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男女が裸で食事する全裸レストランが失敗する理由

東龍グルメジャーナリスト
(写真:アフロ)

日本の全裸レストラン

全裸レストランもしくは裸のレストラン(NAKED RESTAURANT)があるのを知っていますか。

ロンドンやオーストラリアの全裸レストランでは予約が即日完売となり、予約待ちは2万人とも3万人ともいわれています。

日本で初めてオープンした全裸レストランは、2ヶ月ほどの期間限定で営業した「アムリタ(THE AMRITA)」。他の国の全裸レストランと異なり、裸ではなく下着を着用し、年齢と体重の制限もあります。

東京店が2016年7月29日にオープンすることを発表すると注目を浴び、世界中から予約が殺到したということです。あまりの反響ぶりに、東京2号店が2016年8月26日に開業することがすぐに決まりました。

その後、名古屋店が2016年8月12日、北海道の札幌店が10月22日、さらには京都店や大阪店もオープンし、多くの人の知るところとなったのです。

しかし、14000円・18000円・28000円・60000円という値段の高さに比してサービスの質や料理内容が期待を下回っていたり、記載内容と乖離があったりしたので批判も受けました。

翌2017年8月4日にもオープンしましたが、新鮮味が失われたりしたこともあって徐々に盛り下がっていき、現在ではアムリタ公式サイトにもつながらず、プレスリリースも配信されなくなり、音沙汰がなくなってしまったのです。

パリの全裸レストランが閉店

そして、最近の話題として、美食の街フランス・パリの全裸レストランが閉店したことが大きなニュースとなり、Yahoo!ニュースのトピックスにも取り上げられました。

パリ市12区にある「オー・ナチュレル(O’naturel)」が、2019年2月で閉店することになりました。2017年11月開業だったので約1年3ヶ月の短い営業となりますが、経営者はその理由を客入りが悪かったと述べています。

全裸レストランとして世界で最初に営業を開始したイギリス・ロンドンの「ザ・ボンヤディー(The Bunyadi)」はまだ健在ですが、日本やフランスの例を鑑みると、全裸レストランは勢いがなくなってきているようです。

私は、特にファインダイニングという形式では、全裸レストランが受け入れられて、営業していくのは難しいと考えています。

ドレスアップの反対

全裸レストランは「自然なスタイル」「自然回帰」をコンセプトにし、「身にまとっているものを全て脱ぎさることによって、リラックスして食べられる」という考え方をもとにしています。

ディナーで1万円以上もするファインダイニング、それも、「アムリタ」のように平均客単価が2万円以上もするようなレストランであれば、よほどの美食家やフーディーでなければ、頻繁に訪れないものです。

普通の人であれば、高級レストランに訪れるのは特別なことでしょう。そういったレストランに訪れるのであれば、最低限のドレスコードが定められ、ある程度の立ち居振る舞いが求められるものです。

ドレスコードに従うことはもちろん、自身の気持ちを高めるためにも、ドレスアップして豪華な食事に望むことは一般的な認識であるといってよいでしょう。

ドレスアップして訪れる習慣のある文化人にとっては、非日常的なファインダイニングへ訪れる時に、ドレスアップするのではなく、衣服を脱ぎ去ることに抵抗感や違和感があるのではないでしょうか。

雰囲気の醸成

レストランの雰囲気を醸成するのは、料理やテーブルウェア、デザインやライティングはもちろん、装飾物やメニュー、サービススタッフの応対だけではありません。それらに加えて重要となるのは訪れたゲスト自身です。居合わせたゲストによっては、レストランの雰囲気にきしみが生じてしまいます。

いくら内装が豪華絢爛であっても、他のゲストが短パンやサンダルを履いていれば、造りも安っぽく感じられてしまうでしょう。テーブル間隔に余裕があって上質なテーブルウェアが備えられていたとしても、隣のゲストが大声で下品な話をしていれば、上質な時を過ごすことはできません。

料理の味が素晴らしく、プレゼンテーションが芸術的であったとしても、視線の先にいるゲストの食べ方が汚かったり、好き嫌いが激しかったり、食べ残しが多かったりすれば、残念な気持ちになってしまいます。

このように周りにいるゲストによって雰囲気は大きく左右されてしまうにも関わらず、全裸レストランでは、居合わせたゲスト全てが、レストランでは見慣れない裸体で食べているのです。

裸のゲストを見ることは衣服を着用したゲストを見ることに比べて刺激が強いと考えられますし、美的感覚は個人によって大きく異なります。相手の美醜に関係なく、裸体のゲストはファインダイニングとしての雰囲気を台無しにしてしまうのではないでしょうか。

緊張からリラックスへ

非日常的なレストランで時を過ごし、素晴らしい食体験を得るためには、心の状態が緊張からリラックスへと変化することが必要です。

しかし、全裸レストランでは、このように気持ちが変化しにくいので、あまりよい食体験にならないと考えています。

まず、ファインダイニングへ訪れる際の流れから説明しましょう。

通常、記念日や特別な日を祝ったり、大切な人と素敵な時間を過ごしたりするために、ファインダイニングに訪れたいと思うものです。

同席する人の興味や好みのジャンル、予定や交通アクセスを考慮した上で、ここぞというレストランを決めます。そして、何時に到着できそうか、コースはどれにしようかと考えてから、電話やインターネットで予約することになるでしょう。

早ければ数ヶ月前から、遅くとも数日前には予約しているので、訪問するまでの間に想像を膨らませる時間があります。どのような料理が食べられるのか、どのワインが勧められるのか、サービスは硬いのかフレンドリーなのか、内装やテーブルウェアがどうなっているのか、そして、同席する相手に楽しんでもらえるのかと思いを巡らせるものです。

当日はどうやって現地まで行けばよいのかと調べたり、どのような服装で訪れたらよいのだろうかと悩んだりもするでしょう。

このような期待や不安が混じり合った気持ちで、当日を迎えてレストランに訪れます。最初は緊張しているかもしれません。初めてのレストランであれば、なおのことです。

しかし、最初にシャンパーニュを飲んでほろ酔い気分になり、おいしい料理を食べてお腹も満たされていき、サービススタッフと歓談していくうちに、緊張が解けてだんだんと気持ちもほぐれていき、リラックスしていきます。姿勢にも変化があり、ピンと伸びていた背筋がゆるみ、背もたれに体を預けるようになっていくでしょう。

最後にシェフがテーブルを回って来て声を掛けてもらう時には、店の雰囲気にも慣れており、シェフとの会話も弾みます。

最初の緊張と最後のリラックスとの落差があればあるほど、大きな期待がさらに大きな満足へと変わったということなので、緊張からリラックスに変化することはとても大切なのです。

話を戻しましょう。

21世紀の今日では完全に裸で暮らす民族はいないといわれており、特に、ガストロノミーを楽しむような民族であれば、何かしらの衣服を着用することが普通です。

全裸レストランでは裸で過ごすことになりますが、イレギュラーである裸の状態では羞恥心や警戒心が勝ってしまうので、緊張が解けず、リラックスしにくいのではないでしょうか。

緊張からリラックスへと進むためには、安心できる心理状態が必要であり、それには衣服を着用した方がよいと考えています。

ヌーディストにとって

ここまで、全裸レストランはファインダイニングとしてあまりふさわしくないのではないかと述べてきました。一般的な人を想定して考察してきましたが、ヌーディストにとってはどうなのでしょうか。

私はヌーディズムの専門家ではありませんが、ヌーディストの多くは、衣服から解放され、陽の光や空気に肌で直に触れることを期待していると理解しています。

ヌーディズム先進国では、国に公認されているヌーディストエリアにレストランが存在することもあるようですが、レストランガイドで高いレビューを獲得していたり、アワードを受賞したりしているレストランがあると聞いたことはありません。

ヌーディストでさえも、ファインダイニングでは裸体でいるよりもドレスアップした方が自然であると認識しているのであれば、全裸レストランの需要は高くないでしょう。ヌーディストエリアですら存在していない日本では、なおのことです。

食事する通常の環境からの逸脱

レストランで素晴らしい食の体験をするには、体験したことのない味や好みの味付け、見たこともないプレゼンテーションや気の利いたサービスなど、実に様々な要素が重要となります。新規性や斬新性、創造性や意外性は大切かもしれませんが、あまりにも逸脱していると受け入れるのが難しく、よい体験とはなりません。

ここまで述べてきたように、全裸レストランは、現代人が食事する通常の環境からあまりにも逸脱しているために、特にファインダイニングとして経営していくことは難しいと考えています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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