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仁義の柔道家〜斉藤仁さんへのオマージュ〜

溝口紀子スポーツ社会学者、教育評論家

山下氏と柔道界を牽引

柔道男子で1984年ロサンゼルス、88年ソウル五輪を2連覇した斉藤仁氏が病気により死去した。54歳という若さだった。

斉藤氏は日本柔道選手として初めて五輪を2連覇した

さらに当時の世界王座の山下泰裕氏らと好勝負を繰り広げ、日本柔道界をけん引した。

とりわけ記憶に残るのは、山下氏の9連覇をかけた全日本選手権の決勝である。

実は斉藤氏が投げたのではないかという伝説マッチでもある。当時は、その豪快な技を研究しようとビデオテープが擦り切れるくらいなんども再生したものだ。

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全日本選手権での山下氏との対戦:引用 時事通信

全柔連の一連の不祥事のなかで

現役引退後は全日本柔道連盟の強化の中心にいつもいた。2004年のアテネ、2008年北京の両五輪では日本男子代表監督としてチームを率いた。私自身、フランス代表のコーチ時代には、斉藤氏とコーチングやマネージメントについてよく大会会場や合宿で議論することが多かった。私は末席の一柔道家であったが、いつも気さくに話しかけてくれた。

12年には全柔連強化委員長に就任した。そのなかで女子選手に対する体罰、セクハラ、助成金不正などの全柔連の不祥事が起こった。

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2003年世界柔道(大阪)。斎藤氏と当時フランスコーチだった溝口(筆者):引用 時事通信

2013年8月、強化委員長は続投したが、全柔連の助成金不正受給問題の責任を取って理事職を辞任した。とはいえその後、新体制下になった2014年の3月の評議員会で再任復帰が決まった

私はこのとき、評議員として会議に参加していたが、この人事を正直、歓迎していなかった。なぜなら全柔連の助成金不正受給問題の責任を取って理事職を辞めたのになぜ一年も経たないうちに再任されるのか納得できなかった。

サムライとしての仁義

不祥事が続いた当時、全柔連の役員のなかに女性は一人も入っておらず、連盟の政策や方針に女性の意見が取り入れられていなかった。

「男のムラ社会」を象徴するように強化の現場ではまだまだ男性優遇といっても過言ではない。

現状では強化委員会は日程上、男女同時開催に設定されることが多く、斉藤強化委員長はどうしても男子の強化委員会や合宿を優先して出席していた。

見方を変えれば、もし女性が強化委員長になった場合、現状とは逆になり、男子強化委員会には出席することなく、女子強化委員会を優先することになり、男子強化についての管理・監督が手薄になるのは目に見えている。そのこと自体、気づけていなかった。

訝しく思い全柔連の上層部に、

「強化委員長は理事職であり、強化現場の最高責任者である。強化委員長の一人体制では、女子強化の現場スタッフへの指導・監督が手薄になるのではないか。理事職付きの女子強化委員長の設定は今後の組織改編で不可欠である」と「男のムラ」の構造を指摘した。

すると、上層部から「実は斉藤先生は体調が芳しくない。(女子の委員会にでられないことは)考慮してあげてほしい」との回答であった。

そうであるならば、無理せず、いっそのこと療養のために委員長、理事職をお辞めになって専念したほうがいいのにと思った。

しかし、今になってその意味がわかった。

斉藤氏は、自分に残された時間を強化委員長として日本柔道の再生のために陣頭指揮することで、全うしたかったのだ。まさに「武士道とは死ぬことと見つけたり」、サムライそのものの生き様であった。

理事就任後、「強化で改善できることは遠慮なくどんどんいってくださいね。改善しますから」と斉藤氏は、笑顔で私にいった。

わたしにとって斉藤氏からの最後の言葉になってしまった。

カレンダーに込められたオマージュ'

年末、全柔連から送られてきた2015年度版のカレンダーには往年のライバルである山下氏と斉藤氏のコラージュのツーショット写真がページを飾っていた。正直いうと、ずいぶんまえに現役を退いた二人の写真はノスタルジーすぎて違和感を覚えたが、それが関係者たちの斎藤氏へのオマージュであったことを後日聞いた。

日本柔道の再生、改革はまだ道半ばである。斉藤氏の遺志を紡ぎ日本柔道が国民からの信頼を回復し、グッドガバナンスの組織になるよう私自身も努めていきたい。ご冥福を心からお祈りいたします。

スポーツ社会学者、教育評論家

1971年生まれ。スポーツ社会学者(学術博士)日本女子体育大学教授。公社袋井市スポーツ協会会長。学校法人二階堂学園理事、評議員。前静岡県教育委員長。柔道五段。上級スポーツ施設管理士。日本スポーツ協会指導員(柔道コーチ3)。バルセロナ五輪(1992)女子柔道52級銀メダリスト。史上最年少の16歳でグランドスラムのパリ大会で優勝。フランス柔道ナショナルコーチの経験をもとに、スポーツ社会学者として社会科学の視点で柔道やスポーツはもちろん、教育、ジェンダー問題にも斬り込んでいきます。著書『性と柔』河出ブックス、河出書房新社、『日本の柔道 フランスのJUDO』高文研。

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