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今夜放送『千と千尋の神隠し』で、ぜひ確認を! 湯婆婆が営む湯屋「油屋」のすごい経営方針!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。

1月7日の「金曜ロードショー」は、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』。

人間が入ってはならない世界に迷い込んだ千尋は、神々の集う湯屋「油屋」で働くことになり……という、何度見ても楽しいお話だが、今夜の放送でぜひとも確認してほしいことがある。

それは、「油屋」の経営方針。

この湯屋には、神さまたちが連日訪れ、たいへん賑わっている。商売繁盛のポイントはどこにあるのだろう?

食事もまことにうまそうだが、筆者が思うに、最大の魅力は風呂ではないか。ヒジョ~に気持ちよさそうな薬湯で、顧客満足度は相当高いと思われる。

ここではその実態を考えてみよう。

◆功労者は、まっくろくろすけ!

不思議の世界に迷い込んだ千尋が、ハクの薦めで訪ねたのは、釜焚きの釜爺のところだ。

そこで釜爺は、せっせと湯を沸かし、薬効成分の調合に励んでいて、ものすごく忙しそうだった。

6本の腕を休みなく動かして棚の引き出しから薬を選び取り、薬研でゴリゴリ擦り砕いて湯に投じ、ボイラーの圧力調整らしきレバーを操作し、用途不明の回転ハンドルを回し、石炭運搬係のまっくろくろすけを叱咤激励し……。

6本の腕を持つ釜爺だからこなせる激務であり、このじいさんこそ、油屋繁盛の功労者であろう。

そして、しみじみ感動するのが、まっくろくろすけたちの働きだ。

彼らは、針金のような細い腕で、自分の体の2倍ほどもある石炭を懸命に運ぶ。相当な重労働と思われる。実際、まっくろくろすけたちは、しばしば石炭の下敷きになっていた。

彼らが運んでいた石炭は、ほぼ円柱形。

千尋の靴のサイズを22cmと仮定して画面で計ると、直径18cm、厚さ6.5cmである。石炭の平均密度から計算すると、重さは2.2kg。

まっくろくろすけの腕の太さはせいぜい2mmほどしかなく、これで2.2kgを持ち上げるのは、腕の直径が8cmの普通の人間が、体重3.6tのインドゾウ(やや小型)を持ち上げるのと同じ。モーレツに大変だ。

まっくろくろすけたちは、この重い石炭を、炎を浴びんばかりの距離まで近づいてから、釜に投げ込んでいた。

その体色を考えると、これは気の毒だ。黒い色は放射熱を吸収しやすいから、かなり暑いだろう。体を白く塗ったほうがよいかも……。

◆どれほどのお湯を使ったか?

そして注目のエピソードは、オクサレ様のご来館だ。

もう全身ドロドロ! 一歩踏み出すごとに自重で足元から濁った紫色の水がニジミ出る。立っているだけなのに体からメタン(と思われる)がボコッと噴き出し、あたりは汚泥で埋まっていく。

オクサレ様が浴槽に入ると、たちまちお湯はヘドロのようになった。

千尋は、何度もお湯を継ぎ足すうちに、その体に何かが刺さっているのを発見。従業員総出で引っ張ると、それは自転車のハンドルだった。

続いて、絡まりあった粗大ゴミの山が引きずり出される。

すると、お客さまはみるみるきれいになり、その正体を現した。オクサレ様ではなく、名のある河の神だったのだ。

河の神がドロドロになっていたのは、人間が川を汚したから。神様は「よきかな~」と満足してお帰りになるのだった。

見ているだけで爽快になる名場面だが、気になるのは、このとき放出されたお湯の量だ。

千尋がゴミと格闘するあいだじゅう、溢れかえっていた。いったいどれくらいのお湯が注ぎ足されたのだろうか?

千尋の身長を150cmと仮定して測定&計算すると、浴槽の直径は7.2m。

溢れたお湯は、浴槽の縁から目測5mほどのところにいる従業員の足元を、深さ20cm、秒速1m前後の流れとなって広がっていった。

ここから計算すると、お湯は毎秒10.8tずつ溢れ出したことになる。

劇中、溢れ続けた時間を測ると、2分43秒。ということは、総量1760tのお湯が注がれたのだろう。25mプール4杯分だ。

東京都の水道料金を基準に計算すると、水だけで34万5980円もかかっている!

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆釜爺を48人ほど増員しよう

たった1人のお客に、これほどふんだんに湯を使うとは、お客様ファーストの湯屋である。

とはいえ、それは湯婆婆の経営方針というより、千尋のがんばりによるもの。カオナシが密かに高価な薬の札を渡してくれたことも、隠れた功績だった。

そして同時に、あらためて給湯部隊の苦労が偲ばれる。

お湯はすぐには沸かせないから、釜爺は普段から1760tくらいのお湯を用意しているのだろう。

だが、この環境で毎日1760tものお湯を沸かすのは、とても大変だ。湯殿まで樋で流すあいだに冷めることを考えれば、50度には加熱しなければなるまい。

元の水温が20度なら、発生した熱が100%利用されたとしても、9.8tの石炭が必要になる。1個2.2kgなら4400個だ。

まっくろくろすけが総勢50匹いたとしても、1匹あたり88個を運び、火に投げ込まなければならない。自分がつぶれるような大荷物を抱えて、炎のすぐそばまで、毎日毎日……。

釜爺にしても、大量の薬を調合する必要がある。

温泉法では「温泉には、お湯1kgあたり総量1g以上の溶存物質が含有されなければならない」と定められている。

油屋のお湯にも同じ割合で薬が含まれているとしたら、釜爺がすりつぶす薬は1日1.76t。1秒に1gずつ擦り砕いても490時間かかる。

1日10時間の労働の場合でも、釜爺が49人必要なのだ。現行の体制では全然足りません!

油屋の繁盛を支えていたのは、釜爺とまっくろくろすけたち、現場でがんばるヒトビトであった。

経営者の湯婆婆には、彼ら給湯チームの待遇を即刻改善してもらいたい!と切にお願い申し上げる。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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