メガバンクのリストラは緩やかだが労働観は大きく変わる
先月より、メガバンクがAIの導入により既存業務における人員配置を大幅に見直し、業界全体で3万人以上の人員削減を行うというニュースが話題となっています。みずほ銀行の削減予定人数は1.9万人でグループ全体の1/3ですから、業界激震といってもいいでしょう。“仕事消滅”の幕は銀行から切って落とされたわけですね。
銀行は90年代まではその高い報酬と安定した経営状況により、主に文系の就職先として高い人気を誇りました。今の40歳以上の銀行員の中にはその黄金の時代に入行し、今回のニュースで戦々恐々としている人たちも少なくないでしょう。
はたして銀行では、2000年前後に大手メーカーが生産拠点に対して行ったような血のにじむようなリストラ地獄が再現されるんでしょうか?また、今後銀行における個人のキャリアデザインはいかにあるべきなんでしょうか。いい機会なのでまとめておきましょう。
痛みはないが退屈なリストラ
結論から言うと、対象事業部門の従業員を選別して辞めさせたい人に辞めるまで何度も面談して追い込む等、いわゆる世間一般でイメージされているようなリストラはまずやらないでしょう。理由は2つあります。
まず、今回のメガの置き換えの主要な動機の一つが人手不足であることです。筆者の感覚で言うと、従来と同じ人材の質を維持しつつ同じだけの採用数を確保しようとすると、現在は90年代の2倍以上のコストがかかります。それほどまでに若手の人手不足は深刻ということです。ですから、恐らくメガの置き換えの大部分は定年退職後に新規採用で補充しない形でゆっくり静かに10年くらいかけて進んでいくはずです。
そして2つ目の理由は、彼らが社会的信用を非常に重視するためです。銀行の人事というのは昔からよく言えばお公家さん的な、悪く言えば前例踏襲主義的な傾向が強いものです。ですから、メーカーやIT系なら珍しくない「窓の無い倉庫に缶詰めにしてファイル整理」とか「すぐ生えてくる空き地の草むしり」みたいな泥臭いことはまずやらないでしょう。筆者は早期退職募集すらやらないのではないかと見ています。
ただし、行内の風景は一変することになるでしょう。年功序列制度は、毎年コンスタントに若い新人が入ってくることで維持されます。新規採用を削減するということは、年功序列を放棄するということですから、年功序列を維持するために従来頻繁に行われてきた(大きくなりがちだった中高年のボリュームゾーンからの)取引先への出向転籍も今後は段階的に縮小廃止されていくでしょう。
一部の会社で見られる“名ばかり管理職”といった部下のいない管理職ポストも、今後は減っていくでしょう。年功序列を放棄する以上、形を取り繕ってやる必要もないからです。
この手の組織改革においては本当に偉い人は保護されるので、50代で中間管理職ポジションの人、あるいはこれからいよいよ出世して滅私奉公した分を取り戻すぞ的な40代がもっともしわ寄せを食らうでしょう。
というわけで、取引先回りや支店の窓口業務等、従来は若手が目立っていた職場にも、これからは普通に50歳くらいのオジサンが第一線で働く風景が普通となるはずです。終身雇用のレール自体は途切れてはいないけれども、頑張って東海道新幹線に乗ったつもりが、気が付けば南武線でずっと往ったり来たりしているような感覚と言えばわかりやすいでしょうか。
ちなみに、人手不足であることに変わりはないので、このトレンドは他の業種にも広がり、年功序列の終焉は日本全体で一般化するはずです。「将来の出世」がなくなれば無理をして会社にしがみつく意義も薄まるので、優秀な人材、他にやりたいことのある人材はどんどん流動化することになります。かつて“企業戦士”と呼ばれたほど日本人の働きぶり、会社への帰属意識は強いものでしたが、今後十年のうちに日本人の労働観は良い意味で大きく変わることとなるでしょう。