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NATO加盟国ノルウェーで語られる核兵器と平和のジレンマ

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
「オスロ平和の日」という垂れ幕が飾られたノルウェー 筆者撮影

核兵器の話題になると、ノルウェーでは必ず「NATO」の存在が言及される。

ノーベル平和賞の期間中、首都オスロで開催された被爆証言の会では、オスロ元市長のマリアンネ・ボルゲン氏が登壇した。核軍縮や子どもの権利を長年訴え続けてきた彼女は、平和首長会議にオスロが参加する原動力となった人物でもある。

「核兵器は必ず子どもを傷つける」と語る彼女の姿勢は一貫している。

「もし今日、私たちが子どもたちに希望を与えられないなら、大人たちは立ち上がり、政治家たちに圧力をかけるべきです。私たちにはやるべきことがあります」

核兵器の標的は都市である。そのため、ボルゲン氏は「自治体こそが核兵器の議論に参加すべき」とも主張した。

マリアンネ・ボルゲン氏(左)筆者撮影
マリアンネ・ボルゲン氏(左)筆者撮影

「数年前、オスロ市議会で核兵器について議論を始めた際、多くの政治家が『これは国際政策の問題で、地方自治体の仕事ではない』と言いました。しかし、私はそうは思いません。都市こそが攻撃対象になるのですから、地方自治体もこの議論に積極的に関わるべきです」

この視点は、日本でも共有されるべきだろう。核兵器の議論のキーパーソンを政府や広島・長崎だけと捉えず、全国の自治体が主体的に関わったほうがいいのではないか。

NATO加盟国としてのノルウェーのジレンマ

ノルウェーは平和賞を祝いながらも、NATOの傘の下での安全保障を肯定的に捉えている。ロシアの脅威が増す北欧では、「核兵器は必要悪」とする声が政界で強まっている現状がある。

ボルゲン氏も、母国の現状に対して警鐘を鳴らす。

「現在の政策では、原爆や核兵器の恐ろしさについて語られることが少なくなっています。私たちは団結し、孫や子どもたち、未来のために行動しなければなりません」

その一方で、NATO加盟国であるノルウェーでも、核戦略に対して批判的な視点を持つことは可能だとも語った。

「NATOの一員として核戦略に質問を投げかけることで、ノルウェーは重要な役割を果たせるはずです。たとえNATOのメンバーであっても、核軍縮を進めることは矛盾しません」

「核兵器は平和のために必要だ」と説く人が増えるノルウェーでは、ボルゲン氏のような政治家が増えるかどうかが鍵となるだろう。

「政治家が『これは私たちを守るためだ』と言う言葉を鵜呑みにしてはいけません。それは真実ではないからです。真実は、核兵器が決して私たちを守らないということ。そして、もし『使わないために保有している』と言うならば、なぜ使わないものを持つ必要があるのでしょうか。私たちはこのような兵器が存在しない世界を目指さなければなりません」

執筆後記

14歳で広島で被爆した橋爪文(はしづめ ぶん)さんの体験談は、多くの人々の心に深く刻まれるものだった 筆者撮影
14歳で広島で被爆した橋爪文(はしづめ ぶん)さんの体験談は、多くの人々の心に深く刻まれるものだった 筆者撮影

この小さな図書館の一室にいた人々、特にオスロ市民にとって、この夜の時間は特別な体験として心に残ったことだろう。

ボルゲン氏が語るように、ノルウェーでは核の恐怖を語る声は和らぎつつある。しかし、だからこそ今、リーダーたちは問う必要があるのではないだろうか。被爆者たちの言葉を直接聞いた後も、同じ考えであり続けるのかと。

核兵器が使用された時の責任は誰にあるのか。その答えを見つけるために、こうした証言の場がさらに広がり、核兵器の矛盾について真剣に議論する機会を増やすことが不可欠だ。そして、被爆者の方々が子ども時代に体験したことを、未来の子どもたちに再び体験させてはいけないことを、私たちはもっと強く認識するべきだろう。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在16年目。ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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