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「ベンチャー不毛の地」返上?「ステーションAi」で愛知・名古屋は日本のシリコンバレーになれるのか!?

大竹敏之名古屋ネタライター
華々しく開業したステーションAi(名古屋市昭和区)、オープニングセッションの様子

国内最大のスタートアップ施設が愛知、名古屋に

日本最大のスタートアップ(新興企業)支援拠点施設「ステーションAi(エーアイ)」が、10月31日、名古屋で開業しました。国内外のスタートアップおよそ500社を受け入れる他、地元を中心に有力企業、金融機関や大学などの研究機関もおよそ200社が参画。協業、支援し合うことで新しい技術や事業を創出していくことを目的とします。

「ベンチャー不毛の地」から「日本のシリコンバレー」に!?

ようするに「愛知、名古屋を日本のシリコンバレーに!」というわけですが、これまでこの地域はそんなイメージとは縁遠い「ベンチャー不毛の地」と呼ばれてきました。トヨタグループを筆頭に製造業の大企業が圧倒的に強く、なおかつ保守的な気質の土地柄ゆえ、若い世代によるニュービジネスが育ちにくいというのが定説だったのです。さらに今時のビジネスはもっぱらITやAI関連の話題が中心。それらの分野のベンチャー企業が主に集まる施設、といわれても「何だかよく分からん」という人は地元でも決して少なくはありません。

かくいう筆者もアナログ人間なので、ステーションAiがどんな役割を果たし、ここから何が生まれるのか、なかなか具体的にイメージできません。それでもとりあえず話題の新スポットは見ておかなければ、と11月1日に開催されたオープニングイベントに足を運びました。

見物客とリアルなビジネスパーソンが混在するオープニングイベント

ステーションAiの最寄り駅は地下鉄鶴舞駅。鶴舞は花見の名所・鶴舞公園や鶴舞中央図書館があり、市内中心部からちょっとだけ離れた生活感とのどかさ、文化の香りが共存するエリアです。その一角に誕生したステーションAiは、7階建てで横に広い、デザイナーズマンションのような建物です。

7階建ての建物にオフィス、イベントスペース、カフェ・レストラン、宿泊施設などが入居する。大村秀章愛知県知事が推進する、ジブリパークと並ぶ肝いりの事業のひとつ
7階建ての建物にオフィス、イベントスペース、カフェ・レストラン、宿泊施設などが入居する。大村秀章愛知県知事が推進する、ジブリパークと並ぶ肝いりの事業のひとつ

オープニングイベント初日は、保守的なのに新しモノ好きという名古屋人気質ゆえか物見遊山の人出でごったがえすほどのにぎわい。館内は部屋の仕切りが少なく、フロア間をスロープで移動する、建物自体がひとつの「町」のようなオープンな空間になっています。いろんな人があちこちで交流することで、新しいアイデアや関係性が生まれる。そんな狙いが反映された設計なのでしょう。

吹き抜け構造で各フロア間をスロープで行き来する。非常に開放感のあるつくり
吹き抜け構造で各フロア間をスロープで行き来する。非常に開放感のあるつくり

筆者のようなとりあえず来てみた、という地元のオジさん、シニア世代も少なくありませんが、目立つのはオフィスカジュアルを着こなすはつらつとした20~40代。外国語も飛び交い、ベンチャーの拠点にふさわしい高揚感があちこちから立ち上っているように感じます。

スタートアップ企業の展示・PRブースも。新しいビジネスのヒントやチャンスをつかもうという熱気が会場全体に充満している
スタートアップ企業の展示・PRブースも。新しいビジネスのヒントやチャンスをつかもうという熱気が会場全体に充満している

プログラムでは複数のスペースでセレモニーやトークイベントが並行して行われ、さながら音楽フェスのタイムテーブルのようです。

オープニングイベントでは館内のあちこちでトークイベントやセレモニーが並行して開催される。壁で四方を仕切られた空間は少なく、施設内を自由に行き来できる
オープニングイベントでは館内のあちこちでトークイベントやセレモニーが並行して開催される。壁で四方を仕切られた空間は少なく、施設内を自由に行き来できる

地元の識者4人が語る「過去から紐解く東海ベンチャーの未来」

会場の熱気に気圧されながらも、タイトルに引かれて聴講したのはトークセッション「過去から紐解く東海ベンチャーの未来」。登壇者はこの地域で長くスタートアップにかかわってきた4名です。この内容が、ステーションAiが名古屋、愛知に必要な理由、そして可能性を知るにはとても分かりやすいものだったので、これを中心にレポートします。

「過去から紐解く東海ベンチャーの未来」の会場は3階グリーン。階段状の客席に人工芝が貼られ、靴を脱いで聴講する開放感あるスペース
「過去から紐解く東海ベンチャーの未来」の会場は3階グリーン。階段状の客席に人工芝が貼られ、靴を脱いで聴講する開放感あるスペース

【登壇者】

若目田大貴(わかめだまさき)さん・・・海外のスタートアップ企業のセールス・マーケティングを経て2016年にオンライン経済新聞「Nagoya Startup News」創刊。2019年に地元企業と連携した新規事業テストマーケティング企業、東海エイチアール株式会社を設立

牧野隆広さん・・・IT、投資ファンド、経営コンサルティングを経て、現在は介護・看護事業のミライプロジェクトの代表取締役を務めながら、スタートアップ支援を行い、名古屋大学客員教授なども兼務する

田中敏之さん・・・野村證券で新卒入社から定年まで勤め上げ、個人、法人多くの案件を担当。2023年にIPO(新規株式公開)を目指す企業をサポートする合同会社T・T Adviserを名古屋で設立

粟生万琴(あおうまこと)さん・・・IT人材サービス会社やAIベンチャーで事業を手がけ、起業支援やコミュニティーづくりにも取り組む連続起業家。人材教育や事業サポートなどを行う株式会社LEO代表取締役、なごのキャンパスプロデューサー、ラジオナビゲーターなど多彩な肩書きを持つ

左から若目田大貴さん、牧野隆広さん、田中敏之さん、粟生万琴さん
左から若目田大貴さん、牧野隆広さん、田中敏之さん、粟生万琴さん

若目田さん「私は名古屋周辺のスタートアップ企業専門のニュースサイト『Nagoya Startup News』を2016年に立ち上げました。開設前に名古屋市の方などに問い合わせると『名古屋でベンチャーなんて20社くらいしかないんじゃない?』といわれました。ところが、実際には当時既に100社以上はありました。以前は、ベンチャーがない、という先入観が地域全体に根強くあったと感じます」

田中さん「私は元証券マンで、10数年前に名古屋に来た当時は閉鎖的な雰囲気も感じました。『ベンチャー不毛の地』と長くいわれてきて、実際に2009年頃までは行政や企業の人と話していても、会話の中に『スタートアップ』という言葉も出てこなかった。変化が見られるようになったのは2014~2015年頃から。名古屋大学などによるTongali(とんがり)プロジェクト(東海地方の国立5大学による起業家育成プロジェクト)の発足がちょうど2015年。地元で特にお堅いイメージが強い名古屋大学がベンチャーを育成するという意外性もあり、これがきっかけのひとつになりました。それ以前は、愛知県は製造業を中心に大企業が強いので、新技術の開発は自分たちでやればいいという意識だった。ところがここ5年くらいで、それではいけないという危機感が膨らみ、大企業もベンチャー、スタートアップの発想や力を借りてオープンイノベーションを促進していこうという気運が高まってきました

牧野さん 「なごのキャンパス(廃校した小学校をリノベーションしたベンチャー育成施設)、ナゴヤイノベーターズガレージ(会員制コワーキングスペースやピッチイベント=スタートアップのプレゼンイベント=会場として活用されるイノベーション拠点)の開設が2019年で、この頃から特に盛り上がり始めました。それ以前から徐々にスタートアップが注目されるようになってきたのを受けて、愛知県や名古屋市も支援、育成のためのハコをつくるようになったのです」

粟生さん「なごのキャンパスは私が企画運営プロデューサーとして立ち上げにかかわりました。その少し前から行政などのスタートアップ育成の会議などが盛んに開かれるようになり、私は起業家のスピーカーとして呼ばれていました。当時は、ハコだけつくっても入ってくれる人がいなくちゃ意味がないですよ!なんていっていました(笑)」

若目田さん「名古屋のベンチャーの歴史をひもとく上では、牧野さんが株式上場にかかわられたエイチーム(2000年創業のIT企業。2012年東証マザーズ、東証一部上場)の存在を外せません」

牧野さん「当時、名古屋でBtoCのゲーム開発を手がける企業は他にありませんでした。東京には同様のベンチャーはたくさんありましたから、エイチームは名古屋だからこそ特別な存在になって上場を果たすこともでき、ある意味運がよかったともいえる。しかし、ベンチャーにとって運を味方につけることは非常に重要です。それ以前は名古屋でクリエイティブ系の専門学校を卒業しても、地元でのそのスキルを発揮できる就職先はパチンコメーカーくらいしかなく、後は東京へ出るしかなかった。そこにエイチームが出てきて第3の選択肢になり、地元の優秀な人材を数多く獲得することができた。これがその後の成長にもつながっています」

粟生さんスタートアップはイノベーションを起こすための起爆剤。社会を変える原動力になるのは地域の企業です。ステーションAiができたことで地域の企業が刺激を受けてモチベーションが高まることが期待できる。技術ベースのイノベーションは企業体力も時間も必要なので、それを持っている既存の企業と新しい発想を持つスタートアップが新結合を引き起こせるようになる。イノベーションは連鎖で起こりますから、ひとつ成功例が現れると次々とそれに続くところが出てくるのではないでしょうか」

牧野さん「愛知県と名古屋市にもハードもソフトもそろってきて、そろそろITスタートアップをもっとこの地域に呼び込みたい。トヨタグループをはじめハードウエアを生み出すことでは、この地域は世界をリードしてきました。しかし、テスラの例を見ても分かるように、今後は自動車産業でもソフトウエア開発で差がつくようになってきます。海外の起業家の間ではトヨタグループとそのおひざ元である愛知県のブランド価値は非常に高い。トヨタと実証実験ができれば、海外のスタートアップにとってはそれだけで価値がある。有望なITスタートアップにとっても、この地域に来ればトヨタグループなど高い技術力を持つ大企業とのシナジーが生まれるはずです」

田中さん「ステーションAiの魅力的なところは、スタートアップだけではなく、パートナー企業も数多く集まっていることです。またスタートアップにしても地元だけではなく、日本中、そして海外からの入居を推奨している。スタートアップが国内外から集まり、大企業の力や技術も活かして一緒にいろんなことができるというのは非常に魅力的なキャッチフレーズになります。もちろん地元の優秀な人材にも入居してもらいたい。かつては愛知県内の有名大学を卒業したら地元の名門企業に入るのが当たり前でしたが、その意識もずい分薄れてきたように感じます」

粟生さん「Tongaliプロジェクトの登場で変わりましたよね。(親が子の冒険を妨げる)親ブロックがなくなってきました(笑)」

牧野さん「ITスタートアップはこれまで東京一極集中でしたが、コロナでリモートワーク、WEBミーティングが当たり前になって、東京の高い家賃を払う必然性もなくなりました。愛知県は東京と比べれば家賃は安いし、日本のちょうど中心で国際空港もあって交通の便もよく、メリットが大きい」

田中さん「既存の企業やメディアの見方もずい分変わりました。今日もこの場にテレビ局の人が来てくれていますが、かつてはピッチイベントに名古屋のマスコミ関係者が来るなんてありませんでした」

若目田さん「ピッチ自体がなかったですから(笑)」

田中さん「その通りです(笑)。ピッチイベントが開かれるようになって大企業やマスコミの人が来てくれても、最初は上から目線のように感じることもありました。しかし、今では同じ目線、もっというと『ここで新しいことを知りたい』という気持ちで耳を傾けてくれるようになっている。こういう地域全体の意識の変化はとてもいい傾向だと感じます」

牧野さん「ステーションAiでは、スタートアップ入居者に2年間の家賃補助がある。だから、今まさに勝負のタイミングだ!というスタートアップこそここに入るといい。大企業や金融機関などの支援者とも出会えるので、伸びる力を後押ししてもらえる。2年では不安・・・と思うかも知れませんが、会社って伸びる時は人の数も急激に増えるんです。だから伸び盛りの企業は同じオフィスに2年もいません。そういう意味からも2年間の補助はちょうどいい」

粟生さん新しい何かは『熱狂』から生まれます。その熱狂を生み出すのはエンタメです。アメリカ・テキサス州の『サウス・バイ・サウスウエスト』は音楽、映像、インタラクティブを融合させたビジネスフェスティバルで、エンタメの熱狂から新しいビジネスも生み出していく。その日本版ともいうべき『TechGALA Japan

(テックガラジャパン)』を2025年2月に名古屋で開催します。約300名もの起業家が集まる大規模なスタートアップイベントで、ステーションAiも会場のひとつ。かつてはこのようなイベントが名古屋で開かれるとは想像もできませんでした。愛知県は内閣府のスタートアップ・エコシステム拠点に選定され、新しいビジネスにも優位な地域であることが認められました。今後、ステーションAiというハコを活かして熱狂の場もつくり、この地域から世界で活躍する起業家が次々と生まれてほしい!と期待しています」

若手からベテラン、地元出身者、Uターン、移住者まで、世代も地域との関係性も異なる4人だからこその多角的な視点で、愛知・名古屋のスタートアップ事情と展望が分かりやすく語られた
若手からベテラン、地元出身者、Uターン、移住者まで、世代も地域との関係性も異なる4人だからこその多角的な視点で、愛知・名古屋のスタートアップ事情と展望が分かりやすく語られた

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四者のお話を聞くと、愛知、名古屋がこれまでベンチャーの土壌としてどんな場所だったのか、そしてこれからどんな可能性を秘めているのかが非常によく分かりました。これまで新規事業者にとって分厚い壁だと思われてきた既存の大企業が、実はスタートアップに推進力をもたらす存在になり、そのモノづくりの地力こそがこの地域ならではのスタートアップ拠点としての強みであるというのです。

また、ステーションAiはビジネス拠点であると同時に、一般の人も入館、利用できるオープンな施設でもあります。多国籍料理のフードコートはランチスポットとして、愛知ゆかりの実業家をフィーチャーし生成AI体験もできる「あいち創業館」はミュージアムとして、それぞれ気軽に立ち寄ることができます。さらにビジネスやテクノロジーをテーマとしたイベントも随時開催されます。スタートアップやITに接点のない人でも、足を運べる機会が幅広くあることが、スタートアップに広く門戸を開くステーションAiの立ち位置を象徴しているといえるでしょう。

エントランスホールにはこんなフォトスポットも。記念撮影をしてランチを食べるだけでも、まずは足を運んでみたい
エントランスホールにはこんなフォトスポットも。記念撮影をしてランチを食べるだけでも、まずは足を運んでみたい

「愛知、名古屋を日本のシリコンバレーに」。全国の多くの人が鼻で笑うようなこの壮大なビジョンが、10年後には絵空事ではなくなっているかも・・・? そんな風に思わせてくれるトークイベントを聴けただけでも、筆者はステーションAiに足を運んだ甲斐があったと感じたのでした。

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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