アルトマン氏CEO復帰、オープンAI解任劇の火種となった1本の論文とは?
サム・アルトマン氏のオープンAIのCEOへの復帰が、突然の解任劇から4日ぶりに発表された。
オープンAIの取締役会は、新たに元セールスフォース副会長兼共同CEO、ブレット・テイラー氏を会長とし、さらに元米財務長官のラリー・サマーズ氏が就任、Q&Aサイト「クオラ」CEOのアダム・ダンジェロ氏が留任する。
解任を決めた前取締役会とのジェットコースターのような"攻防"は、前取締役の1人が共著者となった1本の論文が火種と指摘される。
だが5日間の解任騒動の背景には、AI開発の安全性と事業拡大をめぐる衝突があったという。
合意が発表された新たな取締役会からは、問題の論文の共著者の名前は消えていた。
●「復帰で基本合意」
オープンAIのXアカウントは現地時間の11月21日午後10時3分、そう投稿している。
アルトマン氏の解任が発表されたのは11月17日午後0時28分。この5日間は、まさにジェットコースターと呼べる展開だった。
※参照:「チャットGPTの生みの親」サム・アルトマン氏がオープンAIのCEOを突然解任、そのインパクトとは?(11/18/2023 新聞紙学的)
アルトマン氏の解任を決めた前取締役会のメンバーは4人。留任したダンジェロ氏のほかに、オープンAIのチーフサイエンティスト、イリヤ・サツケバー氏、ロボット企業「フェロー・ロボッツ」元CEO、ターシャ・マッコーリー氏、そしてジョージタウン大学安全・新興テクノロジーセンターの戦略ディレクター、ヘレン・トナー氏だ。
新取締役会からは、サツケバー氏、マッコーリー氏とトナー氏の名前が消えた。
サツケバー氏は、アルトマン氏解任の当日、金曜日の17日正午からオンラインで開催された取締役会で、その決定を本人に通告したとされる。
日曜日、19日の深夜には、マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏が、アルトマン氏と、一緒にオープンAIを退社していた前社長のブロックマン氏のマイクロソフト入社を発表。
一方で、暫定CEOに指名されていた最高技術責任者(CTO)、ミラ・ムラティ氏は、アルトマン氏とブロックマン氏を呼び戻す予定だと報じられていた。
だが月曜日、20日午前1時すぎ、ストリーミングサービス「トゥイッチ」元CEO、エメット・シア氏がムラティ氏の後任暫定CEOになったことを明らかにした。
アルトマン氏、ムラティ氏、シア氏、と週末から週明けのわずか4日間で3人目のCEOの名前が挙がったことになる。
ムラティ氏は月曜日、20日午前2時すぎに「オープンAIは人材なしでは成り立たない」とXに投稿している。
サツケバー氏は同日午前5時すぎには、「取締役会の行為に参加したことを深く反省している。オープンAIを傷つけるつもりはなかった」と、アルトマン氏解任に賛同したことのいわば懺悔をしている。
さらにこの日、ムラティ氏、サツケバー氏を含むオープンAI社員の9割を占める702人の署名による公開書簡が取締役会に示された、
公開書簡では、取締役会全員の退任と、テイラー氏、さらに元取締役で米大統領選出馬のために7月に退任したウィル・ハード氏の名前を挙げた新たな取締役の選任、およびアルトマン氏、ブロックマン氏の復帰を要求。受け入れられなければ全員が辞職し、マイクロソフトが設立するとしていたアルトマン氏、ブロックマン氏による新組織に移籍する、としていた。
その間も、アルトマン氏の復帰に向けた交渉が続いていた。
●火種となった論文
「意図の解読 人工知能とコストのかかるシグナル」と題するジョージタウン大学安全・新興テクノロジーセンターの3人の研究者による論文は、そう指摘している。
10月に発表された66ページの論文では、AI政策を伝えるメッセージの信頼性と、その失敗の代償をテーマに、「軍事AI」「民主的AI政策」「民間分野」について分析。
このうちの民間分野で取り上げているのが、対話型生成AI、チャットGPTの開発元であるオープンAIと、同様の対話型生成AI、クロードの開発元、アンスロピックのリリースをめぐる姿勢の比較だ。
論文では、アンスロピックが安全性を重視し、クロードのリリース時期を遅らせたことに対し、スピードを重視したオープンAIが、「見切り発車」的にチャットGPTを公開し、様々な問題点を指摘される、という経緯をたどったことを指摘した。
問題になったのは、この共著論文の筆者の1人が、オープンAIの取締役のメンバー、トナー氏だったことだ。
アンスロピックの安全性重視と、オープンAIのスピード重視の姿勢が対照的なのには、理由がある。
アンスロピックは2021年、オープンAIの研究担当副社長だったダリオ・アモデイ氏(CEO)、やはりオープンAIの安全担当副社長だったダニエラ・アモデイ氏(社長)の兄妹によって設立された。
2019年のオープンAIのマイクロソフトの10億ドル出資受け入れと提携という拡大路線に反対し、袂を分かって安全重視を掲げて立ち上げたのが、アンスロピックだった。
ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズによれば、AI政策のメッセージ発信を巡るこの論文が、アルトマン氏の解任劇につながるカギを握っていたのだという。
ニューヨーク・タイムズによれば、アルトマン氏はこの論文を巡ってトナー氏を叱責。特に連邦取引委員会が7月に、チャットGPTによる風評被害やデータ漏洩などの問題の調査に動き出していたというタイミングの中で、この論文がオープンAIを危険にさらした、と主張。トナー氏の解任に動いた、という。
※参照:「フェイクの風評被害」「データ漏洩」チャットGPTに米政府が調査、その問題点とは?(07/14/2023 新聞紙学的)
ところが、トナー氏を含む取締役会は、逆にアルトマン氏解任へと動く。
AIの安全性に強い関心を持つオープンAIのサツケバー氏が、いわばアルトマン氏から離反する形で同氏の解任へと同調し、急転直下の解任劇に至ったという。
AI開発の安全性重視の方針に加え、アルトマン氏がAI向け半導体ベンチャーのための資金集めに動いていいたことなども、取締役会の不信の背景にあった、との指摘も出ている。
●解任劇の決着
解任劇の台風の目となったトナー氏は、オープンAIによる発表を受け、「さあこれで、私たちはみんな少し眠れる」とXに投稿している。
オープンAIが復帰を公表した直後、アルトマン氏はXにそう投稿した。
シリコンバレーに激震を走らせた解任劇は、一応の決着を見た。ただ、騒動の余波は続きそうだ。
(※「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)