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ロシア・シリア両軍がシリア北西部イドリブ県に対する爆撃・砲撃を激化:市民を狙った無差別攻撃か?

青山弘之東京外国語大学 教授
ザマーン・ワスル、2021年6月10日

シリア北西部のイドリブ県では、ホワイト・ヘルメットなど複数の反体制組織や活動家が6月10日、収穫時期に合わせて市民が避難先からザーウィヤ山地方に帰還しているのに合わせて、ロシア軍とシリア軍が爆撃と砲撃を激化させていると主張、SNSを通じてその様子を撮影した映像や画像を拡散した。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、この攻撃で12人が死亡、少なくとも11人が負傷した。

現地で何が起きているのか?

きっかけはロシア軍兵士殺害

ザーウィヤ山地方は、「決戦」作戦司令室を名乗る反体制武装連合体の支配下にある。この連合体は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)、トルコが全面支援する国民解放戦線(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)などから構成されている。このうち、シャーム解放機構はイドリブ県に残された反体制派唯一の支配地、いわゆる「解放区」において軍事・治安権限を掌握、シリア救国内閣を名乗る組織に自治を委託している。

「解放区」では、2020年3月5日にロシアとトルコが停戦合意を交わして以降、大規模な戦闘は発生していなかった。この間、トルコは停戦監視やM4高速道路(アレッポ市とラタキア市を結ぶ幹線道路)の安全を確保するとして、「解放区」各所に基地や拠点を増設し、国民解放戦線だけでなく、シャーム解放機構との協力関係を深めていた。

筆者作成
筆者作成

同地では、6月6日から緊張が増していた。きっかけは、シャーム解放機構がシリア政府の支配下にあるイドリブ県ルワイハ村一帯に対して行った砲撃だった。ラタキア県フマイミーム航空基地のシリア駐留ロシア軍司令部に設置されている当事者和解調整センターの報道声明によると、この砲撃によってシリア軍の拠点複数カ所が狙われ、駐留していたロシア軍兵士1人が死亡、2人が負傷したのである。

また6日には、シリア軍がザーウィヤ山地方のマシューン村に対する攻撃で、「決戦」作戦司令室の戦闘員2人を殺害したほか、ハマー県北西部のガーブ平原やラタキア県北東部のカッバーナ村一帯の「決戦」作戦司令室支配地に90回以上の砲撃を行った。

シリア軍の攻撃は続いた。6月7日、ザーウィヤ山地方各所を100回あまりにわたって砲撃、ダイル・サンバル村で国民解放戦線に所属するシャーム軍団の戦闘員1人を殺害したほか、バイルーン村でも戦闘員(所属不明)1人を殺害した。

砲撃で民間人も犠牲となった。6月8日、イブリーン村に対するシリア軍の砲撃で、子供1人が死亡、子供2人が負傷した。

…そして6月10日の爆撃・砲撃

そして6月10日、ロシア軍が攻撃に加わった。シリア人権監視団、反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤ、ザマーン・ワスルなどによると、ロシア軍戦闘機が早朝、ザーウィヤ山地方のカフル・ウワイド村、ファッティーラ村、マウザラ村、ハルーバ村、フライフィル村、マジュダリヤー村、カンダ村、サーン村に対して12回以上の爆撃を行ったのである。

また、シリア軍もバイニーン村、バーラ村、サーン村一帯に対して迫撃砲・ロケット弾40発以上、地対地ミサイル20発以上を打ち込むなどして、攻撃を続けた。

ただし、シリア人権監視団によると、シリア軍の攻撃は、トルコ軍が「決戦」作戦司令室支配地各所に設置している基地や拠点から、シリア政府支配下の県南部(カフルナブル市など)やサラーキブ市一帯を砲撃したことを受けて行われたという。

トルコ軍はまた、シリア軍の反撃を受けてサラーキブ市一帯に対する砲撃を激化、シリア軍もバーラ村に設置されているトルコ軍の拠点一帯を砲撃するなどして応戦した。

なお、ザマーン・ワスルによると、シリア軍の砲撃が激化したのを受けて、住民が連日数千人単位で「解放区内」のより安全な地域への避難を続けている。

シャーム解放機構の報道官死亡

ロシア軍とシリア軍の一連の攻撃によって、シャーム解放機構と国民解放戦線に所属するシャームの鷹大隊の戦闘員8人と住民4人の計12人が死亡、少なくとも11人が負傷した。

死亡した戦闘員8人のなかには、シャーム解放機構の軍事部門公式報道官のアブー・ハーリド・シャーミー、メディア関係局のアブー・マスアブ・ヒムスィーとアブー・ターミル・ヒムスィーが含まれている。

ザマーン・ワスル、2019年3月7日
ザマーン・ワスル、2019年3月7日

ドゥラル・シャーミーヤによると、シャーミー報道官は、トルコ人記者を含む複数の報道関係者とともに現場を視察中に戦闘に巻き込まれ、イブリーン村に対するシリア軍の砲撃によって負傷した民間人を搬送しようとしていたところを爆撃され、死亡した。

シャーム解放機構に近いサイトのイバー・ネットも、シャーミー報道官の死亡を伝え、弔意を示した。

アブー・マスアブ・ヒムスィーもこのシャーミー報道官とともに死亡した。

アブー・ターミル・ヒムスィーを含む戦闘員6人は、負傷者を収容するために民間の車輌で現場に向かおうとしていたところを、シリア軍の地対地ミサイルの攻撃を受け死亡した。

(追記:6月11日にはイブリーン村に対するシリア軍の攻撃で重傷を負っていたシャームの鷹大隊の戦闘員1人が死亡、死者数は13人となった。)

一方、住民4人のうち2人が子供、1人が女性だった。

大物戦闘員の殺害は、2019年6月8日にハマー県北部でのアブドゥルバースィト・サールート(バセット)殺害以来の戦果である(「テロリストに転落した「革命家」、バセットの死:シリア情勢2019(3)」を参照)。

なお、シリア軍、「決戦」作戦司令室のそれぞれを支援するロシアとトルコは6月8日、サダト・オナル外務大臣補を代表とするトルコの使節団がモスクワを訪問し、ロシアのミハエル・ボグダノフ外務副大臣らと会談している。

会談では、シリア内戦の包括的解決への方途や、越境(クロスボーダー)人道支援を定めた国連安保理決議第2165号(2014年7月14日)の更新(2021年7月10日に失効、「シリア:周辺諸国からの越境(クロスボーダー)人道支援の再活性化を求める米国の二重基準」を参照)の是非が協議されたといった憶測が流れているが、今回のイドリブ県での戦闘激化をめぐって意見が交わされていたかどうかは不明である。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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