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洪水の中をどう歩く? 流れがある時の「徒歩移動」の判断基準

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
流れの中で歩くことができるか?膝上で危険(画像制作:Yahoo!JAPAN)

 大雨特別警報の中、避難の必要に迫られ、流れのある洪水の中を緊急的に歩かなければならない時があります。例えば車の運転中に冠水が始まり、車から降りて緊急的に近くの建物に避難しなければならない時。あるいは家の隣の、より高い所に避難しなければならない時。流れの中を歩けるかどうかの判断基準について解説します。

 水の流れは危険です。洪水時には河川からあふれた水が襲来するわけですから、流れがあって当然です。この流れに体が流されてしまうと、より深い場所に連れていかれてしまい、背が立たずに溺水することがあります。だからこそ、この判断基準は自分の命を守るためにたいへん重要な意味を持ちます。

 カバーイラストは、流れの速さが秒速1 mだと仮定しています。洪水が襲来している最中です。平坦な場所を歩いているのであれば、水の深さが人の膝下までなら流れに逆らって歩けます。膝上から腰下までの深さだと流れに逆らって歩けません。ましてや坂道ですと膝下より浅くても流されてしまいます。要するに冠水時で流れがあるときに、どうしても歩かなければならないのであれば、平坦で深さが膝下であることを一つの基準にします。

平面水底では

 動画1を見てください。膝下までの水深なら、安定して立つことができます。流れに逆らって、少しずつならば歩くこともできます。逆に流れていく方向や流れを横断する方向でも歩くことができます。ただし、流れていく方向に歩くときには、足元をすくわれやすいので細心の注意が必要です。

動画1 膝下までの水深で流れの中を歩く様子(自動録画により筆者撮影)

 

 動画2を見てください。腰下までの水深だと、安定して立っていることが困難になります。流れに逆らって前に進むことができません。さらに、踏ん張ろうとして少しかがんで腰の位置が水面より低くなったところで流されてしまいます。つまり、人は腰を水面に出すかどうかで流されずにすむかどうかが決まります。

動画2 腰下までの水深で流れの中で立っている様子(自動録画により筆者撮影)

 腰下の水深では、上流側に背を向けることはできません。少しでも方向転換しようとすると、たとえ腰が水面上にあっても流されてしまいます。すなわち、膝上から腰下までの水深では、その場を動かずに上流に向いて踏ん張って救助が来るのを待ちます。

傾斜水底では

 少しでも傾斜がついている坂道では、どのような深さでも人は流されてしまいます。特にそういうところに知らずにはまり込んでいる場合があるので要注意です。膝下くらいの水深でも水が濁っていると水底の様子がわかりません。平坦箇所を歩いているつもりでもいつの間にか傾斜のついた道路を歩いているかもしれません。そういう場合はそれまで流されずに安定して歩けたのに、いきなりバランスを崩して流されてしまうこともあります。冠水して流れがある場合には、「ここは平坦で傾斜もくぼみもない」という確信がない限り、歩き回らず、歩くのであれば必要最小限の範囲内にします。

 坂道だと、流れにそって転がりくる石などがあります。こういった石が足に当たれば、その衝撃で倒れてしまい、体が流されるきっかけとなります。動画3をご覧ください。大きさ15 cmくらいある丸みを帯びた石の集団があります。それが流れによって流れ出す様子がわかります。このとき、下流にいた筆者は流れてくる石に殺されてしまうような恐怖感を覚えて、この実験水路から緊急避難しました。

動画3 石が水の流れによって転がってくる様子(筆者撮影)

 この実験水路で秒速3 m、水深10 cmに設定して歩いてみました。動画4をご覧ください。水深はくるぶしくらいなのですが、足に当たった水が腰の高さまで跳ね上がっている様子がわかります。さらに手すりを持っていないと体のバランスが不安定になり、前進できない状態です。洪水は低いところを目指していきます。坂道では当然このような流れも想定しなければなりません。

動画4 くるぶし程度の水深で秒速3 m流れの中で前進する様子(自動録画により筆者撮影)

おわりに

 流れのある洪水の中をどうしても歩かなければならない時は、緊急的な避難時です。時間に余裕があるのであれば、冠水した屋外を出歩かないのが基本です。

 以上の実験はあくまでも大人の人体を対象にした話であって、体の小さい子供の場合には子供の膝下であっても流される危険があります。大人の膝下であったとしても、子供は水に浸けてはいけません。子供にとっては腰以上の水深になり、手を引いての歩行でも流されるのが当たり前だと考えなければなりません。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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