソワソワしてドラフトを待つ
■高い身体能力とケガをしない体
「僕、大きなケガをしたことないんですよ」。
日本海オセアンリーグのドラフト候補、福井ネクサスエレファンツ・濱将乃介(はま しょうのすけ)選手はそう言って、いつもの人懐っこい笑顔を見せる。アスリートにとって「ケガをしない」というのは、とてつもないストロングポイントだ。加えて高い身体能力を備えている。
「それもう、お母さんに感謝ですね。小っちゃいころ、僕、外で遊ぶのが好きやったらしくて、お母さんがずっと公園で遊んでくれていたんで」。
ひとりっ子の濱選手の遊び相手は母・香織さんだった。朝5時から靴を履いて急かす将乃介少年を、日に何度も公園に連れていってくれた。お弁当を持参していくつもの公園をハシゴすることもあり、真っ暗になるまで付き合ってくれた。
おもちゃの道具で野球をしたり、木登りをしたり、追いかけっこをしたり…お母さんが根気よく付き合ってくれたおかげで運動能力が引き出され、鍛えられたというのだ。
■好奇心旺盛でなんでもやってみる
やがて公園で仲よくなった小学生からチームに誘われ、5歳で軟式野球チーム「住吉フレンド」に入ると、野球に夢中になった。すぐに頭角を現わすと、周りからも一目置かれる存在になっていった。
ただ、好奇心が旺盛で、興味を持つとすぐにやりたくなる。小学1年のときにテニスを習い始めたのは、アニメ「テニスの王子様」を見たからだ。小学3年時にはアニメ「イナズマイレブン」を見てサッカーを始め、1年間ほど続けた。水泳は上級コースにまで進んで3年間やったが、野球も含め3つの習いごとが重なった時期はなかなかのハードスケジュールだった。
いずれも並外れた身体能力ですぐに習得し上達もするが、結局は土日に野球があるので、試合や大会には出られないまま辞めることになる。
また、小学6年時にはテレビで「井岡一翔vs八重樫東」戦を見て、ボクシングに興味を持った。ちょうど家から自転車で15分ほどの距離にボクシングジムがあり、すぐに通い始めた。
サンドバッグを打ったりスパーリングをしたりなど、空いた時間に通って約2年続けたが、ボクシングの試合も土日だったので、これまた野球を優先したため試合に出場はしていない。
■運動能力が開花
ほかにも空手の体験に行くなど、やりたいと思ったらやってみないと気が済まない。両親も息子のやる気をいつも後押ししてくれた。いろいろな習いごとを始めては、習得して辞めるというのを繰り返す中、ずっとベースにあり続けたのは野球だ。野球だけは飽きることがなく、どんどんのめり込んでいった。
野球以外のさまざまなスポーツをしたことは、間違いなくプラスだったろう。将乃介少年の運動能力をさらに向上させ、それが野球にもきっと反映されていたに違いない。
体も大きく、小学生時代は短距離も長距離も負け知らずの俊足で、肩も非常に強かった。根尾昂選手(中日ドラゴンズ)が小学6年時にソフトボール投げで90m弱を記録したことは有名だが、「僕の小学校、校庭が狭すぎてプールまでが75mやった。余裕でプールを越えていってたから、たぶん根尾より投げられていたと思う」と“計測不能”だったが負けていない手応えはあるという。同い年だけに、対抗心を燃やす。
■両投げのスーパー中学生
中学では「枚方ボーイズ」に入ったものの、諸事情で2年から「大阪福島リトルシニア」に移り、タイガースカップ(準優勝)やジャイアンツカップにも出場して活躍した。
中学3年のころ、両投げであることが注目された。父・実さんの勧めで体のバランスを整えるため、小学3年から左でも投げるようになり、中学3年時には左で120キロまで投げられるようになっていたのだ。
噂が噂を呼び、人気番組だった「ビートたけしのスポーツ大将」から声がかかり、「スーパー中学生」として出演することになった。当時阪神タイガースの福留孝介選手はファーストゴロに打ち取ったが、2人目の和田一浩選手(当時中日ドラゴンズ)にはレフト前に運ばれ、そこで対戦は終了となった。
その後に控えていた井口資仁選手(当時千葉ロッテマリーンズ)との対戦は叶わなかったが、ナインティナイン・岡村隆史さんとは両投げで対戦し、三振を取って番組を盛り上げた。
■常に人懐っこさ全開
話は逸れるが、福留氏とは今年、再会している。オセアンリーグ選抜チームで中日ドラゴンズ・ファームと対戦したときのこと。ナゴヤ球場での試合前練習でその姿を見かけると、即座に飛んでいって挨拶したのだ。「おぉ、あんときのなぁ…大きなったなぁ」と福留選手は笑顔を返してくれた。
さらに遡ると、高知ファイティングドッグス(四国アイランドリーグplus)に所属して2年目の2月、オープン戦でマリーンズが高知に来たとき、定岡智秋ヘッドコーチに連れられて春野球場に足を運んだ。定岡コーチの元に挨拶に来た井口監督に「あのテレビのときの…」と話しかけると、しっかり覚えてくれていたという。
野球界の大御所に対して、普通は足がすくんでなかなか話しかけられないものだ。しかし、それが自然にできてしまうのが濱将乃介という男なのだ。どんなときも物怖じせず、常に人懐っこさ全開である。
そういう人柄だからか、NPBスカウトにもすぐに顔を覚えられる。プレーが目を引くのはもちろんだが、「いつもにニコニコしていていいね」と、その“近所の子感”が親近感を抱かせるようだ。
■チームメイトはプロ入りしたが、自分は・・・
話を戻そう。
中学時代はかなり注目され、全国の強豪校から誘いが来たが、甲子園に出られる確率を考えて選んだのが山梨の東海大甲府高校だった。
1年秋から試合には出ていたが、関西との風土の違いが馴染めなかった。「なんか、やらされてる感があった」と肌に合わず、やや自暴自棄にもなった。
野球を心底嫌いになったわけではないが、親には「もう辞める」と弱音を吐いたこともあった。甲子園に出場して、プロのスカウトに見染められて…という自身の計画も実現しなかった。
一方、中学時代の「大阪福島リトルシニア」でチームメイトだった増田陸選手(読売ジャイアンツ)や野村大樹選手(福岡ソフトバンクホークス)は高校からドラフト指名され、「枚方ボーイズ」での仲間、藤原恭太選手(千葉ロッテマリーンズ)や小園海斗選手(広島東洋カープ)も同じくプロに入った。
「めちゃめちゃ悔しかった。もう、脳みそがひねくり返りそうになった」と独特の表現で、そのときの心境を振り返る。声がかかっていた強豪高校に行っておけばよかったとの後悔にも襲われた。
「なんで俺がプロに行かれへんねん…。中学のとき、負けてなかったのに…」。
悔やんでも悔やみきれない。しかし、時は戻ってこない。前を向くしかない。そこで、「絶対にプロ野球選手になってやる!」と、独立リーグからNPBを目指そうと舵を切った。
高知で3年間プレーした後、今年は心機一転、新リーグの新チームであるネクサスエレファンツに移籍した。そして、これまでと比べても飛躍的な成績を残し、ようやくスカウトの視線を集めることとなった。
■走攻守でアピール
「走攻守」すべてで存分にアピールした今季だった。ネクサスエレファンツのGM兼会長・西村徳文氏の指導によって“足に目覚めた”ことは、以前紹介したとおりだ。(盗塁の関連記事)
「初代盗塁王」のタイトル獲得で師匠に恩返しできたことは、愛弟子としても非常に嬉しいことだった。
37盗塁は2位の26コに大きく差をつけており、盗塁成功率も.771と、師匠から課せられた「7割5分以上」というお題もクリアした。
打撃でも健闘した。記録とリーグでの順位を挙げてみよう。
打率.315…5位
出塁率.439…2位
長打率.521…2位
OPS.960…3位
安打67…4位
二塁打16…2位
三塁打5…1位タイ
本塁打6…4位タイ
打点36…5位
1番打者でありながら、主軸を打つ長距離打者たちにも引けを取らない長打率や本塁打数、打点の数は、パンチ力があって勝負強いという証左である。
さらに四球数もリーグトップタイの43で、選球眼を計る指標であるBB/K(四球数÷三振数)は1.72で同1位だ。今季NPBでトップの吉田正尚選手(オリックス・バファローズ)の2.39には敵わないが、次点の宮﨑敏郎選手(横浜DeNAベイスターズ)の1.51を超える。
三振が少なく四球が多い。選球眼が優れ、カウントを作る能力に長けているのだ。
また、併殺打はわずかに1。規定打席に到達している打者の中で最少である。
打撃の向上も西村氏の指導によるものだ。試合前練習の素振りを見て、バットの出し方や体の開きなど少しでも狂いやズレがあると、すぐに助言をしてくれる。自分でも気づいていないことをピンポイントで指摘してくれるので、傷が浅いうちに修復できたことが、好成績につながった。
守備でも今年からショートに挑戦し、試行錯誤しながらも上達してきた。そもそもの地肩の強さも手伝って、内外野どちらでもアピールできた。スカウトに「その肩でメシが食えるぞ」と絶賛された肩には、自分でも自信を持っている。(打撃と守備の関連記事)
■NPBで活躍することが両親への恩返し
今年1年、「野球がめっちゃ楽しい。楽しんだほうが結果が出る」と、とことん楽しみながら野球と向き合い、結果に結びつけた。
ずっと呪文のように「まじNPBに行きたい」と唱え続け、「僕、やる気だけはマックスあります!誰よりも!必死のパッチです!」と、その熱い思いをギラギラとたぎらせ、全力で試合に臨んできた。
礼儀や言葉遣い、身だしなみなど、生活面でも注意を素直に聞き入れ、プラスになることはスポンジのようにぐんぐん吸収し、大人としての社会性も高めてきた。
なにより、人としての「かわいげ」がある。素直なのだ。そういった性格面も、スカウトは面談にてしっかりとチェックしている。
すでに何球団ものスカウトが候補選手として赤丸をつけている。「今年の独立リーグの野手の中ではナンバーワン」と言いきるスカウトもいる。
昨年は1球団からしかもらえなかった調査書も、今年は多くの球団から届き、「毎日、もうソワソワしてます(笑)」と落ち着かない日々を送っているが、それもあと数日だ。
そして、この日を待ちわびているのは自分だけではない。ケガをしない丈夫な体に産んでくれ、いつも一番の味方でいてくれた両親もだ。
反抗したこともあった。口答えしたこともあった。でもずっと、感謝の気持ちは忘れなかった。この感謝してもしきれない思いは、NPB球団に入団し、活躍することで表すつもりだ。
おりしも日本海オセアンリーグの年間MVPに輝いた。この手土産を携えてNPB入りを果たしたい。
さて、どの球団から指名されるのか。待ち遠しい。
【濱 将乃介(はま しょうのすけ)】
2000年5月3日生/大阪府
右投左打/181cm・81kg
東海大甲府高校―高知ファイティングドッグス(四国IL)
【濱 将乃介*今季成績】
58試合 打数213 安打67 二塁打16 三塁打5 本塁打6 打点36
四球43 死球5 三振25 併殺打1 盗塁37 盗塁成功率.771
打率.315 出塁率.439 長打率.521 OPS.960
*タイトル…最多盗塁、年間MVP