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岸田総理が吹かせた解散風は安倍派潰しが目的だ

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(701)

水無月某日

 自民党の萩生田政調会長が岸田内閣を批判した。萩生田政調会長は安倍元総理が銃撃に倒れた後、岸田総理が安倍派の中から一本釣りするように党の3役に据えた人物で、最大派閥安倍派会長を継ぐ最有力候補と見られている。

 それが17日に開かれた自民党鹿児島県連の会合に、地元選出の森山裕選挙対策委員長と共に出席し、「岸田政権は一生懸命やっているが、あえて一点だけ批判させていただく」と前置きし、地方議会の予備費支出決定と国の補正予算成立の時期がずれていることを指摘、「地方の感覚が欠如している」と批判した。

 「自分と森山(裕)先生は地方議会出身者だからそれが分かる」と選挙対策委員長を持ち上げた発言にも見えるが、それなら岸田政権を批判する必要はない。地方議会出身者と言えば、正面から岸田総理を批判する菅前総理もその一人である。

 萩生田氏はこのタイミングで岸田総理に弓を引くポーズをとった。なぜか。フーテンはその背景に岸田総理が解散風を吹かせた翌々日「解散はやらない」と打ち消したことが関係すると見ている。

 岸田総理はそれまで「考えていない」としてきた衆議院解散を、13日の記者会見で「よく状況を見極める」と発言した。メディアは「野党が不信任案を提出すれば解散に踏み切る意味」と色めき立ち、解散風が突風のように永田町を襲った。

 しかしフーテンは岸田総理が何かを楽しむような表情で発言したのを見て、裏に策略があると感じた。本気で解散に応ずる気もないのに内閣不信任案提出をちらつかせる野党に脅しをかけ、解散風で議員たちを浮足立たせて残された法案採決を急がせ、そして本当の狙いは「安倍派潰し」にある。それがフーテンの見方である。

 11日に開催した「オンライン田中塾」で参加者から解散についてどう思うかを問われ、フーテンは「まず公明党が反対しているのに解散するだろうか。それに4月の補欠選挙の結果を見ると決して自民党は強くない。低投票率に助けられただけだ。しかし野党の状況を見れば与党が負けることはない。岸田総理が解散で狙うのは自民党の党内力学を自分に有利にすることだと思う」と話した。

 第4派閥の宏池会が第1派閥になるのは時期尚早だが、第1派閥の安倍派を弱体化させることができれば解散の意味はある。メディアは世論の支持率が高ければ解散すると言うが、世論の支持率など当てにならない。G7の後に支持率が急上昇したのは、メディアへの露出度が多くなり、またメディアが成功と騒いだためで、それ以上でもそれ以下でもない。

 解散風を「安倍派潰し」とフーテンが見るのはLGBT法案を巡る動きである。この法案には安倍元総理の岩盤支持層が強く反発した。「国のかたちが変わってしまう」というのがその理由で、「米国から押し付けられた法案」であることにも反発していた。

 フーテンは安倍元総理の岩盤支持層と考えを一にするものではないが、この2つに関しては納得する。エマニュエル米駐日大使がG7開催を利用して強烈に法案成立をプッシュしていたことは事実だ。法案には米国の意図がある。それは冷戦後の米国が日本を自分たちに都合の良いように変えようとする対日政策の一環だ。

 安倍元総理に負けず劣らず「対米従属」の岸田総理である。米国の命令ならLGBT法案の成立は「マスト」だった。もっとも岸田総理だけではない。冷戦後の日本の政権は、憲法9条があるため軍事も経済も米国の言いなりになるしかなく、小泉政権以降は次々に「国のかたち」を変えられてきた。

 日本型経営の血管部分と言われた銀行を米国のハゲタカ・ファンドに差し出し、労働力の流動化を図れと米国に命令され派遣労働者を増やして格差社会を実現させられ、集団的自衛権行使のために憲法解釈も変更させられた。

 G7議長であるが故に岸田総理は米国の命令に背くことができない。ウクライナ戦争を利用し防衛費を大幅増額して米国製兵器を買わされ、日本製砲弾をウクライナに提供する手立てを考えさせられているが、それと同様にLGBT法案の成立も「マスト」なのだ。

 これまで米国の要求を受け入れてきた安倍元総理の岩盤支持層が、LGBT法案だけは認めないと強硬だった。それを利用して岸田総理は「安倍派潰し」に動いた。解散風を吹かせれば議員たちはまず自分が執行部から公認を得られるかを考える。選挙に弱い候補者は執行部の言いなりになるしかない。

 一方で選挙に弱い候補者にとって岩盤支持層の支持を失えば選挙は絶望的だ。LGBT法案に反対する安倍派議員にとって解散風は踏み絵を踏まされる話だった。結果、13日の衆議院の採決では安倍元総理から特別優遇されてきた杉田水脈議員が本会議を欠席、高鳥修一議員が途中退席した。しかし他に10名以上が同調するはずだったという。それが解散風で切り崩された。

 15日の参議院本会議では安倍元総理に近い青山繁晴、和田政宗両氏と、山東昭子氏の3人が途中退席した。安倍派の世耕弘成参議院幹事長は「党議拘束しているのだから処分が必要になる」との認識を示す。参議院でも10人以上が同調するはずだったと言われている。

 山東議員を除けば、採決に加わらなかったのは安倍元総理の主張に近かった政治家たちだが、それが党議拘束に反したとなれば、次の選挙で不利益な扱いを受ける可能性がある。特に比例順位で安倍元総理から優遇された杉田議員は落選する可能性もある。

 同時に議員たちが解散風で浮足立つ中、10増10減の新制度で注目されていた新山口3区と親和歌山1区の公認候補が発表された。新山口3区は安倍昭恵氏の嘆願かなわず、林芳正外務大臣の公認が決まり、安倍元総理の後継者である吉田真次議員は比例に回された。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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