動きが遅くなった台風8号の気象情報がアシスト 東京オリンピックのサーフィンで男女でメダル
東京2020オリンピックの追加競技「サーフィン」
平成28年(2016年)8月4日にブラジルのリオデジャネイロで開催された国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、サーフィン(男女ショートボード)が、野球・ソフトボール、空手、ローラースポーツ、スポーツクライムとともに、東京2020年オリンピックの追加競技に決まりました。
このオリンピックに新しく採用となったサーフィンという競技は、ハワイで誕生しました。
サーフィンの誕生に大きく貢献したのは、ハワイのワイキキ・ビーチの真中に等身大の銅像があるデューク・カハナモク(Duke Kahanamoku)で、銅像の背中にはサーフボートが立ててあります。
明治45年(1912年)のストックホルムオリンピックで、水泳男子100メートル自由形で金メダルなど、オリンピックで5個のメダルをとっています。
ただ、全盛期と思われる大正5年(1916年)のベルリンオリンピックが、第一次世界大戦の影響で中止となっていますので、カハナモクは、もっと多くのメダルがとれていたのではないかと思います。
ハワイが、アメリカの50番目の州となったのは昭和34年(1959年)で、カハナモクの時代は、米自治領ハワイ準州でした。
カハナモクは生粋のハワイ人で、ハワイ国唯一のオリンピック金メダリストとして、ハワイでは人気を誇っていました。
カハナモクが仲間たちと興じていた波乗り、そして考案したスポーツ、これがサーフィンです。
台風8号が接近する中での競技
東京2020オリンピックのサーフィン競技は、千葉県一宮町の釣ケ崎海岸サーフィンビーチで台風8号が接近する中で行われました。
そして、男子は五十嵐カノア選手が銀メダル、女子は都築有夢路選手が銅メダルを獲得しました。
男女でメダル獲得です。
国際サーフィン連盟は、前日の7月26日にサーフィン会場の波の高さや風向きなど気象状況を検討した結果、28日に行う予定の決勝と3位決定戦を1日早め、27日中に準々決勝から決勝までを行うときめています。
千葉県全域の沿岸には波浪注意報が出されていましたが、暴風域を持つほどには発達していないことなどから、選手の安全を考えても実施できる状況であったとの判断があったと思います。
また、台風の影響で高くて良い波がくること、風向きが一定でサーフィンに適した波の崩れ方をするなどの判断もあったのではないかと思います。
そして、台風8号が離れてゆく28日は、27日よりも波が小さく、世界のトップレベルの技が発揮できないということも考えられたと思います(図1)。
実際には、7月27日の台風8号周辺では、6メートル以上の大しけとなっており、千葉県沿岸も2メートル以上と波がやや高い状態でした(図2)。
しかし、接近してきた台風の動きがとまり、千葉県・銚子の東海上でほぼ停滞したことから、風向がほぼ一定となっています。
サーフィンに適した波が少ない日本にとっては、まずまずのコンディションになったのではないでしょうか。
サーフィンに適した波が多いのは、サーフィン発祥の地、ハワイです。
ハワイが世界中で唯一といっていいほど、一年を通してサーフィンに適した波に恵まれています。
サーフィンに適した波
波(波浪)は、その場所で吹いている風によって生じた「風浪」と、遠方から伝わってくる「うねり」が合わさったものです(図3)。
風浪は強い風が吹けば吹くほど大きくなり、個々の波は不規則で波の先端は尖っています。
うねりは、波の周期が風浪よりも長く、波の先端は丸くなっています。
サーフィンに適した波は、波高が高く、周期が長く(波長が長い)、しかも、波の周期がそろっている波です。
このような波は、遠くの大荒れの海域からやってくるうねりが、水深の浅くなっている風が穏やかな場所にやってきて出来るものです。
風が強い場所では、うねりに風で生じた波長が短い波が重なってしまうために、高い波になっても、サーフィンには適しません。第一、危険です。
ハワイは一年中高気圧に覆われて風が弱いのですが、冬には遠く離れたアリューシャン近海で大荒れの天気が続くため、そこからのうねりによって北海岸、東海岸、西海岸にサーフィンに適したうねりがやってきます。
夏にはさらに遠く離れた南極海で冬の大荒れとなるため、そこからのうねりによって南東海岸と南西海岸にサーフィンに適したうねりがやってきます。
特に夏は、はるか遠くからのうねりですので、周期のそろったサーフィンに素晴らしく適した波がきます(図4)。
日本のサーフィンに適した波
南極海が冬の大荒れとなっているときに生じている、サーフィンに適した波は、オーストラリア大陸やインドネシアの島々にさえぎられてしまうため、日本には入ってきません。
日本でサーフィンに適した波は、南海上の台風から発生した大きなうねりが入ってきてできた波(土用波)ですが、台風が日本の南海上にいつも存在しているわけではありません。
また、台風が存在していても、サーフィンに適した時間、場所は刻々と変わり、かつ、台風が接近してきたら中止を考えなければならないというサーファー泣かせの波です。
つまり、日本でのサーフィンは気象情報が重要であり、刻々と変わる波の状態に合わせる高度な技術が要求されます。
令和3年(2021年)の台風8号は、世界トップレベルのサーファーが腕を発揮できる大きな波を発生させ、しかも安全に競技ができるよう離れた場所で動きがおそくなりました。
このような状況の中で、無事に競技が行われ、男女ともメダルという快挙となりました。
その台風8号は、サーフィンの決勝戦を見届けたあと速度を上げて東北地方に向かっていますので、東北地方や東日本では雨に警戒が必要です(図5)。
【追記(7月28日8時)】
台風8号は、7月28日6時前に宮城県石巻市付近に上陸しました
図1、図2、図5の出典:ウェザーマップ提供。
図3の出典:筆者作成。
図4の出典:饒村曜(平成26年(2014年))、天気と気象100ー一生付き合う自然現象を本格解説ー、オーム社。