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北欧に住むと働き過ぎ社会に意味はあるのか疑問に思う

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
写真Indie Film/NF Forening提供

イタリア系スウェーデン人監督エリック・ガンディーニのドキュメンタリー『After Work』(2023)では、イタリア、クウェート、アメリカ、韓国といった対照的な場所で、専門家、政府関係者、市民の働く様子やインタビューを通して、「働く」というテーマを追求している。映画はノルウェーの首都オスロの映画館でも上映され、監督も挨拶に訪れた。

「ChatGPTが話題の現代だからこそ映画が今公開されることに意味がある」と監督が語ったように、この作品ではITの発展で「もし、私たちの仕事がなくなったら、どうするか」ということを問い続けてくる。もし、ベーシックインカムが導入され、毎月一定の収入があり、仕事をしなくていいとなったら、あなたは何をするか。機械に仕事を奪われる恐ろしさとこれからの働き方と時間の過ごし方という、労働イデオロギーを問い直す作品だ。

石油資源の豊富なクウェートでは、実際に仕事をこなさずとも高額の報酬を得ることができる。かたやアメリカのアマゾンで働く女性は配達中は常に監視され、同僚はトイレに行く時間さえない。イタリアでは楽しむことに無関心な庭師、裕福な婦人、仕事の価値を固く信じる夫などが作品に登場する。

監督もスウェーデン人であり、「働き方」というテーマなら北欧も登場していていいのではと思うところだが、「あえて北欧を外すことで、より多くの物議と面白い映画を作りたかった」と監督は話した。

欧州の中でも北欧の働き方は独特といえるだろう。北欧に滞在して働いた勤務のある欧州出身者たちが列挙する「びっくりエピソード」の定番といえば、とにかくすぐに帰宅することだ。

家族の時間を大事にし、早めに仕事を終えて、夕方には趣味などを楽しむ余裕もあり、父親も家事育児に取り組む。休みはしっかりとり、労働時間が明らかに他の欧州他国より短い北欧だが、それでも国の経済は周り、世界的には幸福度が高いと有名で、生産性も高い。

そんな北欧の人にとって、例えば日本出身の筆者は明らかに働き過ぎのようだ。「人間らしくないよ」とさえ言われ、ノルウェーで医者やカウンセラーには「ノルウェーでは休暇はこうとるものだ」と諭されることもある。

働き過ぎる国民の習慣を変えようと、午後6時にすべてのオフィスのコンピューターをシャットダウンする「PCオフ」時間の導入を決定した韓国政府。実際に企業の社内が一斉に暗くなるシーンでは、映画を上映中だったノルウェーの映画館では笑いが起きた。

常に忙しく(あるいは忙しそうに)過ごすアメリカ文化のシーンでは、「忙しい、忙しい」が口癖のアメリカ人に対してノルウェーの人はまた笑いを抑えられない。

もし日本がこの作品に登場していたとしても、日本人の働き過ぎの様子が映し出され、「あらあら、大変そう」と北欧の観客には心配され笑われてしまうだろう。そしてきっと映画には、満員電車や電車の中で居眠りしている人々の姿が映し出されるだろう。

北欧ではITの発展で「仕事がなくなる」と恐れる傾向は他国より低い。なぜなら人口が少ない国々なので、ITの力を借りたいほど労働力(納税者を)必要としているからだ。人口が少ないから、ひとりひとりの市民の力が必要とされ、女性にも移民にも働いて納税者になることを求め、教育現場でも「誰一人とりのこさない」という理想的なスローガンが掲げられる。

今まで市民がやりたくなかった仕事や機械作業は機械やITに任せ、より効率的・生産的に、市民は自分たちの才能を本来やるべき業務に集中できる。そういう前向きな思考のほうが全体的に強い。もともと北欧諸国はデジタル化が進んでいる社会なので、ITを恐怖として捉えるよりも、どう共存して、問題が発生するならどう解決していくかという方向に目線が向いている。

北欧の人が15時前後には帰宅の準備を始めることが可能な理由の一つといえば、「仕事のたらい回しが上手」であることだろう。筆者はこれを誉め言葉として北欧の人々に捧げる。

ノルウェーに住み始めて15年、取材を続ける毎日では多くの人とメールなどのやり取りをして、質問を投げかけるのが筆者の仕事だ。そこで気が付いたのが「仕事を他の人に放り投げる人」の多さだ。担当者や問い合わせ窓口にも関わらず、平気で「分からない」と言い放ち、「〇〇さんに聞いてみて」というパターンは当たり前だ。日本だったら「調べるのでお待ちください」など担当者はできる限り回答しようとするところだ。「わからない。〇〇さんに聞いて」は何件も続くこともある。これをされた側からするとたまったものではないが、「この人たちにとっては便利だよは」とも思う。こうでもしていなかったら、「夕方に子どもを迎えに行けないだろう」と。

自分が労働契約書で約束した業務以外は「絶対に担当しない」。この徹底した心構えが早く帰宅し、仕事の生産性を高めるコツでもある。自分の仕事だけに集中力を注ぐのだ。自分で無駄に仕事を広めたり・増やそうとはしない人こそがプロである。この「自分の担当業務以外は徹底してやらない・引き受けない」心構えは日本でもうちょっと浸透してもいいかもしれない。

話は戻るが、ドキュメンタリー映画『After Work』はヒット作ではないので、日本では映画館で上映される可能性は低いだろう。ストリーミングサービスで上映されることがあればいいとは思うが。実は見終わった感想を言うと、作品自体を素晴らしいと感じたわけではなく、時に飽きることもあった。だが、鑑賞後も映画が問いかけた「働く」というテーマだけは、ぐるぐると頭の中を回り続けた。「働き方」について考えることは、私たちの存在意義や生き方そのものを問うことでもある。

働き過ぎ社会の日本と、「無駄に働かない」スキルに長けた北欧社会。「無駄にがんばらない」北欧モデルでは仕事の完璧度は100点よりも70点ほどになりやすいが、(「それで十分」という「ゴットノック」現象と呼ぶ)、それでも社会は機能するのだ。働き方、働く意義について疑問を感じて考えることを、私たちはこれからもやめることはないだろう。それにしても、このような文章を夜の20時に書いているなんて、北欧の人からしたら筆者はやはり働き過ぎで異常なのであろう。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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