社会の片隅で、絶望し疲労した人々 フィンランドの巨匠カウリスマキの世界へ
フィンランドを代表する巨匠アキ・カウリスマキの待望の新作がやってきた。題名は秋の落ち葉や枯葉を意味する『Kuolleet lehdet』(2023)、英語で『Fallen Leaves』。フィンランド映画の「美学」(aesthetic/エステティック)とはいかなるものかを知らしめるロマンティック・コメディだ。
カンヌでも審査員賞を受賞した人気作品となり、社会の片隅にいる労働者の愛を美しく、レトロな世界観で綴られている。
低賃金で細々と暮らす労働者たち
アンサはスーパーマーケットで低賃金の仕事をしている。映画に登場する人物は誰もが貧しく、節約をしながら細々とした暮らしをしている。お腹を空かせた通行人に賞味期限切れの食品をあげ、アンサ自身も賞味期限が切れた商品を持ち帰っていた。そのことが雇用主にばれて、彼女は職を失う。工事現場の作業員として働くホラッパはアルコール依存症で、同僚とバーで酒を飲む平凡な日々を送っている。ある日、二人はカラオケ・バーで出会い、すぐに意気投合する。
筆者はノルウェーの映画祭Oslo Pixで、連日、北欧映画を10作品ほど鑑賞しており、最後に見たのが本作だった。改めて驚いたのはカウリスマキ監督の独特の世界観だ。他の北欧作品とは全く異なり、まるで何十年も前に撮影したのかと思わせるほどのレトロな舞台設定とカメラワークは俊逸していた。
無表情で淡々と話すフィンランド人
登場人物は「典型的なフィンランド人」を思わせるかのように、始終「無表情」なのも気になって仕方がない。北欧の中でフィンランドは最も無表情で感情を顔に出さない国民性なのだ。あまりにずっと無表情なので、彼らがいつ笑顔を見せてくれるのかと気になっていた観客は筆者だけではないはずだ。ほんの少しずつ変化する登場人物の表情に、なんだかほっとしてしまう。そんな不思議な力を持つ映画だ。
「無表情」なうえに、登場人物はなぜか誰もが「まっすぐな姿勢」をしている。加えて、まるで台本を「棒読み」しているかのような淡々とした話し方。しかもまるで観客の私たちをまっすぐに見つめてくるかのようなシーンが多い。これは一体なんなのか。
物語はほろ苦いラブストーリーという、さほど特別でもない構成なのに、目が離せない魅力がある。筆者が最近見る北欧映画では、感情を爆発させる登場人物が多く、心が辛くなる物語構成も多いので、カウリスマキ監督の世界に住む無表情なフィンランドのキャラクターたちは不思議で新鮮だった。
ロシアとウクライナ侵攻が影を落とす
本作の舞台では、登場人物たちは古い携帯電話を使い、インターネットは存在していない。テレビもなく、ラジオが重要な役割を担っている。ラジオから流れる毎日のニュースはロシアによるウクライナ侵攻だ。まるで1960年代かどこかにいるような舞台設定なのに、ラジオから流れる音声情報は私たちの現代社会という不思議な魔法がかかっている。ラジオを通して異なる時代が通信しているかのような錯覚を受けるのだ。主人公が「血だらけの戦争にはうんざり!」と吐き捨てるシーンは、監督や多くの人の思いを反映させたものだろう。
日常を単純に素朴に描くという巨匠の独特の手法と美学は健在だ。アキ・カウリスマキ監督の作品なので、いずれ日本で上映される可能性は高いだろう。
これは社会の片隅でただ生きる、低賃金で働く毎日に疲れた市民たちの物語だ。彼らは特別なことを成し遂げるわけでもなく、「何者かに」なろうとしているわけでもない。そんな社会の片隅にいる人々とアキ・カウリスマキ監督は、「映画を観る」という素晴らしい体験を私たちに提供してくれる。
Text: Asaki Abumi