創刊30余年のタウン誌に東海ウォーカーも存続。名古屋で情報誌が愛される理由とは?
地元情報誌が愛される理由=ミーハーだけど保守的な名古屋人気質
『東京ウォーカー』(KADOKAWA)が6月20日発売号をもって休刊することが発表されました。『横浜ウォーカー』『九州ウォーカー』も合わせて休刊。地域情報誌の代表的存在だったウォーカーの休刊は、雑誌不況、情報誌・冬の時代を象徴するできごとでした。
一方で、姉妹版である『東海ウォーカー』『関西ウォーカー』は存続することに。名古屋ではこの他にも地元出版社による『KELLy』(ケリー)、『Cheek』(チーク)が30年以上の歴史を誇り、また『東海じゃらん』(リクルート)、『大人の名古屋』(CCCメディアハウス)といった東京に本社を置く情報誌の名古屋・東海版も並び立っています。
「他の地方では大手取次(トーハン、日販などの出版専門のいわゆる問屋)を通して流通している地元出版社の情報誌は少ない。雑誌の売れ行きが全体的に落ちている中、名古屋の地域情報誌は目立った落ち込みはなく、人気のある特集の号によっては追加発注をかけることもしばしばあります」とは丸善名古屋セントラルパーク店店長の加藤ゆきさん。
これらの情報誌が支持される理由として、名古屋人気質が影響しているのでは、ともいいます。
「名古屋の人は新しモノ好きでありながら保守的。新店の情報はネットでは意外と探しにくいし、スマホを見ながら目的の店にたどり着くようではカッコ悪い。人知れず情報収集をしておくことが重要なので、地元の情報誌が重宝されるのではないでしょうか」(加藤さん)
では、当の情報誌編集部は名古屋の市場性をどう見ているのでしょう?
「名古屋は他エリアと比べて紙媒体が強い、というデータがあるんです」とは『KELLy』編集長の堀井好美さん。
「JR名古屋駅通勤者データ(JR東海調べ・2018年)によると、メディア接触は『ほぼ毎日、新聞を読む』56・3%、『週に1回ぐらい雑誌を読む』が18・8%。全国平均では書籍、漫画を含めても8%程度なので、名古屋では他エリアより新聞、雑誌を読む習慣が浸透しているといえる。そのおかげもあってか部数はここ数年にわたってむしろ伸びています」とのこと。
リクルートの旅行情報誌『東海じゃらん』は創刊22年目。編集長の芝谷千恵子さんは、この地域で長く支持される理由を次のように分析します。
「ブランドイメージづくりは『安心・信頼』『楽しさ・発見性』のバランスが大切ですが、名古屋および東海では特に『安心・信頼』が重要。地元出版社の情報誌が根強い人気を誇っているし、名古屋キー局のテレビ番組も長寿番組が多い。100年を超える老舗企業が東京に次いで愛知が全国第2位(帝国データバンク)というデータもある。一度受け入れてもらえると長く愛していただける、そんな空気を感じます。こんな気質もあり、売れスジはテッパンの特集『紅葉・花火・桜・温泉』。この地方のおでかけ好きの皆さんは年間を通してそれぞれ“お出かけルーティーン”を持っていて、それに沿ったテーマや王道スポットの情報は特に支持をいただいています」。
販売、広告両面で情報誌が成り立つ名古屋の経済規模
月刊『Cheek』編集人の金森康浩さんは「名古屋・愛知は地元定住率が高いので、長く続き慣れ親しんだ地元の情報誌に対する認知度が高いかと思います。また、東京や大阪ほどエリアが大きくないため、掲載されている名古屋市内を含めた周辺エリアの情報を“地元”の情報として親近感を感じてもらいやすい。一方で、情報誌が成立するだけの販売部数や広告出稿を見込める経済規模があり、絶妙にバランスが取れているのでは」といいます。
さらに東海ウォーカーについては、関係者からこんな意見を聞くことができました。
「名古屋を軸とした東海3県は、首都圏・関西圏に次いで人口(特に生産人口)&経済規模が大きく、そこに余暇を充実させるために時間とコストを費やす意識とお金の余裕がある…特に雑誌を買ってアクションを起こす習慣が残っている30~50代が一定数いる。だから部数も踏ん張れており、媒体の影響力も維持できている。これにより広告需要もありビジネスとして成立するのではないでしょうか」
また、筆者自身、長く名古屋の出版業界に身を置くのですが、雑誌づくりに携わるライターやカメラマン、デザイナーが相当数いることも地域情報誌が成立している理由のひとつだと感じます。情報誌の制作スタッフはほぼ地元の人材で、10年20年のキャリアを持つ者もざら。だからこそきめ細かく信頼に足り得る情報を集めることができ、また全国誌にも負けないクオリティの誌面もつくることができるのです。
情報誌を支える名古屋の喫茶店文化
このような市場性や気質と合わせて、実は名古屋独特の文化が情報誌を支えているという声も。
「それは喫茶店です。コメダ珈琲店をはじめ名古屋の喫茶店は雑誌、新聞を多数そろえていて、特に地域情報誌を置いている店が多い。美容院や病院の待合でもこの傾向は強いです。毎号買わないまでも雑誌の存在は知っている。喫茶店や美容院のおかげでそんな潜在的な読者が多く、自分が気になるテーマの号の購入にもつながっているのではないでしょうか」と、前出の丸善名古屋セントラルパーク店の加藤ゆきさん。
『KELLy』の堀井好美さんもまた同様の意見です。「東京と名古屋では喫茶店での過ごし方が違う。私自身、東京のカフェではゆっくり雑誌を読もうという気にならないのですが、名古屋では雑誌を開いてのんびりするのが喫茶店の過ごし方として定着している。コメダがつくってきた名古屋特有の文化なのかもしれません」
コメダ珈琲店にも尋ねてみると「確かに名古屋市内の店舗では、『KELLy』『Cheek』など地元の情報誌はほぼもれなく置いています」(本部・広報担当者)とのこと。コメダでは新聞、雑誌合わせて20種前後置く店舗もあり、お客のニーズに合わせて店ごとにラインナップしているそう。すなわち、地元情報誌を置く店が多いのはそれだけお客からの要望が多いということです。そして、総じてお客の滞店時間が長いのは、これらを読むのを習慣としている常連が多いからだともいえるようです。
紙の特性を際立たせていく名古屋の情報誌の生き残り戦略
独特の名古屋人気質とマーケット、喫茶文化を背景に、長く支持を獲得してきた名古屋の地域情報誌。とはいえ決して安穏と構えていられる時世ではありません。かつては男性誌などが出版されていた時代もあり、地元情報誌の種類自体は減少傾向にあります。そんな中で、各誌とも新しい時代への対応が求められています。
「これまでは『女磨きマガジン』がコンセプトの情報誌を標榜してきました。しかし、『愛三岐(愛知・岐阜・三重)のグッドローカルライフマガジン』を謳う“共創誌”としてリニューアルを図ります」と『KELLly』の堀井好美さん。一昨年11月にWeb版の『日刊KELLy』をローンチし、今後はオンラインとリアルの複合的イベントを開催するなど、両者の相乗効果を図っていきたいといいます。「Web版を始めたことで読者がよりリアルに見えるようになり、そのニーズも“地元のよさを見つけよう”という方向へ向かっていることが分かった。Webだから世界に発信、ではなく、よりローカルにきめ細かくアプローチしていけば、むしろ先行きは明るい、と感じています」
『Cheek』の金森康浩さんは次のように語ります。「今、好調なのはエリアやカフェなどジャンルに特化した別冊のムック本。『Cheek』で取材した素材を2次利用し、本誌と変わらない年間12冊程度のペースで発行しています。かつては情報の量と早さが求められましたが、今はその要素ではWebに及ばない。保存しておきたくなる精度の高いキュレーションメディアであることが、紙媒体が生き残っていく道だと思います。その中で我々も雑誌社という枠にとどまらないコンテンツメーカーとして、多彩なニーズに合った媒体、情報を発信していきたい。そう考えた時に、『Cheek』は受け手やクライアントに安心感を与える入口として重要だと位置づけられます」
Webメディアの浸透によって、地域情報誌の生き残り戦略が今後ますますシビアになっていくことは避けられません。しかし、Webと紙、それぞれの特性をより効果的に活かしたメディアづくりが図れれば、住み分けは決して不可能ではないはずです。名古屋は気質や経済規模、喫茶店文化などに独自性があるだけに、名古屋ならではの情報誌のサバイバル術もまた確立できるかもしれません。同様にネットにも負けない地域の情報誌が、名古屋だけでなく全国各地で見られることを期待したいものです。
(写真撮影/すべて筆者)