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名古屋おもてなし武将隊15周年! 河村たかし市長退陣の影響は?

大竹敏之名古屋ネタライター
2024年11月で結成15周年を迎えた名古屋おもてなし武将隊

記念イベントに1000人のファンが集結!

名古屋おもてなし武将隊が結成15周年を迎えました。結成は2009年11月3日。去る11月16日には名古屋城で15周年祭が開催され、およそ1000人ものファンが集まりました。

この日は城内の二之丸広場に武将、足軽合わせて10人が勢揃い。殺陣とダンスを融合させた迫力満点の演武、コミカルな要素もあるトーク、そしてファンひとりひとりとコミュニケーションを交わすハイタッチ会と、およそ一時間のイベントは大盛況となりました。

週末は名古屋城二之丸広場で演武を披露する。名古屋城の入場者数は2010年130万人から2019年220万人と6割も増加。2023年は200万人で大阪城に次ぐ2位。名古屋おもてなし武将隊の貢献度も大きい
週末は名古屋城二之丸広場で演武を披露する。名古屋城の入場者数は2010年130万人から2019年220万人と6割も増加。2023年は200万人で大阪城に次ぐ2位。名古屋おもてなし武将隊の貢献度も大きい

ファン層は老若男女幅広く、熱心なリピーターやファミリーも数多く見られました。

「スタンプラリーの目的地として名古屋城に来た時に初めて見て、以来14年続けて名古屋城の年間パスポートを買っています。最初は前田慶次さん推しで、今は全員を応援。以前は一緒に来ていた息子はもう成人になったので、今日は母と一緒です」(名古屋市・50代女性)。「信長公がカッコよくてファンになりました。今は中三なので以前ほどは来られないけど、小学生の時は毎週来ていました」(母親と来ていた名古屋市・中学生男子)。「武将隊ファンの友達に誘われたのがきっかけ。今年の6月に初めて見て、それから月に何回かずつ来ています。武将1人1人に色があるのが魅力です」(愛知県豊田市・30代女性)。「岐阜に住む“城友”と、それぞれ小学生の子どもと一緒に。子どもたちは2人とも前田利家さんのファン。年パスを買って毎月来ています」(名古屋市・女性)。「主人が亡くなった15年前に、出かけるきっかけにと息子が連れてきてくれました。家が近いので家康様が出る時に来ています。会うと元気をいただけて励みになります。歴史は別に好きじゃなかったのに、今じゃ歴女になっちゃった(笑)」(名古屋市・70代女性)

初期は特定のメンバーを推すファンが目立ちましたが、メンバーチェンジを重ねるうちにグループ全体を応援するという人が増えていったようにも感じます。長く応援するうちに育てるような気持ちも芽生え、お目当てだったメンバーが卒業しても変わらず応援してくれる包容力がファンの間でも育っているのです。

殺陣、ダンスなどのパフォーマンスもクオリティが高く迫力満点
殺陣、ダンスなどのパフォーマンスもクオリティが高く迫力満点

毎日、名古屋城で会えることが継続の秘訣

15年間もの長きにわたり、続けてこられた秘訣を徳川家康公はこう語ります。

毎日、名古屋城にいることじゃ。だからいつでも会いに来てもらえる。結成当時、我らに会いに通い詰めていた幼稚園児が立派に育って、先日自分の子どもを抱いて来てくれたのじゃ。多くの民の人生の中に入り込んだ存在になったと感じるできごとであった。名古屋おもてなし武将隊を当たり前の存在だと思うてくれる人を3代、4代と続くように増やし、100年続けば名古屋の真の文化となる。そのために我らは明日からも、毎日名古屋城で皆を待っておるぞ!」

イベント恒例のハイタッチ会。武将たちとのコミュニケーションを楽しみにくり返し通うリピーターも多い。平日はメンバー中2人、週末は5人ほどが名古屋城に“出陣”。お出迎え、ツアー、演武などを行う
イベント恒例のハイタッチ会。武将たちとのコミュニケーションを楽しみにくり返し通うリピーターも多い。平日はメンバー中2人、週末は5人ほどが名古屋城に“出陣”。お出迎え、ツアー、演武などを行う

失業対策から生まれ、まさかのブレイク・・・!

今やすっかり名古屋の「武将観光」のシンボルとなっている名古屋おもてなし武将隊ですが、当初はこれほど長続きし、人気者になるとは誰も想像していませんでした。予定されていた活動期間はわずか半年。しかも予算は国の雇用対策基金。ようするに失業者の職業訓練として、サムライの恰好をして観光ガイドをするという名目で活動がスタートしたのです。

当初は懐疑的な見方もありましたが、現代によみがえったイケメンの武将たちというコンセプトは、当時真っ盛りだった歴女ブームと見事にリンクします。人気は彼女たちを中心に広がり、デビュー数ヶ月後には名古屋城に1000人超のファンを集めるほどのブレイクを果たします。テレビ出演、CDデビュー、国内外でのイベント出演、舞台公演と活動内容もどんどん広がっていきました。彼らの活躍は武将観光ブームとなって日本中に飛び火し、全国各地に100組以上ものご当地武将隊を生み出すことにもつながりました。この人気に推されて活動も継続され、当初予定の半年限定から、実に15年も継続される長寿グループになったのです。

結成間もない頃の名古屋城での演武風景。既に多くの観客が周りを取り囲んでいる
結成間もない頃の名古屋城での演武風景。既に多くの観客が周りを取り囲んでいる

「戦国武将」封印のムードを打ち破ったのはあの人・・・!

名古屋おもてなし武将隊の15年は、ちょうど河村たかし前名古屋市長による市政の15年とも重なります。

「名古屋おもてなし武将隊の誕生に関していえば、2009年4月に河村たかしさんが市長に就任し、その影響は少なからずあったと思います」というのは武将観光を推進してきた関係者。

それ以前の名古屋市には、戦国武将というイメージは皆無だったからです。名古屋市は『平和都市』を標榜していたので、日本で一番多く戦国武将を輩出していながら、観光コンテンツとして活かすことを封印していたように感じます。そんなムードを軽々と破ったのが、織田信長の再来を自認する河村市長でした。名古屋おもてなし武将隊は同じ年の11月に結成。ともに名古屋を盛り上げるために邁進し、特に海外で河村市長が名古屋をPRする際には露払い役として同行することが多かったように思います」

2015年のイタリア・ミラノ万博の「あいち・名古屋ウイーク」では河村たかし名古屋市長(当時)、大村秀章愛知県知事とともに名古屋おもてなし武将隊も登壇。盛り上げにひと役買った(筆者も現地で取材)
2015年のイタリア・ミラノ万博の「あいち・名古屋ウイーク」では河村たかし名古屋市長(当時)、大村秀章愛知県知事とともに名古屋おもてなし武将隊も登壇。盛り上げにひと役買った(筆者も現地で取材)

ポスト河村の行方は名古屋の武将観光にどう影響?

そして、周知の通り、河村氏は先の衆議院選に出馬するために市長を辞職(正確には自動失職)。現在、名古屋市はポスト河村の座をめぐる選挙戦たけなわです。河村氏から後継指名を受けた元副市長と、河村氏と犬猿の仲だった愛知県知事はじめ自民党などの推薦を受ける元国会議員。対決構図が明確な今回の選挙は11月24日投票。この市長選の結果は、名古屋おもてなし武将隊の活動に影響をおよぼすものになるのでしょうか?

先の関係者は、市長交代についてこう思いをよせます。

「私個人としてはよい影響があると信じています。なぜなら名古屋おもてなし武将隊は名古屋市と名古屋市民、そして武将隊ファンが15年かけ、210億円の経済効果をもって構築した名古屋の新しいブランドイメージのひとつです。その大きな財産を大切に守り育てていくのが市政だと考えるからです」

つまり、誰が首長になろうと、名古屋おもてなし武将隊のブランド価値は守っていくべきもの、というわけです。

インバウド需要復調の切り札は武将観光

結成当初は名古屋市の管理下にあった名古屋おもてなし武将隊ですが、2012年4月には市から独立しています。その点では、隊の存続については、市長交代は直接関係はありません。とはいえ活動拠点が名古屋市管理の名古屋城であるように市との連携は不可欠なため、市の動向と活動内容が無関係とはいえません。

それでも、名古屋市にとって観光は今後ますます注力していく重点分野です。しかも、コロナ禍以降のインバウンド需要の復調が東京、大阪と比べて立ち後れていると指摘されている中、外国人ウケする武将観光はいっそう力を入れていくべきコンテンツ。その有力なブランドである名古屋おもてなし武将隊の存在価値は、より重要になっていくと考えられます。

16年目の活動は、年明けに舞台公演が控えている他、「名古屋城での活動はもちろんのこと、それ以外にも精力的に動きを続けて、武将をきっかけに名古屋に興味を持って訪れる人を増やして行きたい!」(名古屋おもてなし武将隊事務局)と意欲的です。

期待も注目も薄かった結成当時のことを思えば、その15年後に1000人ものファンを集める現在の状況は奇跡的。彼らが10年後も20年後も名古屋の武将観光を盛り上げてくれている・・・。そんな奇跡のような未来だってあり得ないとはいえない、のかもしれません。

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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