「飽きたから」政権交代が当たり前の国で。争点は?開票日の現地の雰囲気 ノルウェー総選挙
9月13日はノルウェーで国政選挙が開催される。
投票日は13日(月)だが、自治体によっては投票日を2日間設けることも可能で、首都オスロもそのひとつだ。
12日(日)は急に暑くなったり雨が降ったりと、天気が変わりやすかった。ノーベル平和賞の授与式会場でもあるオスロ市庁舎は、投票会場となっていた。
シーメンさん(36)は6歳の娘と一緒に市庁舎で投票を終えたばかりだった。北欧では投票会場に子どもを同伴させる保護者が多い。
「投票の日なのに人が少ないなとは思いました。どこに投票するかはもう決めていたのでスムーズに投票できましたね」
「自分の権利を使わないと。1票でも影響を与えることはできるから」とトビアスさん(27)とロビンさん(25)は話した。
自分の1票の力を知っているから、悩む人々
ノルウェー全国各地では、各政党がスタンドを立てて市民と政治の話をする行事がある。この期間はおよそ1か月ほどで、政治のおしゃべりや学びが多いこの空間を私は「選挙小屋」と呼んでいる。
選挙小屋には小中高生が社会科の授業の課題として、政党に質問をする習慣がある。選挙期間の最後の週となると、「政党と話せるのはこれがラストチャンス」と、まだ投票権を持っていない若者の姿も増える。特に首都オスロの中心部カール・ヨハン通りでは。
政治家と話す最後のチャンス!未成年も必死に政策を知ろうとする
10日(金)は、インターナショナルスクールのドイツ学校の子どもたちもいて、ノルウェー語で質問していた。
「もっと移民を受け入れるべきだと思うか」
「増税か、減税か」
「有料道路制度に反対か賛成か」
「子どものスポーツ活動にかかる費用をもっと安くするべきか」
全政党分の質問は自分たちで考えて、「ノルウェーで今大事な課題は何か」を学ぼうとしていた。
公約パンフレットは貴重な教材
同行していた社会科のネル・ヨハンネス先生は、各政党から公約パンフレットを集めていた。「政党の公約冊子を資料として学校で学ぶ」というのはノルウェーではよくあることだ。
国政選挙で投票できるのはノルウェー国籍(つまりノルウェーのパスポート)を持っている人なので、私のような移民の立場にいる人は、多くが投票できない(地方選挙では可能)。このドイツ学校でも、似たような子が多いのではないかなと思った。
投票する権利があるかとか、関係ない
聞くと、ドイツ学校では18歳になった時に選挙権を持っている子もいればいない子もいるそうだ。
ヨハンネス先生「選挙権を持っていなくても、政治の勉強をすることは大事だと思います。自分の考えはどうだろう」と考えるきっかけになり、ノルウェー社会にはどういう課題があるのかを知ることは大事ですから」
「石油」「気候」はノルウェー政治では常に争点
子どもたたちの質問には必ず「気候・環境」という言葉があり、気候は今年の選挙の争点のひとつだ。排出量を減らす議論になると、ノルウェーは石油産業を今後どうしていくべきかという話になる。質問を書いた紙にも「石油」という言葉があった。
ブルーノさん(13)「たくさんのものが石油でできているから、大事な質問。でも気候を汚染している。進歩党は、石油とガスのお陰で裕福になれているから、もっと石油を掘るべきだと言っていた」
ニコラスさん(12)「でも石油は環境に悪いよね。だから問題は排出量を減らしながら、どうやって生活の質を下げずにできるかだと思うんだ」
ちょくちょく変わる争点
ノルウェーの選挙期間中は争点が何度か変わることがある。昨年から今年中旬までは、大都市と「周縁」地域とも呼ばれる、「地方の声」が注目を集めていた。
地理的に縦に長いノルウェーでは、大都市に住む人と、小さな規模の自治体に住む人とでは求めるものが違う。その地方在住者や農家から支持が大きいとされる「中央党」が、今選挙で大きく支持率を伸ばすだろうという支持率調査は何度も出ていた。
中央党は本来は労働党と連立をして、左派からの首相は労働党から出るのが通常。だが、中央党の支持率急上昇により、中央党は自分たちの党首を首相候補として挙げた。
しかし、その後争点は変わってしまい、中央党が首相候補を出すという戦略は失敗だったとも言われている。
国連の報告書が選挙の空気を変えた
争点が変わったのは8月。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が8月9日に発表した報告書がきっかけで、一気に気候問題がニュースの中心となった(参考:BBC)。
結果、選挙前の支持率調査では気候政策を強く訴える小規模の政党たち(緑の環境党、自由党、左派社会党、赤党)が数字を伸ばし始めた。この国では気候や石油問題は、右派左派ではなく、「雇用・経済維持のために石油発掘を続けたい大政党」か、「気候危機をより心配する小政党」かで考えたほうが理解しやすい。
8月中旬に発表されたアフテンポステン紙の調査では、市民が「国会選挙で自分にとって最も重要なこと」と回答したトップ5が、
- 社会格差
- 環境
- 保健
- 税金
- 労働市場
社会格差や労働市場のテーマは、コロナ禍の影響もあり、経済格差を減らしたいという市民は赤党や左派社会党をより支持する。
税金というのは、現在の中道右派の政権から中道左派に変わると、富裕者層が支払う税金が上がることが論点だ。
保健では、大人は全額負担となっている歯科治療費の減額などが話題となっている(医療費は基本的に無料だけれど、歯医者だけ大人は自己負担の国)。
ノルウェーでは様々な政治分野のバランスがとれた伝統的な大政党よりも、特定の分野に特化した小規模の政党に投票して、大政党の凝り固まった意識を変えて、新しい風を吹き込もうという動きが強い。
また「政権交代が当たり前」の国で、「保守党の連立政権が2期、つまり8年も続く」と、「もう、そろそろいいでしょう」という空気になる。
「もう、そろそろ別の政権を見てみたいなあ」空気
日本の人には考えにくいかもしれないが、右派左派どちらがいいか、現政権が良い仕事をしたか、とかは関係なく「飽きたから」が政権交代の真っ当な理由となるのだ。
この国は保守党の連立政権でも、労働党の連立政権でも、実際は「そんなに生活は大きく変わらない」「この国がおかしな方向に走るわけではない」という認識がどこかにあるから。
それは右派も左派も、これまで政権経験を積んできているから、どっちになっても安心ということもある。また両派にも実際は「ひとつの権力が、長く政権に座り続けるのは良くない。ずっと与党だと疲れちゃう」というような認識も実はある。
政権交代がよくあるほうが、
両派も経験を積み、
時に休憩できるし、
競い合うことで刺激され、互いの政策がさらに良いものになるし、
いずれにしても良い国づくりにつながる、
という輪が支持されている。
だから今年の争点が何だったにせよ、コロナがなかったとしても、もう現政権は8年も続いたのだから、政権交代には恐らくなるのだ。
中道左派政権では、どの論点が国家予算の中心になるかを決める選挙
本当の争点は「労働党の連立政権になったら、連立するどの小さい政党がどれほどの議席を増やすか」になる。
例えば、緑の環境党の議員が増えれば石油開発をいずれやめたいという動きに少しは近づくし、赤党や左派社会党なら格差改善(金持ちはもっと税金払ってね)、中央党なら地方や農家のサポート(都市ばかりに権力を集中させない)など。
小政党たちがどれほど議員を増やすかで、お父ちゃん的な労働党は国家予算をどうしていくか頭をひねることになる。父ちゃんに求められるのは家族のまとめ役、リーダーシップだ。
という風に、実は現地で前から流れている空気は、「政権交代にはなるでしょう。だってソールバルグ首相はもう8年も頑張っちゃったし。今までの歴史上、3期はまず不可能。2期(4年×2回)頑張っただけ、すごいすごい」。
保守党やソールバルグ首相のこれまでの頑張り、コロナ禍での評価とか関係なく、もう8年も国のトップをしたなら、「同じ政党がずっと権力のイスに座るのはよろしくないので、そろそろ交代の時期ですね」という国なのだ。
だから、もしソールバルグ首相側がまさかの再選なんてことになったら、ノルウェーの人たちはびっくり仰天するだろう。私もびっくりだ。
報道する側からすると、今回はもう「政権交代だろうなぁ」という「この伝統は変えられないだろう」という空気がどわーんと流れているので、4年前と比べると、どきどき感があまりない。
今夜、開票結果が流れ始めるころは、私は労働党の会場にいて、次の首相であろうストーレ党首の写真を撮影しているだろう。
これでソールバルグ首相がまた4年頑張ることになったら、本当にびっくりだけど。そうしたら「政権交代が当たり前の国」の常識をくつがえすことになる(そして私は、「なぜ保守党の会場に行かなかったんだ!!!」と自分の予想外れにびっくりしているだろう)。