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カボチャ大のひょうが降るなど6月はひょうの季節だが、上空寒気を寄せつけない分厚い高気圧による猛暑

饒村曜気象予報士
カボチャを収穫する女性 農作業(写真:イメージマート)

国内最大のひょう(雹)

 ひょうは、下層に暖気、上層に寒気が入って上層と下層の温度差が大きくなった時に発生します。

 氷の粒が積乱雲の中で上昇や下降を繰り返しながら他の雲粒子と一緒になって大きくなったのがひょうです。

 ひょうが発生しても、強い上昇気流がないと、小さなひょうの状態ですぐ落下しますが、強い上昇気流があると、大きなひょうに成長するまで、ひょうが空中に留まっています。

 ひょうは直径が0.5センチ以上のものをいい、これより小さいものが、あられです。

 一番小さな0.5センチのひょうでも落下速度は時速36キロです。

 ひょうは、大きいひょうほど早く落下しますので、ゴルフボール大のひょうでは時速115キロ、にわとりの卵の大の大きさのひょうでは時速140キロです。

 ひょうは大きくなるほど破壊力が増すのです。

 今から105年前の、大正6年(1917年)6月29日に埼玉県川越で、直径約24センチ(7寸8分)の、カボチャ大のひょうが降り、中央気象台が記録を残しています(タイトル画像参照)。

 近くでは、約3.4キロ(900モンメ)の重さがあるひょうが降っています。

 これが、記録に残っている日本最大のひょうです。

 当時、熊谷に測候所があり、詳しい気象観測が行われていますが、熊谷でもにわとりの卵の大きさ大のひょうが降っており、最高気温は34.0度と猛暑日の一歩手前でした(日雨量は30.1ミリ)。

 当時の新聞を見ると、川越や熊谷だけでなく、埼玉県の広い範囲でひょうの被害があり、群馬県南東部でも邑楽郡(おうらぐん、現在の館林市・邑楽町など)を中心に、にわとりの卵大のひょうが降ったことが報道されていますので、かなり広い範囲でのひょう害でした(図1)。

図1 埼玉県の被害を伝える朝日新聞(大正6年(1917年)6月30日朝刊)
図1 埼玉県の被害を伝える朝日新聞(大正6年(1917年)6月30日朝刊)

 当時の地上天気図をみると、関東地方周辺は晴れており、強い日射でできたと思われる小さな低気圧があります(図2)。

図2 地上天気図(大正6年(1917年)6月29日12時)
図2 地上天気図(大正6年(1917年)6月29日12時)

 当時、上層の気象観測は始まっていませんが、上層の強い寒気が南下していたのではないかと思われます。

 また、昭和8年(1933年)6月14日に兵庫県中央部で、4~5センチのひょうが降り、死者10名など、日本最大のひょうの被害が発生しています。

 このとき、兵庫県では、16時30分から18時にかけ、赤穂から有馬にかけて激しい暴風と雷雨となり、場所によってはにわとりの卵大(1寸5分、約4.5センチ)のひょうが降っています。

 このため、死者10人、負傷者164人という日本最大の被害が発生しました。山林は立木が1万5000本倒木し、刈り入れ中の小麦は根こそぎ飛ばされています。そして、畑作や苗代の稲も被害を受けたため、秋の収穫も減少しています。

東西に降雹・雷雨・旋風の暴威

七百余戸を全半壊

百余名死傷す

兵庫県下で作物全滅

【姫路電話】十四日午後四時ごろ、兵庫県下播但分水嶺東一帯に雷雨と共に直径一寸五分大の降雹、旋風相次いで起こり、同地方各郡に亘って被害甚大なるものあり、目下の処判明せるもの左の如し…

【前橋電話】十四日午後二時八分頃突如前橋方面を始め西上州一帯に雷雨襲来、同五時ごろまで三時間に亘って雹をまじへた大暴風雨となり…

引用:昭和8年6月15日、読売新聞朝刊

6月はひょうの季節

 6月は、上空に冬の寒さが残り、下層に夏の暑さが入ってくることで温度差が大きくなり、積乱雲が発達してひょうが多くなります。

 令和4年(2022年)も、6月2日から3日にかけて、群馬県藤岡市の中学校では窓ガラス約90枚が割れ、翌日は臨時休校になっています。

 また、下校中の中高生約90人が手足などを打撲するけがをしたり、高崎市や藤岡市などで約1300世帯で停電しています。

 さらに埼玉県本庄市では収穫まぎわのメロン1000個が全滅するなど、埼玉県の農作物被害は約30億円に達しています。

 このほか、千葉県でも17億円以上の農業被害がありました。

 インターネットでは、車がひょうでボコボコになり、修理費用が高額になるとのツイートが相次ぎましたが、費用は車両保険でカバーできたとしても、交通事故では損傷しない部分の損傷のため、部品の在庫が少なく修理にかなりの日数を要するとのことでした。

 6月は例年のように、ひょうの季節と思われたのですが、ここへきて、太平洋高気圧が日本付近に張り出し、西日本から東日本で一気に梅雨明けとなりました。

 太陽高度が一年で一番高い夏至の頃(6月21日頃)は、太陽からの日射が一番強くなります。

 このため、日射を遮る雲がないと地上付近は高温になる傾向がありますが、多くの年は、梅雨の雲によって日射が遮られ、6月中は気温が極端には上がりません。

 しかし、令和4年(2022年)は、異常に早い梅雨明けによって、6月下旬から広い範囲で気温が上昇し、記録的な暑さとなっています。

 しかも、太平洋高気圧の上に、チベット高気圧も張り出してきましたので、日本付近はにわか雨やひょうを降らせる積乱雲を発達させる上空寒気を寄せ付けない分厚い高気圧に覆われていることになります。

 ひょうの被害は困りますが、一服の涼しさをもたらす積乱雲によるにわか雨も、ほとんどなく、猛暑の6月下旬となっています。

非常に危険な暑さ

 太平洋高気圧の縁辺をまわるように暖かくて湿った空気が日本列島に流入し、晴れて強い日射があったことから、6月25日には群馬県伊勢崎市では最高気温が40.2度となりましたが、6月に40度を超したのは初めてです。

 さらに、東京では、最高気温35.4度を観測し、気象観測を始めた明治8年(1875年)以降、一年で最も早い猛暑日となりました。

 また、6月28日には最高気温が30度以上の真夏日は577地点(全国で気温を観測している914地点の約63パーセント)、最高気温が35度以上の猛暑日は100地点(約11パーセント)と、ともに今年最多でした(図3)。

図3 全国の夏日と真夏日、猛暑日の観測地点数の推移(令和4年(2022年)5月~6月)
図3 全国の夏日と真夏日、猛暑日の観測地点数の推移(令和4年(2022年)5月~6月)

 令和4年(2022年)の6月下旬は、異常な暑さが続いています。

 特に、6月29日からの数日間は、関東地方北部を中心に、最高気温が40度前後となる地点が続出する予報が出ています。

 これまで40度以上を観測することはありましたが、40度を超すのは数地点でした。

 それを多数観測するのですから、非常に危険な暑さです。

 しかも、暑さに慣れていない6月末での暑さです。

 電力不足で節電が呼びかけられていますが、エアコンをつけた状態での節電であると思います。

 熱中症になれば、命が危なくなるなど、節電のメリットをはるかに上回るデメリットが生じるからです。

 エアコンをつけて部屋の温度を下げ、照明を暗くするなど、エアコン以外での節電をお願いします。

 上層に寒気が入ってカボチャ大のひょうが降るのは困りますが、上層に寒気を入らせないほど強い高気圧におおわれて非常に危険な暑さになるのも困ります。

図1の出典:朝日新聞(大正6年(1917年)6月30日朝刊)、東京朝日新聞社。

図2の出典:デジタル台風(国立情報学研究所のホームページ)。

図3の出典:ウェザーマップ提供資料をもとに筆者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2024年9月新刊『防災気象情報等で使われる100の用語』(近代消防社)という本を出版しました。

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