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『ラブライブ!』が好きで沼津に移住! ファンが語る「聖地」に不可欠なものとは

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
沼津仲見世商店街に掲げられている『ラブライブ!サンシャイン!!』のタペストリー

 コロナ禍でテレワークの動きが加速し、通勤を考えずに住みたい場所に住む人も現れています。国土交通省の2020年度の統計によると、テレワークをしている人の割合は19.7%にのぼり、自宅など職場以外での働き方に注目が集まっています。

 一方で、アニメやマンガ、ゲームの舞台を旅する「聖地巡礼」の動きも相変わらず盛り上がりを見せています。コロナ禍で観光業の動きに抑制がかかっているものの、ここ1年でも、佐賀県を舞台にした『ゾンビランドサガ』や、九州各地の「竈門神社」にファンが訪れ続けている『鬼滅の刃』、東京のお台場が主な舞台となっている『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』など、新たな「聖地」が誕生しています。作り手側でも、実在する地域と連動することで、作品全体を盛り上げようとする動きは依然根強く続いています。

 「聖地巡礼」は、同じ人が舞台を何度も訪れるリピーター率の高さも特徴です。中には、作品を通じて地域も好きになり、移住してしまう人もいます。移住にあたっては、これまで働く場所の確保が問題とされてきましたが、ここ近年のテレワークの普及によって、そのハードルも下がりつつあります。

 2016年から17年にかけてテレビ放送されたアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』の舞台、静岡県沼津市もこれまで多くの人が移住しています。沼津市は2019年の人口が、37年ぶりに転入超過に転じました。この要因は様々ありますが、一つに『ラブライブ!サンシャイン!!』を機に移住した若者も多くいたことが挙げられています。

 市役所に転入届を出す際にその理由を書く欄はないため、『ラブライブ!』を理由に移住した人の具体的な数字を把握することは難しいのですが、コロナ禍前に『ラブライブ!』の移住者限定の交流会を開いたところ、100人以上が集まったといいます。

現地の人達との交流を通じて移住を決意した人も少なくない
現地の人達との交流を通じて移住を決意した人も少なくない

2人の若者が沼津に移住したきっかけ

 実際に『ラブライブ!サンシャイン!!』をきっかけに、2019年に移住したいぬきさん(30)に話を聞きました。

「元々住む場所に縛られない生活をするのが好きで、出身は兵庫県なのですが、大学は北海道で、そのあとは愛媛県や東京都で金融の仕事をしていました。金融の仕事に慣れてきたのもあり、どこか自分の好きな場所に移り住もうと思ったことがきっかけです」

 一方で「聖地巡礼」も趣味としており、様々な作品の舞台に足を運んでいるといいます。特に、『AIR』の舞台の一つである兵庫県香美町にある香住天文館には、コロナ禍になるまで毎年足を運んでいました。

 そして、数ある「聖地」の中でも、『ラブライブ!サンシャイン!!』の舞台である沼津に決めたのは、ある理由からだといいます。

「旅館の娘が好きで、金沢市湯涌温泉が舞台の『花咲くいろは』、静岡県下田市が舞台の『夏色キセキ』、そして沼津市が舞台の『ラブライブ!サンシャイン!!』の3つが候補になり、これら全ての『聖地』に足を運びました。結果、海と山の両方があり、自分がかつて住んでいた愛媛県の景色に近く、みかんの産地でもある沼津市に決めました。街の人達の様子が明るかったのも、決め手になりましたね」

 現在では東京に本社のある会計事務所に籍を置きながら、沼津市で地元や都内のクライアントの会計の仕事をしています。そんないぬきさんは、コロナ禍によって仕事がしやすくなった面もあると言います。

「以前からリモートでの打ち合わせも少なくなかったのですが、コロナ禍によってリモートに慣れた取引先も増えたように感じます。会計の仕事は場所にあまり縛られず、自分の好きな場所で自分の専門性を活かせますから、移住を考えている人にはオススメかもしれません」

 数ある「聖地」から沼津を選んだ人がいる一方で、現地の人との交流を通じ移住を決めた人もいます。京都府出身のあっぷるπさん(23)です。あっぷるπさんは奈良県の大学を卒業後、就職を機に2021年4月から沼津市に移住しました。移り住んだきっかけをこう振り返ります。

「高校時代に『ラブライブ!』にはまり、学生時代に『ラブライブ!サンシャイン!!』の舞台の沼津市に行った時に、市内のあげつち商店街にある『つじ写真館』の峯知美さんにとてもよく面倒見てもらったのがきっかけです。以来、辛いことなどがあると相談しに何度も足を運ぶようになり、大学を卒業したらここに住もうと決めていました。全ては峯さんのおかげと言っても過言ではありません」

地方都市にありがちなシャッター街が少ないのも沼津の魅力だ
地方都市にありがちなシャッター街が少ないのも沼津の魅力だ

沼津が「聖地」であり続ける変わらないもの

 実はいぬきさんとあっぷるπには、『ラブライブ!』以外にもある趣味の共通点があります。大のディズニー好きという点です。あっぷるπさんがこう話します。

「小さい頃からディズニー作品が好きで、ディズニーランドやディズニーシーにも何度も足を運んでいます。ディズニーに限らず、テーマパークのように温かく人の笑顔があふれる場所が好きなのかもしれません。こうした意味では、いつ訪れても変わらずに受け入れてくれる沼津も近い存在かもしれないですね」

 変わらない沼津の街並みについて、いぬきさんもこう口を揃えます。

「いつ訪れてもそこにいる人が基本的に変わりませんから、街並みもその分変わらないんじゃないかと思いますね。商店街をはじめ、古き良き昭和の街並みが残っているのも沼津の魅力じゃないかと思います。同時に街の活気もあって、地方都市によくあるシャッター街になっていないのも特徴です。そこから人の温かみを感じることもできますね」

市内中心部には昭和中期の建物も多く残されている
市内中心部には昭和中期の建物も多く残されている

 筆者も30回以上は沼津を「聖地巡礼」していますが、この「変わらない街並み」が沼津を「聖地」たらしめている要因の一つではないかと考えます。ただ、「変わらない」と言っても例えば商店街で飾られている『ラブライブ!』のタペストリーやマンホールがいつしか変化していたり、商店街に新しいお店がオープンしていたりと、全く時計の針が動いていないわけではありません。街自体は活きているのです。

 ただ、その速度は東京などと比べるとはるかにゆっくりであることは間違いありません。これは同じ『ラブライブ!』シリーズの、2020年10月から12月にかけて放送されたアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(以下、『虹ヶ咲』)の東京・お台場での事例を見ると対照的です。

 『虹ヶ咲』の場合、作品の舞台にもなったお台場の「ダイバーシティ東京」や「アクアシティお台場」、「ヴィーナスフォート」や「東京お台場 大江戸温泉物語」をはじめとする商業施設で数多くの連動企画を実施していますが、その多くは実施期間が約1ヶ月、長くても2ヶ月程度で終わってしまうのが特徴です。首都圏だけでなく、本来は全国や世界中から多くの人が訪れる場所であるため、一つの企画だけで固めておくことが難しいのだと思います。

22年3月末に閉館が決まっている東京・お台場のヴィーナスフォート
22年3月末に閉館が決まっている東京・お台場のヴィーナスフォート

 また、舞台そのものの移り変わりも激しいのが特徴です。上述の「大江戸温泉物語」は地区再開発のため2021年9月5日で閉鎖。「ヴィーナスフォート」も再開発で22年3月27日をもって営業を終了する予定となっています。22年4月からは『虹ヶ咲』のアニメ2期が放送予定ですが、1期で描かれていた舞台も、放送終了からわずか1年半の間だけで早くも「今や昔」になってしまうわけです。

 『虹ヶ咲』に限らず、都会を舞台にした作品はこのように、どうしても「聖地」として定着しづらいという問題があります。舞台となっている作品も一作品だけでなく、「期間限定」のような形でしかコラボできないという難しさがあります。

4ヶ月に1回変わる、仲見世商店街のキャラクターマンホール=写真のキャラクターは旅館の娘で主人公の高海千歌
4ヶ月に1回変わる、仲見世商店街のキャラクターマンホール=写真のキャラクターは旅館の娘で主人公の高海千歌

 この点、沼津市の場合は年単位でも大きく変わるものではありません。定期的にめまぐるしく変わるのが、商店街に3つ設置されているキャラクターが描かれたカラーマンホールですが、それでも変わるタイミングは4ヶ月に1回です。これも3交代制であり、1年経てば元のキャラクターマンホールが再設置される流れになっています。1年という時間をあけて訪れても、変わらない街並みがそこにある。これこそが沼津の街の魅力ではないでしょうか。

 コロナ禍になり既に1年半以上の時が経とうとしていますが、ここ最近はワクチンの普及もあってか劇的な落ち着きを見せています。2年近く沼津に行けていないという『ラブライブ!』ファンの人も少なくないでしょう。収束した暁に沼津を訪れてみると、きっと、それでも変わらないものが受け入れてくれるはずです。

沼津ラクーン屋上から見た沼津の街並み
沼津ラクーン屋上から見た沼津の街並み

(写真・全て筆者)

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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