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安倍前総理に屈服した菅総理の特攻自爆ギャンブル精神

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(589)

水無月某日

 6月18日、公職選挙法違反の罪に問われた河井克之元法務大臣に対し、東京地裁の高橋泰明裁判長は「選挙の公正を著しく害する極めて悪質な犯行」として懲役3年、追徴金130万円の実刑判決を言い渡した。

 実刑判決が下されたことで河井元法務大臣の保釈は取り消され、弁護側が再保釈を請求したが東京地裁はこれを即日棄却、裁判が終わると河井元法務大臣の身柄は東京拘置所に移送された。

 公職選挙法違反事件で有罪判決を受けても政治家には執行猶予が付くのが普通だ。実刑判決は極めて異例である。また日本の司法を司る法務大臣の職にあった者が実刑判決を受けた例もフーテンは知らない。

 そして何よりもこの事件には解明されていない謎がある。買収の原資と見られる自民党本部からの1億5千万円の資金提供を巡り、二階幹事長は当初「自分は関与していない」と言い、次に「総裁と幹事長に責任がある」と言い換え、安倍前総理の責任論に言及した。

 菅総理は17日の記者会見で「当時の総裁と幹事長で行われたことは事実ではないか」と述べて安倍前総理と二階幹事長を名指しした。ところがこの資金の解明を検察は行っていない。

 その理由として検察は、裁判で無罪を主張していた河井元法務大臣が一転して罪を認めたため、原資の解明を行う必要がなくなったとしている。検察が解明しないため判決はその問題に触れていない。

 しかし犯行動機を解明するには原資の解明が不可欠であり、犯罪の悪質性を言うならば、原資に関わる証拠を開示するよう裁判所は検察に求め、事件の真相を解明すべきだと、春日勉・神戸学院大教授は東京新聞の取材に答えている。

 このニュースは本来であれば、この日のトップニュースになるはずだ。我が国の民主主義の根幹にかかわる事件だからである。そして前例のない厳しい判決が下された一方、真相はいまだに「藪の中」にあるからだ。

 しかしこのニュースはトップニュースにならなかった。トップは新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長ら専門家有志が、「東京五輪は無観客が望ましい」というリスク提言を政府と東京五輪組織委に提出し、夕方記者会見を開いたからである。

 尾身茂氏ら専門家有志がそれを自覚していたかどうかは知らないが、権力の側には河井判決のニュースを国民に大きく見せなくする意図があったとフーテンは見る。その意図に乗せられて提言はこの日に出された。それは通常国会を16日で閉幕し延長を認めなかったこととも連動している。

 国会を開いていればこの問題が野党から激しく追及されることは必定だった。また来週には「森友問題」の公文書改ざんで自殺した故赤木俊夫氏の作成したファイルが裁判で明らかにされる。いずれも安倍前総理に関わる問題だ。それが国民の関心を呼ばないように、権力の側には東京五輪開催に関心を集める必要があった。

 フーテンは菅政権誕生後の政治構図を、安倍―麻生連合vs菅―二階連合の戦いと見てきた。安倍―麻生連合は二階幹事長が主導した菅政権誕生を了承したが、それは政権運営が行き詰まった安倍前総理の一時的な回避戦術にすぎない。

 従って今年9月までの安倍前総理の任期を菅総理に譲り、その後は岸田文雄氏を念頭に傀儡政権を作るつもりだった。しかし菅―二階連合はその意思に反して長期政権を狙う構えを見せた。

 「グリーン」と「デジタル」という長期政権を意識した政策課題を掲げ、二階幹事長は解散総選挙に並々ならぬ意欲を示した。選挙はやればやるほど菅―二階連合の勢力を増やし、それに比べて安倍―麻生連合の数は減る。

 安倍―麻生連合はそうはさせじと、菅総理が選挙に踏み切れなくする策をめぐらした。日本学術会議の任命拒否問題も、菅総理就任直後に行われた故中曽根康弘元総理の合同葬も安倍前政権の「置き土産」で、政権誕生直後の解散総選挙を難しくした。

 そして菅総理の「急所」を突くスキャンダルが炸裂する。菅総理の親衛隊とも言うべき総務官僚と長男を巻き込んだ「接待疑惑」である。これで「デジタル政策」の中核を担うはずの総務官僚は一掃され、安倍前総理の親衛隊である経産官僚が巻き返しを狙う。

 もう一つの「グリーン」でも、安倍前総理を操縦した元首席秘書官の今井尚哉氏が前面に出てきた。彼は原発政策の中枢にいた元官僚だから、米国のバイデン政権と連動し小型原発の導入に乗り出そうとしている。そのため自民党内に「最新型原発リプレース議員連盟」が発足し、安倍前総理が最高顧問に就任した。

 これで菅総理の「グリーン」も「デジタル」も、安倍前総理の側に「乗っ取られた」形になる。一方で、安倍前総理が傀儡政権を作るためのカードにした岸田文雄氏がぱっとしない。安倍前総理は自身が再々登板を狙う姿勢を強めた。これに菅総理が反発したのか、「桜を見る会前夜祭」に検察の捜査が入り、政策第一秘書が略式起訴された。

 しかし検察の捜査はおざなりでまったく本気度は見えない。ただ安倍前総理には「桜を見る会」以外にも、参議院広島選挙区に河井案里氏を担ぎ出し、1億5千万円の資金が投入された公職選挙法違反事件や、「森友問題」を巡って自殺した故赤木俊夫氏の公文書改ざんとの関りなど、数々の疑惑がある。

 さらに東京五輪が新型コロナウイルスの蔓延で中止されれば、東京五輪組織委の「2年延期」方針を覆し、「1年延期」を決断した責任が問われかねない。従って東京五輪開催の是非と、河井夫妻の公職選挙法違反事件、そして「森友問題」を巡る公文書改ざんは、いずれも安倍―麻生連合vs菅―二階連合の争点になりうる重大事だった。

 しかしフーテンがその政治構図に変化の兆しが見えたと思ったのは、3月29日の菅総理と安倍前総理との会談である。菅総理は日米首脳会談を前に教えを請いに行き45分間会談した。フーテンには菅総理が二階幹事長との連携より、安倍―麻生連合と接近する道を選んだように見えた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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