「アコギの音色」は稀少木材で良くなるのか?
アコースティックな楽器の多くに木材が使われているが、絶滅が危惧される稀少な植物が含まれることもある。こだわりのあるミュージシャンは譲れないところかもしれないが、最近、ギターの材料の違いで本当に音色が変わるのかを実験した研究が出た。
乱伐されてきた稀少木材
バイオリンやチェロなど弦楽器の弓材に最も適しているとされるのが、ブラジル産のブラジルボク(Caesalpinia echinata)、通称ペルナンブーコ(Pernambuco)という植物だ。西洋人が南米大陸へやってきてから、最初は染料として、やがて弦楽器の弓材として乱伐され続け、ついにほとんど見かけなくなってしまった。
ペルナンブーコは現在、IUCN(国際自然保護連合)のレッドデータブックで絶滅危惧種に、ワシントン条約では輸出国の許可書が必要な付属書IIにされている。ブラジル政府や音楽家らによる保護団体などがペルナンブーコの植林活動を続けているが、樹木の特徴として成長が遅く、需要をまかなえるだけの数がまだ育っていない。
硬い材質の木材は、プラスチックなどの人工樹脂が開発されるまで人類が多用した素材だ。娯楽目的でも現在ではチタン製に置き換わったが柿(パーシモン、Diospyros virginiana)がゴルフのドライバーヘッドに使われていたし、同じくカキノキ科で硬い特徴を持つ黒檀(エボニー、Ebony)の中でもインドやスリランカ産のセイロン黒檀(Diospyros ebenum)は家具やグランドピアノ、オーボエ、クラリネットなどの楽器に多用されてきた。
硬い黒檀はギターやベースの指板にも使われ、ペルナンブーコと同様に乱伐され、インドとスリランカ政府はセイロン黒檀の輸出を禁止している。アフリカ大陸にも黒檀が生育しているが、ガボン黒檀(Diospyros crassiflora)はIUCNの絶滅危惧種に指定されている。
森林乱伐の稀少な動植物の保護で現在、最も危機的状況な国の一つがマダガスカルだ。アイアイやキツネザルなどの霊長類はもちろん、黒檀や紫檀(ローズウッド、Dalbergia baronii、maritima)などの存在が脅かされている。マダガスカルの政情は不安定で経済は未発達だ。住民は依然として木材を燃料とし、焼き畑農業を続けている(※1)。
紫檀では、ブラジリアン・ローズウッド(Dalbergia nigra)がワシントン条約の付属書I(すでに絶滅する危険性あり、商業のための輸出入禁止)、付属書IIは上記のものなど5種が記載され、年々その種は増えている。また、対象外だった加工品が記載に加えられるなど、規制が厳しくなっている。
こうした高級木材は、アフリカゾウやサイ、トラなどが密猟されているように違法に伐採され、日本をはじめとした諸外国へ密輸されることも多い。ワシントン条約に違反した輸入品がネット・オークションに出回ることもあり、加工品になってしまうと追跡は困難だ。
バック材の違いは出るか
バイオリンやゴルフ・ヘッドに限らず、アコースティック・ギター(アコギ)にも木材が使われている。一般的にはマツ科(トウヒ属、Spruce)やスギ材が、稀少木材としては紫檀や黒檀といった南方産の素材がアコギに多用されてきた。
アコギの愛好者は多い。最初に自分で購入した楽器と質問すれば、エレキギターを含むギターという人は少なくない。特に40代50代の中高年男性の場合、アコギから楽器演奏に入るのはごく普通だった。
そんなアコギに使われている木材も、ワシントン条約で手軽に扱うことができなくなっている。例えば、ワシントン条約の付属書に記載されている木材の場合、海外のメーカーへギターの修理を頼んだりすると輸出する際に日本の税関の、送り返す際にその国の許可手続が必要だ。好むと好まざるとに関わらず、我々は自然保護や環境保全の法規制に縛られるようになっている(※2)。
こうした中、ギター・メーカーも天然資源の保全や先住民族の文化を尊重するような企業努力をするようになった。以前は、指板の黒檀を西洋文明が使い尽くすのは当然という製作者もいたが、今ではとうてい認められない考え方になっている(※3)。
ギターの材質では、指板には硬い紫檀や黒檀が、表側のトップ材にはそれほど稀少ではないマツ科の木材やスギ材が、裏側のバック材やサイドにはカエデ科の木材(メイプル、Maple)、稀少な紫檀や黒檀が多く使われる。
では、こうした木材の違いによってアコギの音色に違いが出るのだろうか。
英国のランカスター大学などの研究グループは、特に音の伸び(サスティーン)に影響し、稀少な木材が多用されているサイドを含むバック材の違いを調べ、その結果を米国の音響学会誌に発表した(※4)。
比較したのは、ブラジリアン紫檀、インド(セイロン)紫檀、カエデ科のメイプル、黒檀、黒檀に変わって需要が高まっているサペーレ(Sapele、Entandroindrma cylindricum)、クルミ(Walnut、Juglans)の6種類だ。この中で、紫檀や黒檀は稀少であり、メイプルやクルミはそれほどではない。
それぞれの木材をバック材に使い、トップ材や指板などは同じ木材で、英国のギター製作所であるフィルド・ギター(Fylde Guitars)に依頼し、ロジャー・ブックナル(Roger Bucknall)という製作者に依頼し、同じデザインのスチール弦のアコギ(いわゆるフォークギター)を作ってもらった。これを52人のギタリストに、どの素材のギターかわからないよう、ゴーグルで目隠しして引き比べてもらった。
6本のギターに対し、ギタリストたちは同じような評価を出したが、ブラインド・テストでは容易にそれぞれの違いを聞き分けることができなかった。研究グループは、少なくともバック材に関する限り、異なった木材を使っても差はごくわずかということがわかったといい、稀少材を使わずとも安くていいギターを作ることは可能と主張する。
つまり、トップ材はそれほど稀少な木材を使わなくてもいいのだから、バック材でも違いがあまりない以上、アコギに稀少木材を使う理由はないだろう。アコギの音色に関していえば、木材をどれだけ寝かせて乾燥させるかや加工技術の優劣によると考えられる。もし仮に、稀少木材のせいで高価になっているとすれば、こうした研究が多くなるとアコギはもっと安くなるかもしれない。
※1:Annah Zhu, "Rosewood occidentalism and orientalism in Madagascar." Geoforum, Vol.86, 1-12, 2017
※2:James B. Greenberg, "Good Vibrations, Strings Attached: The Political Ecology of the Guitar." Sociology and Anthropology, Vol.4(5), 431-438, 2016
※3:Chris Gibson, et al., "Resource-Sensitive Global Production Networks: Reconfigured Geographies of Timber and Acoustic Guitar Manufacturing." Economic Geography, Vol.92, Issue4, 2016
※4:Samuele Carcagno, et al., "Effect of back wood choice on the perceived quality of steel-string acoustic guitars." The Journal of the Acoustical Society of America, Vol.144, Issue6, 2018