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日本で今後、徴兵制はあるのか?

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
自衛隊でも徴兵制が行われるのか?!(写真:ロイター/アフロ)

「徴兵制はない。」

安保法制関連法案の国会審議のなかで、集団的自衛権が認められれば、将来日本でも「徴兵制が行われるのではないか」という議論がされることがある。その疑問に対する、筆者の現時点での結論は、上記のとおりだ。

みなさんは、この質問に対して、どのようにお考えであろうか。

筆者が、そのように考える理由は、安倍総理が「徴兵制の復活はありあえない」と主張しているが、安倍政権や自民党が決して平和主義なわけでも、軍事強化を目指していないわけでもないのである。また安倍総理が徴兵制については、憲法18条にいう『意に反する苦役に該当』し、明確な憲法違反」と徴兵制を否定しているのを信じているからでもない。

筆者がそう考えるには、次のような具体的かつ当然の理由があるからだ。

まずは、安倍総理が、7月27日の参議院本会議で答えたように、近年の「自衛隊はハイテク装備で固められたプロ集団で、隊員育成には長い時間がかかる。安全保障政策上も徴兵制は必要ない」のである。現在の軍隊は、ハイテク化されており、従来の軍隊における人材や人材育成とは状況が異なってきているのである。つまり、徴兵制のように、ほぼすべての同世代の者を軍隊に入れ、1、2年訓練しても、現代のような軍事行動をするのは無理ということである。

また、徴兵制をとるということは、ある年代の者(特に若い世代の者)をほぼすべて、兵役にとるということである。彼らは、経済的にいえば、比較的安い給与で働く貴重な人材だ。特に人口減少と少子高齢化の中で、生産年齢人口が急激に減少している今の日本において、徴兵制をとるということは、彼らが兵役に行き、生産活動をしないということを意味する。彼らは税も収めず、経済的には「存在しない」のと同じ状態になるのだ。今の日本では、それは社会経済的に大きな負荷になることになる。

また徴兵するということは、生産活動を全くせず、税を収めない兵役につく者の衣食住のすべての面倒をみるということでもある。日本の現在の大きな負債のある財政状況から考えると、彼らすべての面倒をみることは無理難題というものだ。しかも、徴兵し皆兵するには、対象の世代の人材のすべての健康診断や徴兵の対応などをすることになる。そのこと自体も、財政上やその対応をする人的に大きな負担になるのである。

要は徴兵制においては、若い世代が軍人になり、彼らが何らかの軍事活動をするということは生産活動ではなく単なる消費活動となり、しかも生産人口的にも経済・財政的にもマイナスになるのであり、日本社会にとって、ダブルの意味でマイナスなのである。

それなら、徴兵制がないから、大丈夫じゃないか、心配する必要はないのではないか、というと必ずしもそうでもない。

2015年7月29日付朝日新聞に、「『国防』ばかりでない入隊動機」という自衛隊に関する記事が掲載されている。その記事の中で、自衛隊に入隊する動機は、災害派遣がトップであることや、若い世代の入隊希望が減り、自衛隊が採用に苦慮していることが描かれている。現在参議院で審議中の集団的自衛権を含む安保関連法案が国会を通り、法制化されれば、自衛隊の入隊希望者はさらに減るかも知れない。

そのようななか、自衛隊員数の維持や増員をしていくには、どうするのか。それは、自衛隊に入ることで、高等教育を無償で受けられるとか、さまざまな技能が得られるなどのメリットを打ち出して、入隊を促すことになるであろう。

そのようなメリットが最も訴える層はだれか。当然所得の低い世帯だ。

ご存じのように、現在の日本では、経済格差が広がってきており、それが教育格差なども助長してきている現状がある。その現状に付け入って、自衛隊員の募集がされることになる。つまり、低所得層の世帯で、高い教育を受けられない層の子弟が、自衛隊員としての草刈り場となるということである。

実際、戦後の自衛隊員の募集でも一時それに近いことが行われてきたし、米国での兵隊の募集でも同様のことが現在も行われている。そのような隊員の募集は、社会構造のひずみをさらに歪めることになるし、経済格差というものが徴兵を「強制する」ことにもなるといえる。つまり、歪んだ形で、自衛隊員が募集され、自衛隊が編成されることになりかねないのだ。

以上のようなことから、徴兵制はないと筆者は考えている。ただし、そうだとしても、社会の歪みが自衛隊の編成に持ち込まれることになり、そのことも大きな問題なのである。

現政権や自民党は、それらの問題などの指摘はしていないが、その真意を読み違えてはいけない。彼らは、飽くまで自分たちの視点・立場から「徴兵制はない」といっているに過ぎないということなのだ。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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