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中国人は『半沢直樹』『倍返し』が大好き――それでも公共の電波に乗せにくい深刻な理由とは

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
人民日報電子版が報じた『半沢直樹』関連のニュース=筆者キャプチャー

 TBS系連続テレビドラマ『半沢直樹』が中国でも大きな話題になっている。国内最大の検索エンジン「百度」で『半沢直樹』を検索すると、1160万件の結果が表示され、関心の高さがうかがえる。ただドラマの「倍返し」が中国社会に鬱積する不平不満を刺激する可能性があり、当局も世論の動向に神経を尖らせているとみられる。

◇『倍返し』の矛先が共産党に?

 中国共産党機関紙・人民日報(電子版)は27日付で、日本メディアの報道を引用する形で『半沢直樹』に関する記事を掲載し、「7年ぶりに第2部がテレビ画面に戻った。26日放送の2回目の視聴率は22.1%(関東地方)で、初回(19日)の22%を上回った」などと伝えている。

 28日付では「日本のドラマを見て日本語を学ぶ」というコーナーで『半沢』を扱い、ドラマに出てくる「出向」「仲間割れ」「返り討ち」「先制攻撃」などの日本語を取り上げて、その意味を解説するサービスぶりも見せている。

 筆者が北京駐在中には、中国人の多くが第1部(日本で2013年7~9月放送)を中国語字幕付きの海賊版で視聴していた。中国人の友人と会食すると、相手が笑みを浮かべながら「以牙還牙、加倍奉還」(やられたらやり返す。倍返しだ)と言っておごってくれたり、「日本人には『半沢』のような腹のすわった人間がいっぱいいるのか」と真顔で聞かれたりしたことがあった。

 中国ではその昔、『おしん』や『赤い疑惑』などの日本のドラマが放送され、大人気となった。だが『半沢』に関しては、中国の放送関係者がその扱いに苦慮している様子がうかがえる。

 国営中国中央テレビ(CCTV)の関係者はかつて、中国を訪れた日本のテレビ局幹部にこんな説明をしていたという。

「私も『半沢直樹』の第1部を見ました。実に面白かったですね。中国でも似たような状況があり、みんな『倍返し』のシーンを見て溜飲を下げています。中国の放送局としても本音では『半沢』を購入したいのですが、やはりハードルが高い。そもそも中国では社会問題や犯罪、矛盾を扱ったドラマの放映は難しく、絶対に検閲を通りません」

 さらに、こう続けたという。

「何よりも、あの『倍返し』という表現に危うさを感じます。中国社会には激しい格差があり、矛盾も少なくありません。社会的弱者の側には強者に対する不満が鬱積しています。強者への『倍返し』の感情を弱者に抱かせてしまえば、最終的にその矛先が――共産党に向く恐れがあるためです」

◇「青天白日満地紅旗」

 一方、『半沢直樹』の制作サイドも、中国側との関係に注意を払っているようだ。

 7月19日放送の1回目で、堺雅人さん演じる半沢直樹が職場で携帯電話をかけているシーンがあり、その背後に「世界各地の経済指標」を示すボードが掲げられていた。だが、よく見ると、ボードに表示されていた各国・地域の地名と旗の中に、「台湾」という文字とともに「青天白日満地紅旗」と呼ばれる図柄が描かれていた。

 この青天白日満地紅旗は、赤を基調にして左上部分が青色に染められ、その中に太陽が白く描かれている。台湾が“国旗”として扱っているものだ。

 そもそも中国政府は台湾を国家とは認めておらず、日米を含む多くの国も台湾を国家承認していない。各国は青天白日満地紅旗に神経を尖らせ、日本外務省の公式サイトにある国・地域を紹介するページでも青天白日満地紅旗は掲載されていない。

 1回目の放送を海賊版サイトなどで見た中国本土のネットユーザーの間で「悲惨だ」「私が愛するドラマがこんなものになってしまった」などの投稿が相次いだ。香港の蘋果日報は22日の段階で、中国の動画配信サイト「人人視頻」から『半沢直樹』が外されたと報じ、その理由として「本土ネットユーザーの反発があったため」と伝えている。ただ、本土ユーザーが視聴しているものの多くは海賊版とみられ、台湾では青天白日満地紅旗の使用が「中国大陸における最も強力な海賊版防止策」と皮肉る声も上がったようだ。

 中国側の声に合わせるように、その後の『半沢直樹』の放送では、ボードからすべての旗が消えていた。

 青天白日満地紅旗は、国際オリンピック委員会(IOC)やアジア・オリンピック評議会(OCA)が主催する大会でも使用が認められず、台湾は「台湾オリンピック委員会の旗」(梅花旗)で代用している。かつてジャカルタ・アジア大会(2018年)の自転車競技会場に青天白日満地紅旗が描かれる騒動があり、組織委員会は梅花旗を上に貼り付けて対応し、中国、台湾双方に謝罪するという一幕もあった。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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