浦島太郎が見たG7広島サミット
フーテン老人世直し録(699)
水無月某日
フーテンは2か月間ほど入院生活を送っていたためいわゆる「浦島太郎状態」である。全く情報がなかったわけではないが、病気治療に専念して限られた情報にしか接触していない。その中で不思議に思ったのは岸田総理の支持率がG7広島サミットで急上昇したことだ。
新聞とテレビの情報に毎日接触している国民には、G7広島サミットで岸田総理が「指導力のあるリーダー」に見えたことになる。新聞とテレビの報道に毎日接触していなければおそらく出てこない評価だと思う。
新聞とテレビの報道に毎日接触しなかったフーテンには、G7広島サミットの主役は直前になって来日が決まったウクライナのゼレンスキー大統領で、岸田総理はゼレンスキーに主役の座を奪われ、指導力を発揮できずに終わったように見えた。
それでも国民が岸田総理の指導力を印象づけられたとしたなら、それは新聞とテレビの報道のためとしか思えない。新聞とテレビは今回のG7サミットの本質的な問題より、雑多な情報を国民に提供して印象操作を行い、それによって国民はリーダーとしての岸田総理を印象づけられた。
フーテンのこれまでの経験で言えば、欧米のメディアがG7を記事にすることはほとんどない。「サミット(頂上)」というといかにも重要な会議に思えるが、実態は各国首脳が自分の人気取りに利用するだけで、中身のない場合が多いからだ。ところが日本だけはG7を毎回大々的に報道してきた。
記者もG7を取材すると一段と偉くなったかのような錯覚に陥る。フーテンには日本人の中に明治以来の「欧米に追い付き、追い越せ」がいまだに染みついていて、田舎者の意識から脱け出ていないように思えていた。
ただし昨年来のG7はそれまでとは全く意味合いが異なる。ウクライナ戦争が勃発し、G7はウクライナを支援する一方、ロシアに経済制裁を課して敵対し、戦争の一方の当事者となった。そのことによって世界はG7先進国対ロシアや中国など新興国の2つの勢力に分かれ、第三次世界大戦の危機が囁かれている。
ウクライナ戦争とG7開催の時期を考えると、興味深いことに気付かされる。昨年の議長国はドイツ、今年が日本であることだ。ドイツと日本は米国にとって今でも特別な意味を持つ。ソ連崩壊の翌年、1992年に作成された米国防総省の機密文書には、米国の敵としてロシア、中国と並び、ドイツと日本の名が記された。同盟国でも日独は真の仲間ではないのである。
クリントン政権下のIT革命で米国が双子の赤字から脱した時、グリーンスパンFRB議長は会見で「これで米国は2度とドイツと日本に負けることはない。なぜならドイツも日本も米国と比べ労働力の流動性に乏しい」と発言した。
つまり日独の雇用慣行は似ていて、米国とは異なるという意味だ。するとまもなく日本に「終身雇用制」に対する批判が巻き起こり、小泉政権下で派遣社員制度が奨励され、あっという間に日本は格差社会に陥った。
それほどに米国は日独を特別視している。ドイツのショルツ首相は社会民主党出身のハト派政治家である。日本もハト派と言われた宏池会出身の岸田総理で、この2人が相次いでG7議長を務めることになった。
ウクライナ戦争は民主主義を標榜するG7と専制国家ロシアとの戦争である。G7議長は積極的にウクライナ支援を行わなければならない。ショルツ首相は当初は渋っていたが、ついに武器支援に踏み切り、性能の優れた戦車をウクライナに提供することにした。
岸田総理も議長になることが分かっていたから、ロシアを痛烈に批判し、米国との同盟強化を打ち出さざるを得ない立場だ。ろくな議論もないまま防衛費のGDP2%拡大が決まり、「5年間で総額43兆円の防衛費を確保する」と岸田総理は明言した。財源の裏付けがないままの、誰かから命令されたとしか思えない発言である。
これまでの経験で言えば、岸田政権はバイデン政権の米国から次々に米国製兵器を買わされる。そういう形で来年の米大統領選挙のバイデン再選に協力させられるのだ。米国から新型兵器を買うため、日本は現在持っている兵器をアジア各国に中古品として輸出する方策が模索されているという。
とにかく米国から見れば、ドイツと日本が相次いでG7議長国を務めるタイミングは、この両国が建前としてきた「平和主義」を突き破り、米国の安全保障戦略の一翼を担わせるのに絶好だった。そのためかねてからの傀儡であるゼレンスキーにロシアを挑発させて戦争を起こさせた可能性もあるとフーテンは見ている。
岸田総理が広島でG7を開こうとしたのは、被爆地出身の総理であることを世界にアピールし、また自らが外務大臣として実現した7年前のオバマ米大統領の広島訪問が、国内外から評価されたことが念頭にあったと思われる。
ではG7は「核廃絶」や「核軍縮」につながるサミットになったのか。全くそうは思わない。そもそもフーテンは7年前のオバマ米大統領の広島訪問を評価する気にならない。あれは当時の安倍政権に「核武装」を考えさせないための儀式だったと、知日派の米国人政治学者が主張している。
知日派の政治学者とは、ケント・カルダー・ジョンズ・ホプキンス大学教授で、高等国際問題研究所エドウィン・ライシャワー東アジア研究センター長である。民主党系の政治学者で東京の駐日米国大使館に勤務したこともある。
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