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ミラクル・メッツ50周年のセレモニーで起きたのは、ミラクルではなくミス

宇根夏樹ベースボール・ライター
ロビンソン・カノー(左)とエド・クレインプール Apr 4, 2019(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 6月29日、ニューヨーク・メッツは「ミラクル・メッツ50周年」のセレモニーを催した。そこには、エド・クレインプールをはじめとする当時のメンバー15人と、故人の家族らが出席。認知症を患っているトム・シーバーは、公の場から退くことを3月に家族が発表していて、このセレモニーにも現れなかったが、球団はシティ・フィールドの外を走る道を「126番通り」から「シーバー・ウェイ」に改名したのに加え、球場前に銅像を設置することも発表した。

 けれども、このセレモニーにおいて、メッツはミラクルを起こすのではなく、ミスを犯した。トリビュート・ビデオのなかで、1969年のメンバーのうち、ジム・ゴスガージェシー・ハドソンを、2人とも存命であるにもかかわらず、故人として紹介した。ニューヨーク・ポストのザック・ブレイジラーによると、メッツはゴスガーに謝罪し、ハドソンにもそうするため、連絡をとろうとしているという。

 外野手のゴスガーは、メジャーリーグで10シーズンを過ごし、1969年と1973~74年にメッツでプレーしたが、1969年は7月にシアトル・パイロッツから移籍後、10試合に出場しただけ。左投手のハドソンは、1969年9月に1登板したのが、メジャーリーガーとしてのキャリアのすべてだ。どちらも、ポストシーズンの試合には出場していない。

 なお、15人の出席者のなかには、1979~80年に中日ドラゴンズでプレーしたウェイン・ギャレットもいた。1969年にデビューしたギャレットは、レギュラーシーズンで打率.218(400打数87安打)、出塁率.298、1本塁打に終わり、ワールドシリーズは1打数0安打(2四球)ながら、その間に行われたリーグ・チャンピオンシップ・シリーズの3試合は、打率.385(13打数5安打)、出塁率.467、1本塁打とよく打った。なかでも、ワールドシリーズ進出を決めた第3戦は、5回裏に逆転2ラン本塁打を打ち、メッツはそこから試合終了までリードを保った。今日のようにシリーズMVPがあれば、ギャレットが受賞していてもおかしくなかった。

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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