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戦争の危機続く米国とイラン、平和的解決は可能!―日本も重要な立ち位置に

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
ニューヨークのタイムズスクウェアで、米国とイランの戦争回避を求める人々(写真:ロイター/アフロ)

 今月3日、イラン革命防衛隊コッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官を、イラン隣国イラクの首都バグダッド近郊で米軍が空爆し、殺害したことにより、米国とイランの緊張は一気に高まった。同8日には、イランがイラク内にある米軍基地を弾道ミサイルで攻撃。人的被害は無かったため、米国のトランプ大統領は、現時点でのイランとの全面戦争は否定したものの、米国とイランの対立は依然、予断を許さない。米国による経済制裁に反発するイランが、核兵器に転用できるレベルまでにウラン濃縮を進めることで、さらに米国とイランの緊張が高まることが予想されるからだ。

 

 米国、イラン双方が手詰まりの中で、どのようにしたら、緊張緩和を行えるのか。そのカギは、イラン隣国イラクで民主化を求める人々にある。米国とイラン双方がイラクから手を引き、イラク再建を叫ぶ若い世代の手に委ねることこそ、戦争回避にもつながるのだろう。日本等、米国とイラン双方にパイプのある国々の役割も重要だ。

 

◯ソレイマニ殺害でトランプが失ったもの

 ソレイマニ氏を殺害したことは、結果的に、トランプ政権にとって非常に高くついた。まず、ソレイマニ氏が訪問していたイラクで、同氏を殺害したため、イラクの主権を侵害するかたちとなった。しかも、米軍の空爆はソレイマニ氏と共にイラクの対イスラム国民兵組織で準正規軍的な存在である「人民動員隊(PMF)」のアブ・マフディ・ムハンディス副司令官まで殺害してしまった。これにイラク政府や議会は猛反発。在イラク米軍基地の撤退を要請する事態にまで発展した*。

*後述するように、PMFに参加する民兵達には、極めて深刻な人権問題を引き起こしている輩も数多く含まれているのだが。

 また、ソレイマニ氏殺害を受け、イランは弾道ミサイルをイラク内の米軍基地へと発射した。イラン側が配慮して、米国側に事前通告したこともあり、人的被害は無かったものの、イランのミサイルの脅威を米国や米軍基地を抱える周辺国に改めて見せつけることになった。

 さらにイランは、今月5日、「ウラン濃縮を無制限に行う」と宣言。オバマ政権時の核合意―イランが核兵器開発を行わないかわりに、米欧中露はイランへの経済制裁を解除するという合意から、トランプ大統領は2018年5月に一方的に離脱、対イラン経済制裁を再開したため、イランはウラン濃縮度を段階的に高める対抗措置をとっていたが、ソレイマニ氏殺害がイランのウラン濃縮をさらに後押ししてしまった。高濃縮ウランは核兵器に転用できるため、中東での核戦争が勃発する危険性がさらに高まることになる

 中東でも有数の軍事大国であるイランとの全面戦争は、イラク戦争よりも多大な犠牲や戦費を米国に支払わせることになる。しかも、周辺国のイランと関係の深い武装勢力も一斉に米国やその同盟国に襲いかかる可能性が極めて高い。今年11月の大統領選での再選を目指すトランプ大統領にとっても、戦争は最悪の選択だが、この間の戦略性を欠く対イラン政策は、状況を悪化させるばかりだ。

◯イラン側も袋小路

 一方、イランも追い詰められている。圧倒的な軍事力を持つ米国との全面戦争は国家崩壊を意味する。ソレイマニ氏殺害への報復は国家のメンツをかけて行わない訳にはいかなったが、在イラク米軍基地に弾道ミサイルを発射したものの、米国に事前通告していたのは、全面戦争は避けたいとのメッセージだろう。

 ただ、トランプ政権主導の制裁によりイランは経済低迷に苦しみ、昨年11月には、大規模な反政府デモが全国規模で行われた。経済低迷が政情不安にもつながっているかたちだ。その上、今回のミサイル発射を受け、トランプ政権はさらなる対イラン経済制裁を行うと発表。イラン経済への追い打ちとなることは必至だ。

◯ソレイマニ氏殺害の背景にあるイラクの「イラン化」

 米国とイランは共に、緊張緩和の落とし所が必要だ。そうした中で、筆者が提案したいのは、「米国とイラン両国のイラクからの撤退」である。これが落とし所となることを読者皆さんに理解していただくため、まず、イラク戦争以降、イラクが「イランの植民地化」していることについて解説させていただこう。

 サダム・フセイン政権が米軍を中心とする有志連合に崩壊させられた後、イラクの政界を牛耳ってきたのは、イラク人口の約6割を占めるイスラム教シーア派を支持層とする政治家達だ。彼らは、サダム政権時代はシーア派の総本山であるイランに亡命、その保護を受けていたため、「イランの傀儡」となった。ソレイマニ氏は、例えるなら、第二次世界大戦後のGHQ占領下での日本におけるマッカーサーの様な存在であった。中東カタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」は、ソレイマニ氏が、イブラヒム・ジャファリ氏やヌーリ・マリキ氏といったイラクの首相達をもその影響下においていたと評している。また、シーア派の民兵組織も、イランの支援を受け、ソレイマニ氏の指揮下にあった。米軍によるソレイマニ氏殺害の直接の原因となったのも、同氏の指示の下で、イラクの民兵組織が在イラク米軍基地に攻撃を仕掛けていることに、トランプ大統領が激昂したことなのである。 

 他方、米国にとっては多大な犠牲と戦費を払ったイラク戦争の結果、イラクが「イラン化」してしまったことは大失態そのものだ。米軍がまとめた昨年1月に公表した検証報告書も、「イラク戦争の勝者はイラン」と評している。それは米国の自業自得であり、特にイラク占領初期から中期にかけ、米国はイスラム教スンニ派の人々を「サダム支持層」と決めつけ、その排除のため、シーア派至上主義の政治家や民兵を利用してきた。その残忍さで悪名を轟かした「ウルフ旅団」も、米軍がシーア派民兵を訓練し、組織したものだ。

 親イランのシーア派至上主義者による民兵組織や治安部隊は残虐性を極め、スンニ派の人々や政府に批判的な人々を次々拘束。電気ドリルで身体に穴を開け、強酸を流し込むなどの恐ろしい拷問の挙げ句、殺害するということを繰り返した。そして、その恐怖と暴力の下で、イラク社会を支配していったのである。ちなみに、かつて筆者の取材に協力していたイラク人男性も、彼自身がイラク政府に批判的であったため、民兵組織に殺されかけ、国外に亡命せざるを得なくなってしまった。

 皮肉なことにこうした親イラン民兵組織や治安部隊による迫害は、スンニ派の一部が過激化し、外国からの過激派や旧政権の軍人と合流、IS(いわゆる「イスラム国」)を組織する素地となった。筆者もISに参加していた若者達の状況に詳しい現地の人権活動家にインタビューしたことがあるが「子どもの頃、民兵らが自分の家族を目の前で惨殺するのを見た若者達がISに参加している」と語っていたのが印象的だった。また、IS掃討戦でソレイマニ氏率いる親イラン民兵組織の連合体「人民動員隊(PMF)」が活躍することで、イラクにおけるイランの影響力はますます強いものとなった。

*筆者はイラクにおける人権侵害へのイランの関与に批判的であるが、イラン側からすれば、常に米国やその同盟国に脅かされてきたという言い分があるだろう。イランでソレイマニ氏が「英雄」とされるのには、そうした背景がある。

◯イラク民主化を求める若者達、親イラン民兵による弾圧

 イラクの政治や経済がイランに牛耳られていく中で、イラクの庶民の生活は困窮、戦争で破壊された電気や水道などのインフラ復興も放置されたままであった。また様々な食品や日用品が国産からイラン産にとって替わられ、産業も失われ、失業も深刻だ。そうした中、昨年10月1日以降、汚職の蔓延や復興の遅れ等に憤る様々な人々、特に若い世代が、性別や宗派、民族を超えて、自然発生的に立ち上がり、首都バグダッドなどを中心に、イラク各地で大規模なデモを行うようになった。こうした人々が求めるのは、イランのためではなく、真にイラクのための政治であり、選挙制度・政治体制の改革である。

 だが、イランにとって、彼らの傀儡であるイラクの政治家達へ不満を露わにするデモは、極めて不都合。非暴力かつ平和的なデモであるにもかかわらず、親イラン民兵組織や治安部隊がデモ参加者を銃撃したり、誘拐し拷問の挙げ句、殺害するということが多発した

 こうしたデモ弾圧を指示していた張本人が、ソレイマニ氏だったとされている。諸説あるが、昨年12月の国連イラク支援ミッション(UNAMI)の発表によれば、少なくとも400人以上のデモ参加者が殺され、1万9000人以上が負傷しているという。それ故に、民主化を求めるイラクの若者達はイランに強い反感を覚えるようになっているのだ。

◯米国とイランにとって悪くないディール(取引)

 イラン側もイラクの市民社会の反発を招いていることは自覚しているだろうし、自国内でも「国外の武装勢力を支援するより、まず国民の生活をなんとかしろ」との声があがっている。だからこそ、ソレイマニ氏の死亡を機に、イランはイラクへの内政干渉をやめ、同国の民主化を求める若者達への弾圧から手を引くことを宣言すべきだ。そのかわり、米国側に核合意の枠組みに戻ることを求めればいい。米国が核合意に復帰し、制裁解除となれば、イランは経済を立て直すことが出来るだろうし、自国の政情安定化にもつながる。

核合意をめぐる相関図
核合意をめぐる相関図

 米国もまた、イラクに現在5000人規模で駐留する米軍関係者など、対イラン包囲網を縮小していくことを約束し、核合意の枠組みに戻るべきだ。イランがイラクから手を引くならば、米国も「イランがイラク戦争の勝者となった」という大失態を挽回できる。また、米軍基地への攻撃を行ってきたイラクの親イラン民兵組織への支援をイランがやめるということは、核合意からの離脱の理由の一つとして、「米国が『テロ組織』とみなす勢力にイランが支援をしている」ことをあげたトランプ大統領の要求を、一部満たすことになる。つまり、トランプ大統領にとっても悪くないディール(取引)だ。

 何より、イラクの人々には、「米国とイランの代理戦争の舞台にされたくない」との思いがある。イランや米国からの解放は、2003年3月のイラク戦争開戦から現在にいたるまで、戦乱や社会の分断に苦しみ続けてきたイラクの人々にとって、真の復興のチャンスとなりうる。国際社会もイラクの人々を支えていくことが必要だ。

◯日本が橋渡し役に

 そこで重要となるのが、米国とイランの双方にパイプのある国々の仲介だ。例えば、日本もそうした立ち位置にある。米国とイランの戦争を回避し、かつ民主化を求めるイラクの人々に助力すべく、双方に歩みよりを求める。そうした働きかけは、海上自衛隊を中東に派遣するよりも、余程、中東の平和と安定のため役立つし、それは原油の8割をホルムズ海峡を経由して輸入する日本にとっても経済的リスクを回避できる。無論、国際社会からも評価されるだろう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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