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厚生年金の対象拡大は誰のために行われるのか

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表
(写真:西村尚己/アフロ)

先日、厚生労働省が厚生年金の加入要件の大幅な引き下げ方針を決定したとの一報が流れました。

具体的には従業員数51人以上、年収106万円以上という条件を撤廃するもので、来年度中の法案成立を目指すそうです。

仮にこのまま法案成立すれば、週20時間以上労働するすべての労働者が厚生年金に加入し、その保険料を負担することになります。

【参考リンク】厚生年金、年収問わずパート加入 「106万円の壁」撤廃へ、負担増も

対象となる企業規模の拡大については以前からそうした流れはあったものの、政府与党と国民民主党との間で「手取りを増やす議論」が行われているこのタイミングで、かつ、年収要件の撤廃まで踏み込んだのはサプライズと言ってもいいでしょう。

取り急ぎ、重要なポイントをまとめておきたいと思います。

実際に労働者が負担することになる保険料は2倍

厚生年金の保険料は労使折半であり、労働者自身が負担するのは標準報酬月額の9.15%です。

厚労省の特設サイトの数字を引用すると、年収200万円で保険料は月15,600円となります。

ただし、実際には企業からみれば会社負担分の保険料もすべて人件費であり、本質的には労働者自身の負担です。ですので実際の負担は18.3%、上記の例でいえば月額の保険料31,200円、年額で374,400円が本人負担となります。

国民民主党の減税案によれば年収200万円の減税額は約8.6万円ですから、そんなものは消し飛んでしまうほどの手取り減であることは明らかでしょう。

「将来受け取る年金額が増えるから安心」とは言えない

恐らく上記のような批判に対し、厚労省は「将来受け取る年金額が増えるのだから問題ない。むしろ老後のことを考えて加入すべき」と反論するはずです。

ただし、現在の社会保障給付は約137.8兆円、うち保険料でまかなえているのは80兆円ほどにすぎず、残りは国が借金を含む公費で負担しているのが現状です(2024年度予算ベース)。

さらに、これから2040年にかけ、社会保障給付はさらに40兆円ほど増えることが予測されています。現在の社会保障制度そのものが持続可能とは到底考えられません。

逆に言えば、だからこそ厚労省はなりふり構わずに目先の厚生年金加入者を増やし、保険料を増やそうとしているように筆者には見えます。

見当違いな“財務省悪玉論”

最近、SNSを中心とした一部のネット上では「強すぎる財務省が諸悪の根源だ」とみなす財務省悪玉論を目にする機会が増えました。彼らの権限が強すぎるため、結果として国民負担が増えているというロジックのようです。

ただ、現実には消費税収は約20兆なのに対し、社会保険料は80兆円に達することからも明らかなように、現役世帯にとっては社会保険料の方がはるかに重い負担となっています。

くわえて、政府と国民民主党が「所得税の減税」をめぐって神経質な議論を行っている最中に、「厚生年金の加入拡大」を掲げて乱入してくる無神経さも併せ持っています。

現実には財務省が強すぎるのではなく、むしろ他省庁に対し何もできないほどに弱すぎるのが日本停滞の本質ではないでしょうか。

いずれにせよ「年収の壁」を動かす議論が続いている中、その影響を吹き飛ばすほどのインパクトのある制度改正が、これといった議論のないまますすめられてしまう現状は、大いに問題があると言えるでしょう。

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

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