子どもの車内熱中症、親が存在をうっかり忘れることも ケースごとの対策を紹介
「暑い中、子連れで買い物にでかけたら、気づいたら後部座席で子供が爆睡。買うものも決まっているし起こすとぐずりそう。短時間だし、車内に子どもを置いて買い物に行ってしまおうかな?という気持ちが頭をよぎった」
「仕事帰りに子どもを保育園にお迎えに行き、連れて帰る途中で子供が爆睡。自分はやり残した仕事のことで頭がいっぱいで、気づいたら子どもが乗っていることをうっかり忘れていた自分に気づいてひやりとした」
子育てをしているとこんな経験をしたことはありませんか。
梅雨が明けて、猛烈に暑い日が続いています。保護者の皆さんからは、乳幼児の熱中症対策について聞かれることも増えてきました。
そこで先日コロナ禍の熱中症について記事を書きました。
この中で乳幼児の熱中症のリスクが高い状況とは「車内熱中症」だとお話ししました。
車内熱中症はとにかく危険です。気を付けなくてはいけません。
でも、「あなたは車内に子どもを残しますか?」と聞かれて「はい」と答える保護者はいないでしょう。車内に残してはいけないとわかっている保護者は多いと思います。
にもかかわらず冒頭のエピソードのように、日常のありがちな場面に「車内に子どもを置き去り」の危険は潜んでいます。
そこで今回は車内熱中症について、もう少し詳しく掘り下げてみたいと思います。
駐車した車内は「気温35度・15分」で人体に危険なレベルに
さきほどの記事にも書きましたが、米国では、2004~2018年に748名の子どもがが熱中症で死亡し[1] 、このうち車内熱中症で死亡した児の数は583名と報告されている通り[2]、子どもの重い熱中症は自動車内で起きています。
またJAF(日本自動車連盟)によると、気温35度の戸外に駐車した車内では、エンジン停止後ぐんぐんと温度が上がり、15分で人体に危険なレベルに達するとされています[3]。
一方で、子どもを車内に一人で残しておくことは、特に幼い子供の場合にはそれが命に係わるリスクを背負わせることになるという意味で虐待(ネグレクト)とみなされる可能性があります。実際、スーパーやパチンコ店では、子どもが車内に取り残されていないか見回る取り組みをしているところもあります。
10分の買い物で済むつもりが気づいたら20分、30分と延びてしまう可能性は十分にありますので、たとえ短時間の買い物であっても子どもを車内に残さないルールを徹底することは大切です。
では、買い物などで意図的に子どもを置き去りにしなければ車内熱中症は起きないのでしょうか。実は意図的ではない要因が2つあるのです。この2つについて説明したいと思います。
ガレージに駐車中の車に子どもが乗り込んで熱中症に
まずひとつ目ですが、「ガレージの車に子どもが自分から入り込んでしまうこと」です。
2019年に沖縄で、3歳の女の子が住宅敷地内に駐車してある車内で倒れているのを家族が発見し、病院に救急搬送されましたが亡くなってしまいました。死因は熱中症でした。
車内で3歳死亡、死因は熱中症 自分で入り込んだか 那覇市の気温は32度(沖縄タイムズ 2019年8月25日)
こうした熱中症のケースはまれではありません。米国で1995年から2002年までに熱中症で死亡した5歳未満の児171名について調べたところ[4]、うち46名(27%)はかぎの掛かっていない車に入り込んで遊んでいる間に亡くなっていました。
このうち1/3以上は車内にいた時間は1時間以内だったと報告されています。その間親はちょっと休んでいたりシャワーを浴びていたとのことですが、ふと目を離している間に小さな子が冒険して自宅の車に乗り込み、出られなくなってしまったのでしょう。
想像するだけで胸が痛くなります。
しかしこれを防ぐ方法はあります。ガレージに子どもだけでアクセスできないようにしたり、自宅に停車中の車にはロックをかけておくことです。車のドアをロックすることは、防犯だけでなく、子どもの安全を守ることにもつながるのです。
大事な子どもの存在が頭から抜け落ちることがある
もう一つは何でしょうか。
それは「親自身が子どもの存在をうっかり忘れてしまうこと」です。そんなバカな、と思われるかもしれません。
2020年6月、茨城県で父親が2歳の女の子を保育所に預けたと思い込み、車に乗せたまま仕事に出てしまい、その間に女の子が熱中症で亡くなる事故が起きました。
「仕事考え、忘れた」 父親が話す 車内放置の女児死亡(朝日新聞 2020年6月18日)
大変痛ましい事故で記憶に新しい方もいらっしゃるかと思います。でも、この事例も決してあり得ない話ではないのです。
先ほどの米国の研究[4]では、亡くなった子のうち、かぎの掛かっていない車内に入り込んだ46名を除いた125名のうち実に半数強の68名が、大人がうっかり子供を乗せているのを忘れているか、気づかなかった場合に発生していました。このうち32名は大人が保育園に連れていくつもりがそのまま存在を忘れて仕事場に行ってしまい、子どもが後部座席で置き去りにされてしまった結果起きていました。
小さなお子さんをお持ちの保護者の皆さんは、自分は愛情を注いでいるから関係ない、と思われるかもしれません。
でも、おそらくこの32名の子どもの保護者も皆そう思っていたに違いありません。
では、どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。
ストレスが記憶に悪影響を及ぼす可能性がある
そのことに関連して、ストレスが作業記憶に影響を及ぼすことを示した研究があります[5]。成人男性を2つのグループに分け、片方にはストレス負荷をかけ、もう片方にはかけない状況で記憶に関するテストを繰り返し、作業記憶について評価をおこなったところ、ストレスを負荷したグループでは大幅に作業記憶が低下していたという結果でした。
ほかにも複数の研究で、ストレスは記憶に悪影響を与える可能性があることが示唆されています。
思い当たる方もいらっしゃるかもしれません。何かに夢中になったり、深刻な事態やとても幸せなできごとがあったりすると、注意が散漫になってしまう傾向です。
疲れがたまっているときや、睡眠不足の場合にも起こりやすく、こうした条件は、そのまま子育て中の保護者の置かれた状況にあてはまるのではないでしょうか。
ストレスを抱えていたり日常生活が忙しいことは、親の記憶に影響を与え、結果として親が子どもを車内に置き去りにしてしまうことも十分にありうるのです。
このような例が後を絶たないことから、海外では、こういった事例をForgotten Baby Syndrome(忘れられた赤ちゃん症候群)と呼び、注意喚起しています。
下のリンクはアメリカのABCニュースです。実際のエピソードが複数紹介されています。決して愛情がない親だから起きたわけではないことがよくわかります。
'Forgotten Baby Syndrome': A Parent’s Nightmare of Hot Car Death(英語)
このように車内熱中症を防ぐには、意図的な置き去りだけを考えていては防げません。
そして、事故は「気を付けよう」だけでは防ぐことができません。忘れてしまう可能性も考えてどのような対策がとれるのか、考えてみたいと思います。
後部座席を確認する習慣をつける
自動車メーカー側はこの問題に対して問題意識を持っており、欧州では、2022年から自動車の安全性能評価試験(EURONCAP)で、生体の存在を検知できるレーザーセンサーを活用した幼児置き去り検知機能が評価の対象に追加される予定です。
とはいえ、これらの技術が身近になるのはまだもう少し先になりそうです。
個人でできる取り組みとしては、事故予防(傷害予防)啓発の活動に取り組む米国の非営利団体KidsSafeWorldwideの提案が参考になるので紹介します[6]。
・車から降りるときに必ず後部座席を確認する習慣をつける。
・後部座席の助手席側にチャイルドシートを置き、運転席から確認しやすくする
・後部座席に財布や携帯電話、ハンドバッグなど大事なものを置く。
・駐車のたびに後部ドアを開ける習慣をつける
・夫婦で送迎の確認をする
このほかに、保育園側からの登園確認もとても有効かと思います。
今回は、車内熱中症についてお話ししました。
車内に子どもを残さないことを徹底するとともに、ガレージの車には鍵をかけ、車から降りるときは後部座席を確認する習慣をつけること、夫婦や保育園との情報共有を心掛けることが大切です。
これから夏真っ盛りです。車内熱中症のお子さんが少しでも減るよう願っています。
<参考文献>
1.Vaidyanathan A, et al.Heat-Related Deaths - United States, 2004-2018. MMWR. Morbidity and mortality weekly report,69(24):729-734,2020
2.National Safety Council. Injury Facts:Heatstroke deaths of children in vehicles, 2021.
3.JAFホームページ. 実験検証「JAFユーザーテスト」(真夏の車内温度),2012.
4.Guard A,Gallagher S. Heat related deaths to young children in parked cars: an analysis of 171 fatalities in the United States, 1995-2002. Inj Prev,11(1),33-37,2005
5.Luethi M, Meier B, Sandi C. Stress effects on working memory, explicit memory, and implicit memory for neutral and emotional stimuli in healthy men. Front Behav Neurosci. 2009.2:5.